ワクチン接種をどのように進めるか?

佐藤 主光
ファカルティフェロー

「感染対策の決め手」になるか? 政府は16歳以上を対象に2月下旬にも新型コロナのワクチン接種を始めるとした。既にファイザー等製薬大手3社との間で合計3億1000万回分のワクチン供給を受けることが決まっている。まず国立病院などの医療従事者およそ1万人を最優先として、その他の医療従事者(全国約370万人)、高齢者(65歳以上約3600万人)、基礎疾患がある人(約820万人)の順で進められる見通しだ。ただし、接種の具体的なスケジュールは未定とされる。密集を回避するようワクチン接種は予約に拠り、場所は原則、居住する(住民票のある)市町村となる。しかし、我が国において「これほど大規模な予防接種体制を経験したことはない」(日本医師会中川会長)。日時・場所を予め定めた集団接種とするか、かかりつけ医等での個別接種にするかを含めて「接種体制の構築が必須」といえる。しかし、医療体制が逼迫するなか、接種業務に携わる医師や看護師の確保が困難なことも予想される。接種を委託できる医療機関は限られるかもしれない。

複雑なワクチン配分のロジスティクス

ワクチンを配分するロジも複雑だ。「ワクチンや注射する医師は厚労省、冷蔵庫は経産省、物流は国交省、使った針などは環境省、学校を使えば文科省」の管轄になることから複数の省庁間での調整が求められる。国と地方の関係も重要だ。今回は国の指示の下、都道府県の協力を受けながら市町村において実施される。具体的には国が都道府県別のワクチンの分配量を、都道府県は市町村別の分配量を、市町村は(委託先の)医療機関別、その他接種会場別の分配量をそれぞれ調整・決定する。その上で予め地域毎に担当が決まった卸業者が割当量に基づき各医療機関等にワクチン等を配送する。保管にも細心の注意を要する。ファイザーのワクチンはマイナス75度前後という超低温で保管しなければならない。保冷ボックス(ドライアイス)で保管できる期間は10日間、接種前の室温で6時間である。このため政府は自治体が指定する全国約1万カ所の医療機関などに冷凍庫を設置、そこを起点に他の施設にワクチンを配分する体制を整える。ただし、約千回分が流通の最小単位であるため、ワクチンを受け取った施設等では10日間で使い切らなければならないとされる。ワクチンが使い切れず破棄される事態も予想される。このように対象者が多い上、関係者が多岐に渡るため、その実施はまさに「“プロジェクトX”」(河野規制改革相)といえる。

副反応への懸念

供給体制が整っても接種が進むとは限らない。既にワクチン接種の始まった海外でもイスラエルでは人口の4分の1が既に接種済みで3月には半数を超えるとされる一方、英国は人口の5%、米国は3%と低迷している(2021年1月13日時点)。その背景にあるのは副反応への懸念である。CDC(米国疾病対策センター)の報告書(2021年1月6日公表)によると深刻な副反応は10万回で1.1件である。それでも、特に日本人のリスク回避志向は顕著とされる。実際、世界経済フォーラム・調査会社イプソスが15カ国を対象に実施した意識調査(2020年10月8日~13日)では、我が国の新型コロナワクチンの接種意向は69%に留まり、インドの87%や英国の79%よりも低く全体の平均73%も下回る。医師の間でも早期接種に前向きなのは35%に過ぎない(日経メディカルOnline・日経バイオテク調査(2020年11月20日~12月2日))。理由としてはワクチンの有効性や安全性に対する不安が挙げられている。菅総理は「副反応や効果を含め、正しい理解を広めるべく、科学的知見に基づいた正確な情報を発信する」と強調するが、先行きは定かではない。

いずれにせよ複雑なロジからワクチン配分が滞る、あるいは副反応への心配が解消されないなど、供給・需要サイドのいずれかに課題が残れば、接種が「目詰まり」しかねない。保健所のPCR検査の停滞や国民に一律10万円を支給した「特別定額給付金」に伴う混乱を繰り返す可能性は排除できない。ではどうするか? 本稿はリアルタイムの在庫管理の体制構築、補償を含む副反応への対策、合わせてワクチン接種に係る利便性の向上を提言したい。

提言1:リアルタイムの在庫管理

今回のワクチンの在庫・搬送の管理にあたっては「ワクチン接種円滑化システム(V-SYS)」が新たに構築された。同システムはクラウド上で国・自治体、医療機関及びどの卸業者がワクチンの地域別、予防接種を行う医療機関・接種会場別の割当量、接種実績や在庫量等に係る情報を伝達・共有するものである。具体的には医療機関がワクチン接種の可能な量をV-SYSに登録、その情報に基づいて市町村は当該医療機関への分配を決定する。地域ごとのワクチンは月2~3回の頻度で割り当てられる。国民は医療機関等の空き状況、予約受付連絡先を確認できる。このシステムとは別に接種履歴をマイナンバーと紐づける方針も打ち出された(マイナンバー法で特定個人情報の提供制限の例外として「新型インフルエンザ等対策特別措置法による予防接種の実施に関する情報」がある)。接種漏れに対応するほか。接種済みの住民が他の自治体に転居した場合も照会し易く、事務の効率化につながる。

V-SYSのようなデジタルの活用があるとはいえ、ワクチンの配分・搬送はさながら戦時中の配給制度だ(あるいは旧社会主義国の計画経済にも似ている)。ここで問題になるのはニーズ(接種の予約状況)とのミスマッチである。各医療機関(=供給サイド)がワクチン接種できる量を割り当てても、ニーズ(=需要サイド)に見合うとは限らない。災害時における避難所間での飲食料等救援物資の配分においてもしばしば過不足が生じる。地域内で接種する場所を(冷凍庫を設置する医療機関など)限定すればミスマッチの頻度は抑えられる。政府もワクチン流通の最小単位数を勘案して「医療機関や接種会場ごとの接種可能人数を可能な限り多くする必要がある」とする。しかし、会場が少ないと後述する接種の利便性が損なわれかねない。むしろ、リアルタイムで在庫管理をすることが望ましい。医療機関・接種会場におけるワクチンの過在庫状況を迅速に把握、過剰な施設から不足している施設への再配分を促す(ただし、ワクチン保管の観点から小分けでの移送時間には制限がある)。あるいは高齢者等、接種の優先順位に関わらず一般人にも在庫状況に係る情報を発信して、余剰があれば接種を認める。イスラエルでも急速なオペレーションに対応できず、ワクチンが余ったりすることがある。この場合、ワクチンの破棄を避けるべく優先順位が低い若者でも接種できるケースがあるという。

提言2:副反応への対策

我が国は医療の現場も国民も安全性と有効性に対する信仰が根強い(換言すれば、リスク回避志向が高い)。10万件に1.1件程度とはいえ、一旦深刻な副反応の事例が起きれば、マスコミやネットが強く反応することが見込まれる。政府は今回のワクチン接種を原則、「努力義務」とするとして、義務化を見送った。世界保健機関(WHO)も接種を義務化には否定的だ。各人の自主的な判断に委ねられるとすれば、「ワクチンのメリットについて説く」だけではなく、副反応の件数に加えて接種の件数を公表してリスクの「程度」を明らかにする、この「程度」を年齢別、慢性疾患の有無別等に出すなど「科学的知見に基づいた正確な情報」を発信する工夫が求められよう。合わせて、接種した個人(特に高齢者や持病のある人)についてはワクチン接種を実施した医療機関あるいはかかりつけ医等が接種後一定期間(例えば約1カ月)、オンライン等で経過観察を行い、副反応の早期発見と対処に努めることが望ましい。東京都は自宅で療養する新型コロナ感染者の健康観察(体温や体調変化の確認)について、自宅療養者の増加を踏まえて一部間事業者に委託する方針を固めている。同様に接種者の健康観察の仕組みがあって良いだろう。副反応による健康被害への補償も強化する。我が国には(予防接種法に基づく)予防接種に起因した副反応に対して、医療費(自己負担分)の補填に加えて、通院・入院日数に応じた医療手当(例えば、通院3日以上で月額 36,800円)、死亡時の遺族年金(10年を限度)を支払う「健康被害救済制度」がある。医療手当の上乗せなど、こうした制度を拡充させる(他の予防接種と比べて不公平という向きもあろうが、新型コロナが未知であるように、そのワクチンの副反応も未知なことに留意すべきだ)。

提言3:利便性の向上

ワクチン接種の普及には利便性の向上も鍵になる。住民は(住民票のある)自治体から「接種(クーポン)券」を受け取る。ワクチン接種の期日・場所が予め決められた団体接種か、個々に予約する個別接種かの選択肢があるが、後者の場合、V- SYSを使って医療機関の所在地や予約受付状況を確認できる。自治体が設置する会場についてはV- SYSから予約できるが、医療機関の場合、当該機関の既存の予約システムに拠る。利用者の利便性の観点からはV- SYS上で予約を「一元化」するのが一案だ。医療機関にとっても予約の受付業務が緩和されよう。他方、団体接種としては、ワクチンの接種場所に住民を集めるのではなく、委託された医師・看護師等が出向くようにしても良い(ワクチンの移動には必要であれば冷凍冷蔵車を活用する)。例えば、介護施設に入所あるいは病院に入院している高齢者に対しては感染防止の観点からも介護施設・病院内での接種を進める(現状でも高齢者施設は「サテライト型接種施設」として認められている)。特に重症化リスクの高い高齢者の接種漏れを避けることもできる。16歳以上に該当する高校生等についても校内での団体接種を認める。接種する場所は原則、居住する自治体となっているが、産業医等を活用すれば、職場での接種も可能ではないか? いずれにせよ、接種履歴はマイナンバーで管理(自治体と情報共有)すれば、漏れはないだろう(企業は従業員のマイナンバーは把握している)。また、前述の通り、首都圏等医療がひっ迫した地域では接種に対応できる医療機関・人員が不足するかもしれない。自治体は医師会等を介してワクチン接種を実施する医療機関と契約することになっているが、応じる医療機関の数は定かではない。窓口が少ないとワクチン接種も進まない。米国やカナダではインフルエンザを含めて薬剤師が予防接種を行っている。仮に医療機関の確保が難しければ調剤薬局等を活用してはどうか?

ワクチン接種でもって「集団免疫」を獲得するには、「理論上」、少なくとも人口の6割以上が免疫を持つ必要がある。接種の幅広い普及が不可欠だ。ワクチンの効果が持続する期間も不明な点もある上、変種のウイルスも出てきた。楽観視はできないとは言え、今後の感染拡大を抑える契機にはなりうる。2020年度のGDP成長率は前年度比マイナス5.6%になる見込みだ(日本銀行「展望レポート」(2021年1月21日))。国は緊急事態宣言を再発令して、飲食店等に時短を要請しているが、感染拡大の第三波は続いている。「経済と健康の両立」に向けて平時のような自治体等現場任せでは済まされない。国がワクチン接種の仕組みから実施まで「主導的」な役割を果たすべきである。

2021年1月22日掲載

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