特定技能1号の外国人政策はなぜ転職に制約を設けるのか:研究から示されたエビデンス

劉 洋
研究員

人手不足が進む中、特定技能1号の外国人受け入れ政策が、関係閣僚会議で決定され、法務省、厚生労働省、経済産業省などによって施策されてきた。その中、「外国人の人権保護・労働者としての権利性の向上」(注1)のために、従来の技能実習生とは異なり、特定技能1号の外国人労働者は転職が認められるものの、多数の条件によって制約される。実際に、制度で規定された条件および転職時の在留資格に関する手続きなどにより、特定技能1号の外国人労働者の転職は難易度が高い。条件を設ける主な理由の1つとして、地方からの人材流出の懸念が挙げられた(注2)。一方、異なる視点として、外国人集住地のように、外国人の特性により、日本人と同じように大都会に集中しないという考え方も社会に存在する。両者の可能性について、筆者らは大規模の個票データを用いて研究を行い、前者を支持する結果(地方からの人材流出)が得られた。本稿で簡単に紹介する。

転職する際の条件とリスク

外国人材の受け入れ・共生に関する関係閣僚会議が令和6年2月9日決定した『技能実習制度及び特定技能の在り方に関する有識者会議最終報告書を踏まえた政府の対応について』に、特定技能1号の外国人が本人の意向により転籍する際に、「同一業務区分内に限り」、また、「同一の受入れ機関において就労した期間が一定の期間を超えていること」や「技能検定試験基礎級等及び一定の水準以上の日本語能力に係る試験に合格していること」などの条件が明示された。依然として転職には厳しい条件が求められる。さらに、特定技能1号の外国人の在留資格(パスポートに貼り付けられた指定書)に、企業名が在留資格の内容の一部として指定されるため、転職する際に、元の在留資格が無効となり、1〜3カ月の審査期間を経て、改めて転職先で働くための新しい在留資格を取得する必要がある。その間のアルバイトは不可で、また新たな在留資格が許可されるまで転職先での就労不可などの経済的なリスクだけではなく、転職先の企業においても「要件を満たしているかの審査が行われ」、「多くの書類を準備」、「母国語で毎月支援を行うことができる体制を整え」る必要があり、もし不許可となる場合、帰国せざるを得ないこととなる。それらの手続きとリスクのため、転職は「ハードルが高い」という(近藤環 2024(注3))。

外国人はネイティブと同じ行動を取るか

日本人は長い間、地方から大都市圏へ移住してきた。しかし、外国人は必ずしも日本人と同じ行動を取るわけではない。米国の郊外化(suburbanization)のように、日本とは異なり、郊外に居住することを好む国も少なくない。それらの国の人々が日本に来て、必ずしも日本人と同じように大都会で生活したいとは限らない。さらに、外国人(immigrants)がネイティブの集中する地域ではなく、外国人の集中地に居住すると、外国人のソーシャル・キャピタル(social capital)がもたらす経済的な利益や生活上の便宜などのメリットがあるため、ネイティブとは異なる地域に集住することが多く観測されている。

その一方、外国人が受け入れ国に移住した後、時間がたつにつれて、ネイティブの行動や経済的なアウトカムに近づくことも注目され、移民研究の中で「同化(assimilation)」としてとらえられた。そのうち、居住地の選択に関する同化は、「空間的同化(spatial assimilation)」として注目されてきた。国によって同化が進行する度合いが異なり、大きく同化する移民グループも、ほとんど同化しない移民グループも観測されてきた。

日本では、外国人の居住地の選択についての研究の蓄積が少ない。家族構成や職業などがコントロールされていない分析や、留学生の卒業による居住地の変更が除外されていない分析等の既存のわずかな研究では、外国人の特性によるものか、それとも、単に家族構成などの影響や、産業と職業の分布によるものか、区別できないことが結果の解釈の制約となっている。

日本では外国人の居住地選択が日本人に近づく傾向

そこで筆者らは、「国勢調査」の調査票情報による大規模の個票データを用いて、日本に居住する外国人の居住地選択について研究を行った(注4)。主な結果の1つとして、外国人は来日後、時間がたつにつれて空間的な同化が進み、日本人と同じように、より人口密度が高い地域へ移住する傾向が示された。

同研究は、「国勢調査」の外国人の全数データと、日本人全数データから10%無作為抽出したサンプルを用いた(注5)。分析する際に、16歳-64歳の就業者、かつ、一般世帯の世帯主または世帯主の配偶者に限定し、また、技能実習生(自らの意思で居住地の変更ができないため)と留学生を除外した。学歴、年齢、雇用形態、婚姻状況、家族構成、職業、産業などをコントロールした結果、外国人が日本で長期的に居住すると、人口密度が高い地域に移住する傾向が示された。また、同じ都市圏に限定した際にも、Tabuchi (2019)で得られた日本人の居住地選択の行動と似たような結果となった。

さらに、学歴の「小学・中学」、「高校・旧中」、「短大・高専」、「大学・大学院」という教育水準別の分析においても、低学歴、中間学歴、高学歴の外国人ともに、居住期間が長くなると、人口密度が高い地域に移住する傾向が示された。また、国籍別で見ると、中国、フィリピン、インドネシアの出身者は、来日初期に日本人より人口密度が低い地域に居住するが、日本で長期的に居住すると、日本人よりも人口密度が高い地域に居住する傾向が分かった。一方、ベトナム、タイ、ブラジルの出身者は、来日初期と長期居住後ともに、日本人より人口密度が低い地域に居住するが、いずれも、長期居住後には来日初期より人口密度が高い地域に居住する傾向に変わりがない。例えば、ベトナム出身者は、日本人と比べて、他の要因が一定の下、来日初期に居住地の人口密度は10キロメートル半径あたり406人程低く(-405.9***)、長期居住後に、居住地の人口密度が日本人と比べて196人程低い(-195.9***)結果が示された。すなわち、長期居住後に人口密度がより高い地域に移住したことが明らかである。

そのため、特定技能1号の外国人労働者も、一般労働者のように自由に転職できることとなると、人口密度が高い地域に移住する可能性が高い。しかし、同制度の目的は、「特に地方や中小零細企業において人材確保が図られる」(注6)ことであるため、転職に条件を設けずに地方から都市部へ流出すると、制度の目的からかけ離れてしまうこととなる。

終わりに

閣議決定によって制定された『特定技能の在留資格に係る制度の運用に関する基本方針』(注7)では、「特定技能外国人」が「大都市圏その他の特定の地域に過度に集中して就労することとならないようにするために必要な措置を講じるよう努めるものとする」となっている。本稿で紹介した研究のエビデンスに示されたように、特定技能の外国人労働者が完全に自由に転職すると、日本人と同じように都市部に移動する可能性が高い。そのため、転職に条件を設けることが制度を実行する以上やむをえないことと言えよう。ただし、転職の条件が外国人労働者にもたらす不利益や人権問題および、非高度スキルの職務(注8)に従事する外国人の増加の恐れとそれが中長期的には経済にマイナスの影響を与える可能性(注9)にも留意し、慎重に推進する必要があると思われる。

注:本稿は、科研費基盤研究「外国人住民の経済・社会統合:男女の行動とアウトカムの違いに着目した実証分析」(課題番号: 23K01432 研究代表者:劉洋)から助成を受けた。

脚注
  1. ^ 令和6年2月9日 外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議決定『技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議最終報告書を踏まえた政府の対応について』より引用
  2. ^ 外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議(第17回)資料『技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議 最終報告書』(令和5年11月30日)より引用
  3. ^ 株式会社マイナビグローバル 外国人採用サポネット 近藤環 「企業必見:特定技能の外国人は転職可能?必要書類は?受入れ企業が知るべき情報まとめ」
    https://global-saponet.mgl.mynavi.jp/visa/6473 (2024年4月18日最終更新)
  4. ^ 近藤恵介上席研究員との共著、日本経済学会2024年春季大会での報告論文。RIETIディスカッション・ペーパー(https://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/23e057.pdf)より改訂。
  5. ^ 2020年「国勢調査」の回答は新型コロナウィルス感染拡大による影響されるため、本研究は2010年「国勢調査」の調査票情報を利用した(2015年「国勢調査」は教育水準などが調査されていなかったため本研究は利用しない)。
  6. ^ 令和6年2月9日 外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議決定『技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議最終報告書を踏まえた政府の対応について』より引用
  7. ^ 平成30年12月25日閣議決定、令和6年3月29日に一部改訂: https://www.moj.go.jp/isa/content/001416434.pdfより引用
  8. ^ 法務省出入国在留管理庁「特定技能1号の各分野の仕事内容(Job Description)」に、低スキルの職務も含まれる: https://www.moj.go.jp/isa/applications/ssw/10_00179.html
  9. ^ 例えば、中村二朗、内藤久裕、神林龍、川口大司、町北朋洋『日本の外国人労働力:経済学からの検証』(日本経済新聞出版社 2009)に、「非熟練の外国人労働者の導入はマクロ的に見て中長期的な産業構造の高度化を遅らせる可能性がある」との結論がある。

2024年6月19日掲載

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