東アジアにおける米ドル依存

伊藤 宏之
客員研究員

米ドル中心の国際金融システム

米国ドル(以下、米ドル)が世界で最も支配的な地位を確立しており、現在の国際金融システムは米ドルを中心に築かれているということは疑いの余地のないことである。ドルの発行国である米国は、実際のところここ数十年、世界GDPや世界貿易のシェアにおいてなだらかに低下しているにもかかわらず、ドルの影響力が低下するような兆しはまったくない。世界の中央銀行の外貨準備における米ドルシェアは安定しており、ここ10年に限っては上昇する気配すら見せている。それは、世界経済においてのドル通貨ゾーンの規模においても同じであり、多くの国々や地域で米ドルに対してなるべく為替変動が安定するように政策を取っている。

2020年3月、新型コロナウイルスによるパンデミックによって世界的な経済危機が始まり、さまざまな金融資産の価格が下落した。しかしその中で、米ドルは主要貿易相手国に対して通貨高になった。2008年9月に起こったリーマン危機の際にも米国が危機の震源地であるにもかかわらず、同じように米ドルが通貨高になった。この2つのエピソードは、危機の際には流動性の高い(他の資産に変換しやすい)ドルが緊急避難先の安全資産としてとらえられ、いかにドルが最も信頼された国際通貨として認識され、現在の国際金融システムの中で重要な役割を果たしているかを示している。しかし、ドルがそれだけ重要な役割を果たしているということは、逆に言えば、国際的な取引において自国通貨に対する依存度があまり高くないことも意味する。

その傾向は特に東アジアの経済においてみられる。そこで、この論考ではいかにASEAN+3経済(東南アジア諸国連合+日本、韓国、中国)においてドルが重要な役割を果たしているかを表すことによって、国際取引において自国通貨の使用度があまり高くないという点について考察する。

東アジアにおける国際金融

本稿では、まず、『国際金融のトリレンマ』の観点から、ASEAN+3諸国がどのような国際マクロ政策を取ってきたかレビューする。『国際金融のトリレンマ』とは、「為替の安定性」、「資本の自由な移動」、「金融政策の自立性」の3つの政策目標のうち、一度に2つは達成できるが、3つをすべて満たすことはできないという理論で、Mundell (1963)やFleming (1962)によって紹介され、それ以降国際金融の中心的な理論となっている。

Ito and Kawai (2014)のトリレンマ・インデックスを使って、ASEAN諸国の国際マクロ政策の変遷を数値的に見てみたところ、これらの諸国はここ50年間、着実に金融市場の開放を進めてきており、それに加え、国によっては金融政策の独立性を維持しながら、為替の安定性を放棄し、また、他の国は為替の安定性を維持しながら、金融政策の独立性をある程度放棄するという開放マクロ経済政策を取ってきていることが分かった。

また、各国が米ドルに対してどれだけ自国通貨の安定性を求めるか、すなわち、どの程度各国の通貨が「ドル圏」に属するかという度合を数値化してみたところ、ASEAN諸国、一貫してドル圏に属する度合いが高いことが分かった。

さらに、国際貿易における取引通貨のドルシェアを見てみたところ、東アジア経済で米ドルが取引通貨としてかなりシェアを占めており、それは、中国、韓国、そして日本といった規模の大きい経済にも当てはまるということが分かった。興味深いことに、アジア経済諸国・地域においては、(米国を取引相手として含まない)域内の他の経済やEU向けの取引においても米ドルのシェアが高く、いかに米ドルが基軸通貨として重要な役割をなしているかが分かる。

その他にも、国際債券や銀行ローンなどにおいても、ドルがASEAN+3にとって支配的な地位を確立していることが分かった。

以上の研究結果から、ドルがいかにアジア圏において圧倒的に支配的な国際通貨であることが分かる。それはまた、各国・地域の自国通貨が国際取引においてあまり使用されていないことを表す。ドルに対する依存が高く、自国通貨建てで資金調達がなかなかできないというのは発展途上国間でよくみられることである。しかし、それはASEAN諸国だけではなく、中国や韓国、ましてや日本においてもその傾向はみられ、国際金融の米ドル依存の度合いは高い。ドル中心の国際金融市場・システムが存在するということは、それだけ、諸各国の経済が米国発のショックをまともに受けやすいことを意味する。発展途上国や新興市場経済がいわゆる「グローバル・ファイナンシャル・サイクル」の影響に晒されている限り(Rey, 2013)、米国における経済状況の変化や政策変更がそのまま周辺国家・経済に伝播し、経済状況を揺るがしかねない状況にある。

米経済発のショックから自国経済を守るには、国際取引に特化した(ユーロ導入以前のECUのような)地域通貨あるいは地域通貨バスケットを導入することも選択肢としてあり得る。そのような通貨が導入されれば、金融不安の際の流動性の確保できるようになる。しかし、現在のアジア地域の政治的、地政学的状況を考えるとそのような地域通貨あるいは地域通貨バスケットが導入される可能性はかなり低いと言わざるを得ない。

従って、ASEAN+3などのアジア諸国・地域は、自国通貨や円、元、ウォンといったアジアの主要通貨の使用を促進するような地域的な通貨協力を進めるべきである。そのためには、例えば、円、元、ウォン建ての国際貿易を促進したり、自国通貨建て、あるいはアジアの主要通貨建ての国債を相互に持ち合ったり、積極的に自国通貨を使用するような政策を進めていくことが重要となる。さらに、円、元、ウォン、もしくはインド・ルピーの為替市場や自国通貨建ての国際債券市場を整備、発展させることも重要である。このようなことが現実化すると、アジアにおける金融市場がより深化するだけではなく、金融不安の際に(ドルに頼らずに)流動性を確保する手段が増えるということにもなる。また、アジア通貨単位(Asian Currency Unit)のような地域国際通貨、もしくは地域通貨バスケットを構築するために政府関係部局が情報を交換し、コミュニケーションを円滑に取り続けることも重要となる。

2021年2月17日掲載

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