防災のデジタル化というと、被害の状況をいかに早くつかむか、という話になりやすい。だが、都市をまるごと計算機のなかに再現する「デジタルツイン」の本当の使いどころは、そこではないと考えている。
デジタルツインとは、道路や上下水道、建物、人の動きを、実物と同じ構造で計算機のなかに写し取ったものである。地図と違うのは、条件を変えながら動的に操作できる点だ。この橋を落としたら、この道路を細くしたら、何が起きるか。実際に壊さずに試せる。
現在の都市デジタルツインが何に使われているかを調べた研究によれば、その用途はインフラの維持管理に大きく偏っている。仙台防災枠組みの中間評価以降は、ばらばらに進んできた災害リスク管理を束ねる基盤としても期待されている。
しかし、人口が減り、財政規模が縮小する国には、一段階前の問いに立ち返る必要がある or さらに根本的な問いがある。そもそも、どのインフラを残すのか、である。
デジタルツインは、守るために使う道具であると同時に、たたむために使う道具である。
効率のよい街ほど、もろいことがある
米国の40都市の道路網を比べた研究がある。道路の5%が無作為に使えなくなったとき、遅れがどれだけ増えるかを計算すると、ロサンゼルスでは9.5%、サンフランシスコでは56.0%だった。同じ5%でも、街によって6倍近い開きが出る。
しかもこの研究が示したのは、平常時に効率のよい道路網ほど、災害時の脆弱(ぜいじゃく)性が高まる、という関係だった。無駄がないということは、逃げ道がないということでもある。
では、どういった道路が重要なのか。タンザニアの輸送網を供給連鎖ごとに分析した研究は、食料の安定供給にとって重要な道路と、輸出入にとって重要な道路が異なることを示した。重要インフラの一覧は、一つではない。何を守りたいかによって、答えが入れ替わる。
私たちが熊本地震について行った推計でも、同じ結果が得られた(九州大学プレスリリース)。県内約34万の道路区間のうち、83.9%は単独で切れても救急の30分圏に影響しない。その一方で、たった1区間が切れるだけで18,249人が圏外に出る。守るべきものは、思っているよりずっと少なく、そして偏っている。
堤防をつくると、人が来る
「そのインフラは本当に必要か」を問うのは、思っているより難しい。いま守っている人数を数えるだけでは十分ではないからである。
米国全土の堤防と土地利用の変化を突き合わせた研究がある。堤防が築かれた氾濫原では、その後の市街地の拡大が62%加速した。同じ郡の平均は29%である。危険を減らす施設が、危険な場所での暮らしを可能にしてしまう。
興味深いのは、この関係が1970年代後半以降に弱まり、やがて反転したことだ。氾濫原の開発を抑える規制が入ったためである。インフラと制度は、セットでしか効かない。
インフラ更新の判断も、これで変わる。この堤防を造り直せば、いま守られている人は守られる。だが同時に、これから何人がそこに住むことになるのか。私たちはたいてい、いま守っている資産の額を見て決める。本当に比べるべきなのは、その施設があるときとないときの、50年後の姿である。
デジタルツインは、この「造ったあとに起きること」まで含めて比較が可能である。
たたむときは、誰が損をするかを先に決める
縮退の研究は、すでに積み上がっている。人口が減った米国都市では、空いた土地を緑地に戻して基盤施設を縮小する「ライトサイジング」が早くから論じられてきた。ミシガン州フリントでは、上水道網を実際に縮小した場合の影響が、配管網のモデルで定量的に評価されている。
ただし、たたむことは中立ではない。米国の洪水被災住宅の買い取り制度を分析した研究によれば、実際に買い取られた住宅は、都市部の相対的に所得の低い地域に偏っていた。動かされる住人と、残る住人が偏る。 だからこそ、撤退や縮退は「敗北」ではなく「戦略」として設計すべきだ、という主張が出てくる。計画のない撤退は、結局弱者に押しつけられる。
ここにデジタルツインの二つ目の役割がある。出すべきは最適解ではない。この橋を落とせば誰の通院時間が何分延びるのか。この地区の上水道をたたんで給水に切り替えれば、誰が水を運ぶことになるのか。必要なのは、負担の分配表である。
それが先に見えていれば、補償も、移転先も、代わりの交通手段も、災害の前に設計できる。合意形成とは、結論を先に決めることではなく、誰が何を失うかを先に開示することである。
防災デジタルトランスフォーメーション(DX)の目的は、壊れたものを早く元に戻すことではない。元に戻すべきでないものを、平時に見分けることである。
壊して作り直す判断は、これまで災害の直後にしかできなかった。人材、資金、そして政治的な合意形成が、その時だけ実現したからである。だがそれは、最も余裕のないときに、最も重い判断を迫るということでもあった。
いまは、同じ判断を平時に、時間をかけて、住民と一緒にできる。次の災害を待って決めるのか。それとも、いま決めるのか。技術は、もう後者を許している。
私は、学術雑誌「Economics of Disasters and Climate Change」(https://link.springer.com/journal/41885)の編集長をしている。常に、このような現状やその上でどうすべきかの議論が展開されている。これから、デジタルツインは、壊すために使うべきだ。