標準の役割と歴史的発展

田村 傑
上席研究員

題辞:「凡用度量権官司、皆給様、其様皆銅為之」
          養老律令(令義解 第三十条)(注1

1. 序論

本稿では標準化の持つ実務的な役割を歴史的に俯瞰する。また、標準化に関連する経営理論の流れについて論考する。標準化政策の立案や、学術的な研究を行う読者に、これまでの歴史や経緯に係る知識を提供しようとするものである。

2. 歴史における標準化

技術標準の歴史は、人類の歴史と密接に関わっている。歴史的に、国家として国民や領土を統治する方法として標準が用いられてきた。社会の基本的なルールを基準として統一することが、統一国家や市場創造の基礎になっている。例えば、中国の初代皇帝(秦の時代)は、中国大陸の各地にあった古代の王国を統一した。統一後、秦の時代に重さや尺度の制度は標準として統一された。この制度の統一が近代中国の基礎を形成したと言われている。

「始皇帝の治世26年、古代中国を統一し、諸侯も民衆も平安になった。彼は "皇帝"と称した。そして、宰相に勅令を出し、重さと尺度の体系を統一し、疑わしい計量事項をすべて明らかにするようにした。」 廿六年詔権量銘全文(注2

一方、欧州中世の場合、長さ、測り方、通貨、重さなどの統一された基準はなかった。例えば、今日のドイツのバーデン地方では、長さだけでも122の計測法があった。重量については80の計測法が使われていた[1]。つまり、欧州中世には統一された標準が十分に確立されていなかったのである。このことは、現在の多国の国家に分かれた欧州大陸を生み出している原因と思われる。統一された社会的ルール不在は、市場の分断につながる。この分断された市場は、商人の活動を妨げ、経済活動に悪影響を与えた。歴史的に見ても、標準の形成・規定は経済活動に多大な影響を与えてきた。

3. 標準に係る歴史的経営理論と実践

古典的な経営理論では、技術標準そのものが中心的なテーマとして論じられることは数少ない。1つの例に、20世紀初頭の米国における生産工程管理に係る技術標準の役割を述べたテイラーの科学的管理法(1911年)が挙げられる[2][3]。他には、製品設計の観点から、19世紀米国における、銃器に係る部品の共通化を事例に見ることができる。

3.1. 生産工程

テイラーのアイデアは、個人の能力の違いによらず生産効率を高めようとするものである。提案された科学的管理法は、工場の生産性を維持・向上させるためには、客観的な作業手続きの設定が重要であると主張する。この中で、工場労働者の利用する道具の標準化が言及されている[2]。工場での労働者の行動を標準化するというアイデアは、その後の大量生産方式(フォード方式)へと発展した。今日的にとらえれば、テイラーは技術標準を用いたプロセス・イノベーションに取り組んだといえる(注3)。

3.2. 製品設計

今日のプロダクト・イノベーションにあたる製品設計での、標準化の取り組みの古典的事例として、銃器製造に係る交換可能部品を挙げることができる。19世紀米国のジョン・H・ホール、サイモン・ノース、およびロズウェル・リーの、この取り組みは、製品設計分野における標準化に係る貢献の初期の事例と考えられる[4][5]。

彼らの取り組みは、交換可能性と機械化を特徴とする”American manufacturing system”の確立に貢献した[4]。それ以前は同じ製品でも使用する部品にばらつきがあり、互換性や大量生産は不可能であった(注4)。また、この事例は、標準化が生産コストにもたらす影響について、経営学的な考察が行われた、資料に記録されている歴史的取り組みでもある。先に述べた、ジョン・H・ホールは、政府の契約が年間1,000丁のライフルに限られているので、生産コストが大量に生産する場合よりも高くなると不満を漏らしている[6]。これは、交換可能な部品を用いる生産費用が、当時把握されていたことを意味している[6]。

この取り組みは、同じ製品の異なるモデル間や、同じ製品の異なる世代間での部品の共通化という考えに、その後発展した。部品の共通化は、すべての部品を再設計する必要性を減少させ、製品開発時間を短縮し、生産工程の変更がなくなるメリットを生む。工場の製造担当者は、すでに習得した製品製造スキルを新製品に生かすことができる。生産効率の低下を回避することができ、コストを抑制することができる。

今日S字カーブと呼ばれる、技術の習熟に関する理論は、この取り組みにおいて、実務的に応用されていたことになる。このような近年に確立したと考えられる経営、経済理論は、意外にも古くから実践されているのである(注5)。

4. 標準の現代的役割

上にのべた部品共通化に係る標準化においては、校正標準の維持を標準化活動として多分に意味したことに留意することが重要である[5]。製品精度の管理には、校正標準の管理が重要な役割を果たす。しかし、この製品精度の確保を目的とする活動は、ネットワーク構築を可能とする技術の特定化との今日的な標準化の概念とは大きく異なっている。この変遷は、政策立案や研究を行う上で、十分に今日認識されるべき点である。

今日の標準化の重要性は、直接的なメリットと間接的なメリットからなるネットワーク効果によるものである。直接的なネットワーク効果は、ある技術(すなわち、商品やサービス)の採用者が、同じ技術を使うことで、他の人と相互にコミュニケーションが可能となることから生じる。間接的利益は、技術の採用者が多いほど、当該技術が継続的に使用されることから得られる[7]。このような直接的および間接的利益が、今日の製品開発において、技術の標準化が重要である背景になっている。

5. 結び

本稿では、標準の役割の変化について、学術的な理論と実践例を引用して歴史的な視点から説明を行った。今日の情報通信社会における標準の重要性を認識している読者であっても、標準化の歴史が古いことを知って驚くかもしれない。また、19世紀の米国の生産システムの導入に標準化が大きな役割を果たしたことを意外に思う読者も多いだろう。

標準化のこうした歴史的な役割については、経営史的視点から、包括的に記述されることは少ない。これは、かつては技術標準の概念が、必ずしも中心的な研究や政策テーマと認識されなかったことによる。また、本稿で述べたように、校正標準と、その他の標準化の概念が明確に分離して議論されてこなかった歴史的背景にもよる。本稿で述べた標準化の歴史的役割や背景を理解することは、標準を取り巻く現状との差分を明確に理解することにつながり、関係する研究活動や政策立案を新たに行う上で有益であると考える。

謝辞

本稿に係る研究はJSPS科研費(19K01827:研究代表者 田村 傑)の助成を受けている。
注)「科研費による研究は、研究者の自覚と責任において実施するものです。そのため、研究の実施や研究成果の公表等については、国の要請等に基づくものではなく、その研究成果に関する見解や責任は、研究者個人に帰属します。」(「科研費ハンドブック」(日本学術振興会))

脚注
  1. ^ 「度量権を用いる官司には、皆様をたまへ、その様はみな銅をもってつくれ」養老律令(令義解三十条)。現代語の意訳は「官司に銅製の重さの標準を与えて、市中で利用されているおもりの検査をさせること」。文中の「様」は、標準や基準を意味する。
    養老律令は、8世紀に成立した日本の律令。令義解として文書が記録されている。出典は「新訂増補国史大系 令義解、第卅」,P333, 黒坂勝美編 普及版(吉川弘文館)。
  2. ^ 原文は以下の通りである。ここでは原文の趣旨を理解するために意訳してある。必要な場合、詳細訳は各人で確認されたい。
    「廿六年 皇帝盡并兼天下 諸侯黔首大安 立號爲皇帝 乃詔丞相状綰 灋(法)度量則 不壹歉疑者 皆明壹之」廿六年詔権量銘全文
  3. ^ 詳細は[3]を参照されたい。
  4. ^ この取り組みは、戦場で兵士が壊れた部品の交換を可能とし、武器修理の迅速化を可能とした(Regele, 2018)[4]。
  5. ^ S字カーブは、一般的な観察から得らえる概念といってよい。ある程度の時間の取り組みが行われると成果に結び付くようになり、しばらくすると頭打ちになるとの変化軌道が、S字の形に似ることによる。
  6. 本稿の内容は第六期科学技術・イノベーション基本計画(2021~2025年度)の第2章1.(6)「様々な社会課題を解決するための研究開発・社会実装の推進と総合知の活用」の政策内容に該当する。
  7. 本稿内容の引用方法:
    田村 傑(2021). 「標準の役割と歴史的発展」. RIETI コラム
  8. 連絡先:
参考文献
  • [1] Heilbroner, R.L. (2000). The Worldly Philosophers: The Lives, Times, and Ideas of the Great Economic Thinkers (Revised 7th edition). London: Penguin Books.
  • [2] Taylor, F. W. (1911). The Principles of Scientific Management. New York and London: Harper & Brothers.
  • [3] 田村 (2012). 温故知新 技術標準の役割再考:Taylorism and Standardization. RIETI コラム(2013年の日本経済を読む).
  • [4] Regele, L.S. (2018). Industrial manifest destiny: American firearms manufacturing and antebellum expansion. Business History Review, 92(1): 57-83.
  • [5] Smith, M. R. (1973), John H. Hall, Simeon North, and the milling machine: The nature of innovation among antebellum arms makers. Technology and Culture, 14(4): 573-591.
  • [6] Rosenbloom, J.L. (1993). Anglo-American technological differences in small arms manufacturing. The Journal of Interdisciplinary History, 23(4): 683-698.
  • [7] Hall. H. B. (2005). Innovation and diffusion. In J. Fagerberg, D. C. Mowery, and R. R. Nelson (Eds.), The Oxford Handbook of Innovation (pp.459–484). New York: Oxford University Press.

2021年4月6日掲載

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