「9月入学」は大学の国際化に本当に貢献するのか

劉 洋
研究員

新型コロナウイルスの感染拡大による学習遅れ対策がきっかけとなった、「9月入学」の議論は、長期的な課題として検討を続ける方針となった。これまで多くのニュースや資料のなかに、欧米を中心に多くの国で秋入学が主流のため、「9月入学」に変更することで、海外と足並みをそろえ、海外留学の促進や留学生の受け入れ拡大などを通じて大学のグローバル化へ寄与する考えが示された。しかし、日本の事情や、海外の留学生や留学志向の日本人学生の立場から考えると、9月入学に変わると、本当に留学しやすくなるだろうか。

留学先の選択や留学行動の決定に関して、国内外の多数の研究に挙げられた数十の要因のうち、入学時期を触れたのは、筆者が調べた限り1つもない。また、各国の外国への留学生数ランキングを見ると、3月入学の韓国は世界で4番目の送り出し国で、4月-7月入学のインドは世界で2番目の送り出し国となっている(UNESCO Institute、直近2017年データ)。そこで本稿は、9月入学の制度は海外留学の促進や留学生の受け入れ拡大などを通じて大学の国際化に貢献するかについて議論する。なお、国費留学生の人数が文部科学省や各国政府に決められ、大学制度などからほぼ影響を受けないため、本稿の分析対象は、留学生人数の95%以上を占める私費留学生とにする。

日本語の壁のため海外からの留学生は卒業直後の9月入学が困難

まず考えなければならないことは、欧米諸国など英語圏の国々とは異なり、日本語を第一外国語として教える国や学校が非常に少ないため、海外の大学で8月に卒業し、9月に日本の大学に留学するのは、非常に難しいことである。特に理系など日本語専攻以外の学生は、奨学金申請やアルバイトに必要な日本語能力が不十分のため、卒業直後の日本留学はほぼ視野に入れられないだろうと懸念する。

(独)日本学生支援機構の「私費外国人留学生生活実態調査概要」(直近の平成29年度)によると、留学するまでに特に苦労したことは、「日本語学習」が最も多いという。また、同機構が発行する「日本留学ガイドブック」によると、日本の大学や専門学校に留学するために2つルートがあり、1つ目は「日本語を勉強してから大学や専門学校に進学」で、2つ目は「自国から直接日本の大学や専門学校に進学」である。1つ目のルートについては、渡日後にまず日本語学校(注1)に入学し、日本語学校で勉強中に大学や専門学校に受験するという。その際に、卒業直後の9月入学が不可能であり、逆に現在のように、海外で8月に卒業して翌年の4月に入学する方がスムーズになる可能性が高い(注2)。

2つ目のルートの「自国から直接日本の大学や専門学校に進学」は、一見9月入学の方が有利に見えるが、同ガイドブックによると、そのためには「すでに日本語能力が十分」または「英語で受けられるコースに行く」ことが必要である。前者の「すでに日本語能力が十分」であることは、日本語は海外で外国語として教えられる学校が少ないため、多くの学生や生徒にとって困難であろう。それから、また詳細を後述するが、「英語で受けられるコースに行く」留学生にとっても9月入学のメリットよりはデメリットの方が大きい懸念がある。実際に「自国から直接日本の大学や専門学校に進学」のルートを選んだ留学生の数は少ない。例えば、近年「日本留学試験」の実施で、海外(注3)に居住するまま日本の一部の大学や専攻に受験できるようになったが、同じ試験を母国で受験可能にもかかわらず、8割以上の受験生は日本に来て受験していることが、同試験の平成16年〜平成31年の統計に示された。さらに、募集方法の主流である各大学が日本国内で行う留学生選抜試験と足し合わせると、海外で受験することを選んだ留学生の割合が非常に小さいことが分かった。

英語で受けられるコースへの留学生増に寄与する可能性も低い

一方、「英語で受けられるコースに行く」の選択肢は、9月入学のメリットよりデメリットの方が大きいと懸念する。理由は、日本語が不十分で、奨学金の獲得とアルバイトが難しいことと、将来に日本で就職できるチャンスが少ないことにある。

留学の意思決定には、文化や国への関心の要因もあるが、基本的にベネフィットとコストによって決められると先行研究に示された。該当分野で最も引用されている研究の1つMazzarol and Soutar (2002)には、留学行動および留学先の選択は、pullとpush側の要因によって決められ、pull側の要因である受入国と大学には、①海外での留学情報の入手しやすさと留学先の国の海外での評価、②留学生個人の留学内容についての評価、③留学に関わる費用、④留学先の自然環境および社会環境、⑤出身国との地理的な距離と時差、⑥留学先の知人、親戚などとのネットワーク、という6つの要因が挙げられた。

それらの要因グループのうち、9月入学に影響されるのは留学に関わる費用と考える。9月入学のメリットとして、将来的に早めに就職可能のことが挙げられるが、しかし、多くの研究に示された、留学先の選択に大きい影響を与える奨学金、アルバイトと留学先の国での就職に対しては、卒業直後の9月入学は大きなデメリットがある。まず、日本留学のための奨学金の大半を占める民間団体の奨学金(注4)は、応募者に一定レベルの日本語を求める(注5)ため、卒業直後に英語コースに入る留学生は奨学金を獲得できる可能性が低いと思われる。また、留学に関わる費用を減らすためには、アルバイトも主な手段の1つであるが、留学生をアルバイトとして雇う先のほとんどは日本語が必要であるため、アルバイトも難しい。さらに、将来留学先の国で就職できる見通しも、留学先を選ぶ主な要因の1つであるが、卒業直後に英語コースに入る留学生の多くは、日本企業での就職を期待しがたい。なぜなら、日本企業の多くは高いレベルの日本語を求めることに対し、彼らは英語で専門科目を勉強しており、日本語で専門知識などを表す経験が少なく、また、勉学以外の時間に話す日本語はほとんど日常会話程度にとどまるからである。以上のように、9月入学は英語で受けられるコースに寄与する可能性も低いと考えられる。

日本人学生の海外留学にもメリットが少ない

日本語は英語と言語間距離が大きいという要因もあり、日本人の海外留学にも言語の壁がある。先行研究に指摘された日本人学生の海外留学を阻害する要因のうち、9月入学いわゆる8月卒業で解決できる問題はほとんどなく、むしろ海外留学のハードルを引き上げる恐れがある。

これまでの調査によると、日本人の海外留学を阻害する要因として、語学力の不足、経済的な理由、短期留学による就職活動や卒業の遅れや単位認定の問題、健康・治安面での不安が挙げられた(高橋(2018)の文献レビュー)。短期留学の場合、9月入学と4月入学の違いは出発時期の学年前期と後期の入れ替え(注6)に過ぎない。長期留学の場合、もし9月入学の制度に変わると、卒業直後の入学になるため、日本の高校や大学学部の学習をこなしながら、海外大学の奨学金申請、TOEFLなどの受験、海外事情の学習などの時間が短くなることによって、結局、阻害要因である経済的な理由、語学力の不足、健康・治安面での不安が大きくなるではないかと懸念する。

本当の国際化に寄与するには足元に何ができるか

足元の長引く新型コロナウイルス感染の影響で、リアル社会のグローバリゼーションが大きく縮小しながら、オンラインの事業や交流が進められてきた。すでに文部科学省の「大学の国際化について」(2019年)資料に、オンライン国際協働学習(COIL)型教育を活用した米国等との大学間交流形成事業があげられている(注7)。また、今回の9月入学を議論するきっかけとなる小中学校・高校の休校問題には、オンライン教育も効率的に対応できる。すでに米国や中国など感染が拡大した地域では、オンライン教育が大きく進められた。そして、オンライン教育には、日本で普及したスマートフォンも利用可能のため、初期投資は少ないと考える(注8)。第2波や第3波の感染が来る際に本格的にオンライン教育を普及できれば、国内の教育格差を抑えられるのみならず、長期的に海外交流による国際化にも貢献できるだろう。

脚注
  1. ^ 実際に大学院に進学する場合、まずは大学の非正規生である研究生や聴講生として来日し受験勉強を行い、その後日本で大学院に受験するケースも多い。
  2. ^ 例えば、『日本経済新聞』にも報道された中国の東北育才外国語学校(中高校)は、毎年8月に卒業した生徒が日本語学校に入学し日本語勉強と受験を行い、翌年4月に多くは東京大学や京都大学など一流大学に入学しているという。(https://www.nikkei.com/article/DGXNASM317001_X10C12A1000000/)。また、筆者がその卒業生の1人(京都大学工学部合格)に9月入学の話を聞くと、間違いなく卒業年の9月の入学が困難で、1年遅れるだろうと述べた。
  3. ^ 留学生出身国の最も大きい割合を占める中国は対象外。
  4. ^ 日本学生支援機構「日本留学ガイドブック」P.36を参考。
  5. ^ 例えば次のページに、民間団体の奨学金について、「奨学金の中には、作文や面接で日本語能力を考査するものや他の奨学金との併給を制限するものが多くあります」と記載:https://www.u-tokyo.ac.jp/adm/inbound/ja/finance-scholarships-po.html
  6. ^ 9月入学制度の海外の大学で1年間交換留学する場合、9月から翌年の8月の期間なので、日本で4月入学制度の下では、後期と次の学年の前期となり、9月入学制度の下では、同じ学年の前期と後期になる。
  7. ^ 「オンラインによる教育手法を国際的な大学間交流に応用したCOIL方式は、地理的条件を問わず、自国にいながらも異なる言語や文化的背景を持つ海外の学生との協働学習機会を提供できる」と述べられた。
  8. ^ 例えば中国の事例を参考:https://spc.jst.go.jp/hottopics/2006/r2006_yamaya.html
参考文献
  • 高橋美能「日本人学生の海外留学を促進する方策 ―東北大学の留学相談者と留学未経験者を対象とする調査結果を基に―」、『東北大学高度教養教育・学生支援機構紀要』 2018年
  • Mazzarol, Tim, and Geoffrey N. Soutar. "“Push‐pull” factors influencing international student destination choice." International Journal of Educational Management (2002).

2020年6月12日掲載

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