感染症データにおける「従属性」と因果推論

近藤 恵介
上席研究員

Go Toトラベルに関する安齋・西浦論文(文献[1])の報道をきっかけに論争が起こっているということを知り、西浦先生、中田氏、飯田先生の論考について記事を拝読した(文献[2-5])。学術分野横断的に様々な議論ができる環境は健全だと思うし、適切な手段によって、相互に建設的な議論を通じて、新たな研究成果が生まれ、そして感染収束に向けた政策形成ができるのなら望ましいと感じている。

今回の議論を拝読し、感染症における「因果推論」の考え方について、西浦先生の指摘から重要な含意があったにもかかわらず十分理解されないまま社会に伝わってしまったのではないかという懸念を持っている。私なり行間を補足しながら、感染症データにおける「従属性」という特性がなぜ因果推論を難しくさせるのかについて考察したい。今後、文理融合の重要性が高まっていくなか、分野横断的な研究・政策提言のための環境作りができればという思いで執筆している。

感染の「従属性」という性質について

西浦先生の論考(文献[2])を読むと、感染症のデータが持つ「従属性」という性質を強調していることがわかる。感染症に限らず、社会科学分野においてもデータに「従属性」という構造は存在するため、今回の議論を通じて、データにおける「従属性」への理解を深めることに大きな意義があると思われる。結論としては、「従属」が存在するデータにおいて、一般的に「独立」を前提にした因果推論をそのまま適用してしまうと誤った解釈を導いてしまう可能性がある。

まず、西浦先生が述べている「4.『旅行関連感染者だけでなくて非旅行関連感染者も増えたじゃないか』について」の節の一部を以下に引用する(文献[2])。

直接伝播する感染症のデータでは、感染というリスクそのものに従属性を認めます。つまり、ある者の感染リスクは他者に強く依存しており、帰属するコミュニティーや近い友人・家族の感染状況によってリスクが乱高下するのです。こういったデータは従属性構造を有する、と言われます。ですから、単に「非旅行関連感染者が増えている」というのは簡単には今回の私たちの研究の反証になり難いのです。従属性データが包含する問題を解決しつつも、因果推論を立証するには、その従属性を解決した分析が必要となります(非線形の数理モデルはその一つの手段です)。

ここにあるように、感染には「従属性」という性質があるため、この問題を解決した因果推論が今後必要であると述べられている。経済学の研究においても、「従属性」を考慮することの重要性は指摘されているが、場合によっては見落とされている場合も多く、本稿においてできる限り直感的に伝わるように論点を整理したい。

「従属性」を含むデータにおける因果推論

因果推論のアプローチとして、ランダム化比較試験、回帰不連続デザイン、差の差分析等があり、処置群および対照群に分け、処置効果を評価する(脚注1)。しかし、このような比較を行うためには、満たされなければならない前提がいくつかある。ここで取り上げる1つとして、専門用語では、「処置による対照群への二次的影響の不存在性」(Stable Unit Treatment Value Assumption, SUTVA)と呼ばれ(日本語訳は戒能氏の文献[6, 7]に基づく)、この前提が満たされない場合、処置群と対照群の比較から因果効果を正しく推定できないことになる(文献[8]を参照)。もしSUTVAが満たされない場合には、それを対処した分析方法が選択されなければならない。

SUTVAとは、簡単に言えば、介入による影響は、介入を受ける処置群の個々の主体のみに閉じていなければならないことを意味する(no interferenceという)。また、対照群は処置群から一切の処置の影響を受けないということである。

この前提を理解したうえで、もう一度「旅行関連感染者だけでなくて非旅行関連感染者も増えたじゃないか」という批判を精査していく。中田氏および飯田先生の指摘を見ると、「旅行者」を処置群、「非旅行者」を対照群とした両群を比較するような考え方に基づいた批判になっていることがわかる。しかし、感染には「従属性」という性質があるため、旅行者と非旅行者の間で相互に感染が広がってしまうため、そもそもSUTVAを満たさないことになる。これはGo Toトラベルの対象期間の設定やプレトレンドとは関係なく、感染症データに内在している構造である。

このような感染症データにおける「従属性」という特性を考慮しないまま、旅行が感染拡大に与えた効果を「旅行者」と「非旅行者」という比較に基づいて因果推論の解釈を行ってしまうと、結果的に、旅行は感染拡大を引き起こさなかった、もしくは、旅行によってむしろ感染拡大が抑えられていたという誤った結論を導いてしまう可能性がある。

もう少し直感的に理解できるように、処置群と対照群が相互に影響しあう「従属性」がなぜ問題なのかについて身近な例を考えてみたい(他に良い例があればご指摘ください)。ここでは、テストの点数をアウトカムとして、新たな勉強法を導入することによる介入効果を測りたいというランダム化比較試験を考える。処置群は新たな勉強法を受ける学生のグループ、対照群は通常通りの教育を受ける学生のグループとする。この特別な勉強法を受けることによってテストの点数が上昇すると期待されている(脚注2)。その他、因果推論の計測に理想的な環境が整っているものとする。

もし処置群と対照群の間で相互に影響しあう要因(従属性)がない場合を考えよう。この場合、処置群と対照群の差を見ることによって、新たな勉強法がどれだけ点数を増やしたのかを知ることができる。新たな教育法に効果があるとすれば、処置群でテストの点数が相対的に上昇するからである。これが一般的な因果効果の推定の考え方である。

次に、処置群と対照群の学生たちが相互に影響しあうという従属の場合を考えてみよう。例えば、処置群と対照群の学生たちがいつも勉強を教え合う友達同士であり、家に集まってテスト対策の勉強会を行うような状況が考えられる。もし処置群の学生が新たに学んだ勉強法について対照群の学生にも教えていたとしよう。この場合、対照群の学生たちも処置群の介入を間接的に受けたことなり、対照群もテストの点数が上がってしまうという状況が発生する。この場合、本来は介入効果があったにも関わらず、処置群と対照群を比較すると差がなくなってしまうため、誤って介入効果がなかったと結論付けてしまう危険性がある。

安齋・西浦論文では因果関係を識別する分析でもないし(本文にもそう述べられている)、他にも詳細を詰められただろうという批判もあるが、今回の議論を通じて、西浦先生が強調している感染症データにおける因果推論の論点が正しく理解されないまま社会に伝わってしまった可能性があるのではないかということを憂慮している。

なお医療分野におけるランダム化比較試験では、SUTVAを満たすことが一般的であると考えられる。例えば、新薬の投与による効果はその被験者のみに現れ、別の誰かに新薬の効果があるとは通常は考えられないからである。

一方で、医療分野であっても感染症の場合、接触によって感染が広がってしまうことからそもそも統制すること自体が困難である。またワクチン接種の因果効果を検証する場合もSUTVAを満たさない要因となりうる(文献[8])。また社会科学分野のデータにおいて、このような「従属性」からSUTVAを満たさない場合も多く、分析者が注意しなければ解釈を誤ってしまう可能性もある(脚注3)。

さいごに

以上、感染症データにおける「従属性」という観点から、因果推論を行う際の注意点について整理した。今回の議論を通じて、当事者の先生方は膨大なエネルギーを消費されたものと思われるが、そのご尽力に敬意を表するとともに、あとは周囲がその議論から得られる含意を汲み取りながら、相互理解が進むような方向に転換してくれることを願っている。

弱輩ながら政策形成により近い現場でこれまで働いてきた経験として、専門家と社会の対話(科学コミュニケーション)という課題もある一方で、分野の違う専門家同士の間でどのように相互理解を深めるのかという科学コミュニケーションの課題も非常に大きいと感じている(文献[9])。様々な分野の専門家がお互いの分野を理解し共同することで感染収束に向けた最適な政策形成を行っていけることを望んでいる。

脚注
  1. ^ 因果推論に関して文献[10, 11]において大変わかりやすく紹介されているので、詳細はそちらを参照していただきたい。
  2. ^ ここで挙げた教育へのランダム化比較試験の仮想例として、現実には介入のデザインについて慎重になる必要があるだろう。例えば、介入を受けた処置群の学生のみが得をするような、事後的に不平等が生じるような設計は避けるべきである。
  3. ^ 私が行間から読み取った推測もあるが、感染症の分析ではSUTVAを満たさないことがそもそも自明の条件として共有され、その分野の専門家向けに書かれた論文ということもあり、明示的に説明がなかったという可能性もあるかもしれない(これは私の推測でしかない)。経済学の論文でもコースワークで学ぶような自明なところはほとんど説明が省略される。
参考文献
  • [1] Anzai, A. and Nishiura, H. (2021) “Go To Travel” Campaign and Travel-Associated Coronavirus Disease 2019 Cases: A Descriptive Analysis, July–August 2020, Journal of Clinical Medicine, 10(3), 398.
    https://doi.org/10.3390/jcm10030398
  • [2] 西浦博(2021)「西浦教授が『Go To トラベル研究』への批判に答える」、m3.com(Yahoo!転載版)、2021年1月29日
    https://news.yahoo.co.jp/articles/1b8728b5775defe7c94701f86c2cb83a0bc4165b?page=5
  • [3] 中田大悟(2021)「西浦教授からのリプライに対するコメント」、Yahoo! Japanニュース
    https://news.yahoo.co.jp/byline/nakatadaigo/20210129-00220017/
  • [4] 飯田泰之(2021)「西浦教授によるGoTo論文の解説と批判」、note、2021年1月26日
    https://note.com/iida_yasuyuki/n/nb2ad657d55e4
  • [5] 飯田泰之(2021)、「西浦教授からのリプライと追加的な論点」、note、2021年1月30日
    https://note.com/iida_yasuyuki/n/nb9a4b91c7a28
  • [6] 戒能一成(2018)「政策評価で『科学風のウソをつく』方法」、RIETI Special Report.
    https://www.rieti.go.jp/jp/special/special_report/094.html
  • [7] 戒能一成(2018)「政策評価のための横断面前後差分析(DID)の前提条件と処置効果の安定性条件(SUTVA)に問題を生じる場合の対策手法の考察」、RIETIディスカッションペーパー No. 17-J-075
  • [8] Imbens, G. W. and Wooldredge, J. M. (2009) Recent Developments in the Econometrics of Program Evaluation, Journal of Economic Literature, 47 (1): 5-86. DOI: 10.1257/jel.47.1.5
  • [9] 近藤恵介(2019) 「より良い社会をつくる政策形成に向けて」、RIETI新春特別コラム:2020年の日本経済を読む
    https://www.rieti.go.jp/jp/columns/s20_0009.html
  • [10] 伊藤公一朗(2017)『データ分析の力:因果関係に迫る思考法』、光文社新書878、光文社、東京
  • [11] 中室牧子・津川友介(2017)『「原因と結果」の経済学:データから真実を見抜く思考法』、ダイヤモンド社、東京

2021年2月5日掲載