足元で激化する米国やイスラエルとイランの軍事的な緊張は、ホルムズ海峡の封鎖懸念を再燃させ、世界のエネルギー市場に極めて大きな衝撃を与えている。中東発の地政学リスクが高まるたびに、エネルギー自給率の低い日本では「第3次オイルショックの再来か」といった不安の声が上がる。
しかし、今回の事態を従来の枠組みで捉えるのは危険である。なぜなら、戦場においても金融市場においても、「AI(人工知能)」がかつてない次元で事態を主導しているからだ。客観的なデータと最新のAI動向を掛け合わせると、私たちが直面している真の脅威の姿は、巷間言われているものとは大きく異なることが見えてくる。
圧倒的な米国の軍事AIと、中国への強烈なメッセージ
今回のイランに対する作戦行動で特筆すべきは、米国の最新軍事テクノロジー、とりわけAIを活用した自律型兵器の圧倒的な優位性が示された点である。AIによって高度に自律化された自爆型ドローン(徘徊(はいかい)型兵器)の群れや、無人艦艇・航空機による統合的なストライキは、旧来の防空網を容易に無力化する水準に達している。
この事実は、単なる中東情勢のコントロールにとどまらない。米国は今回のイランへの対応を通じて、台湾有事や南シナ海での覇権拡大を狙う「中国」に対し、米軍のAI兵器ネットワークがいかに脅威であるかという強烈な抑止力(デモンストレーション)を見せつけていると解釈すべきである。戦争の在り方そのものが、AIによって不可逆的に変化してしまったのだ。
AIが瞬時に織り込む「地政学リスク」と国際市場
そして、戦場を支配するAIは、同時に世界の金融・エネルギー市場をも完全に支配している。
近年、金融機関や研究機関は、自然言語処理(Natural Language Processing:NLP)や深層学習を用いて地政学リスクを定量化し、原油・ガス価格を予測するハイブリッドAIモデルを次々と実用化している(参考文献1)。そして今まさに、現在進行中のイラン危機において、これらの最新AIモデルがリアルタイムで稼働し、人間のトレーダーを凌駕する速度で「ホルムズ海峡封鎖のワーストシナリオ」や「リスク・プレミアム」をはじき出し、市場価格を形成しているのだ。
AIはニュースやSNS上の「軍事衝突」といったキーワードをミリ秒単位で読み取り、過去の紛争パターンと照らし合わせて瞬時に原油や液化天然ガス(LNG)の先物を買い越す。現在のエネルギー価格の乱高下は、人間の恐怖ではなく、高度なアルゴリズムによって計算された「恐怖の数値化」の結果である。
過度に恐れる必要のない「石油」と、真の弱点「LNG」
では、AIがはじき出す「ホルムズ海峡封鎖」という最悪のシナリオに対し、日本はどのように備えるべきか。
筆者らが実施した日本のエネルギー安全保障に関するシナリオ分析によれば(参考文献2, 3)、中東からの供給が途絶する事態に陥ったとしても、短期的にはパニックに陥る必要はない 。なぜなら、日本には政府および民間企業による豊富な石油備蓄が存在し、これが供給途絶に対する強力なバッファとして機能するからだ 。化学産業の基盤となるナフサについては潜在的な不足が生じる懸念はあるものの、それを除けば、石油製品全般において直ちに致命的な不足が生じるわけではない 。
一方で、われわれの研究が日本のエネルギー安全保障上の最大の「弱点」として警告しているのが、LNGの供給途絶に伴う「都市ガス」の供給中断である 。極低温での保管が必要なLNGは、石油のように長期間かつ大量の備蓄を持つことが難しい。万が一供給が途絶すれば、非エネルギー集約型産業(食品・繊維など)から一般家庭の都市ガス供給にまで、広範かつ深刻な影響(需要の10〜15%の不足)が及ぶ 。
求められる政策的対応とデータ駆動型の判断
中東で危機が起こるたびに「石油不足」を感情的に恐れる時代は終わった。豊富な石油備蓄が機能する以上、日本は冷静さを保つことができる。しかし、AIが支配する国際金融市場は、日本の真の急所である「ガスの脆弱(ぜいじゃく)性」を容赦なく突いてくるだろう。
したがって、われわれが急ぎ取り組むべき政策的対応は明確である。米国産シェールガスなどチョークポイントを通過しないLNG調達ルートの多角化を進めるとともに、有事における都市ガスの使用制限に関する法的ルールをあらかじめ規定しておくことだ 。また、原子力発電や再生可能エネルギーの稼働確保が、化石燃料の供給途絶リスクを緩和する強力な手段となることも忘れてはならない 。
軍事面でも市場面でもAIが主導権を握る新時代において、過去のデータに基づく客観的な自国の強みと弱みを把握し、したたかな政策判断を下すことが、今まさに求められている。