1. はじめに
本稿では、企業等が2018年中に実施した標準化活動に関する、筆者が実施した調査結果について紹介する。 調査は組織内の標準化活動を対象としており、調査対象者は、企業や研究機関を含む日本の組織とした。本調査の目的は、企業等が標準化活動をどのように、どの程度実施しているかを把握することを通じて、標準化活動のマネージメントについて有用な知見を得ることである。調査対象者の総数は約 1,600者である。本調査は2017年の調査に続くものである[1][2]。(1)標準化活動の程度や、(2)標準化活動に関する組織の整備といった項目で、前回と同程度の計測値が得られた(注1)。
2. 結果
2.1. 標準化の実践の程度
表1は、標準化活動を実施している機関の数を示したものである。回答者のうち、62.4%(78件)が標準化活動を実施していると回答している。これは、前回調査の 60.8%(62件)とほぼ同数である。この2年の結果を比較してみると、標準化活動の実践率は両年とも安定していることがわかる[1][3]。
2.2. 標準化活動の種類
表2に示すように、実施している活動の中では、製品規格や製造方法に関する標準化活動が最も多く(63.9%)、次いで製造工程(33.0%)、測定(30.9%)の順となっている。デザインやシンボルに関する活動は15.5%であった(複数回答可)。実施されている標準化活動の種類に係る順番は前年とほぼ同様の傾向になった。
デザインや記号に関する標準化活動が一定程度あることが示されている。デザインやシンボルの標準化活動の役割については、製品規格や製造方法と同程度の有効期間を有していることが示されている[4]。有効期間は標準が社会で利用されている程度と関係を有する。つまり標準が社会にもたらす効用を示すと考えられる。
デザインやシンボルに係る標準化活動は、関連する政策ツールとして議論する価値がある。デザインやシンボルは、ブランドなどの企業の無形資産と大きく関係している。消費財のブランドは企業にとって重要であり、利益を増大させる源泉である。
標準化されたデザインやシンボルはパブリック・ブランドとして社会環境整備を促進する。デザインやシンボルの標準化は、社会システムを構築する上で重要な役割を果たすと考えられる。最近のコロナウイルスパンデミック(COVID-19)に対応するために、デザインやシンボルに係る標準は、個人生活や職業生活の中で重要な情報を非言語的及び非接触的に伝えるのに役立っている[5](注2)。
2.3. 標準化活動に関するガイドラインの制定
回答中の約3割が標準化活動のための制度的なマネージメント・ガイドラインを策定している(表3)。また、業種別の差も示されている(表4)。ガイドラインを策定した企業の約68%が、標準化活動に関するマネージメント・ガイドラインに営業秘密保護の項目を盛り込んでいると回答している(表5)。
2.4. 標準化活動に係る組織設計
標準化活動を統括する組織の整備については、「整備している」と回答した者が46件(約42%)となっている(表6)。研究開発費別の差異を示す(表7)。
2.5. 標準化活動のための知識源
標準を作成するために最も重要な情報源は(1)標準化文書、(2)標準制定団体からの情報とされている。この傾向は昨年とほぼ同じである(表8)。
この結果は、ICTが高度に進展すると電子化されたテキスト情報等から知識創造が十分に可能であるとの考えへの反証事例を示している。ある特定の特徴をもつ知識は、電子情報化されたテキスト情報のみでは形成されることが十分にできず、引き続き人間同士のコミュニケーションが知識創造に必要であることが示されている。
規格策定には関係者全員のコンセンサスが必要である。このような合意のプロセスを経て形成される知識については、相互のコミュニケーションが重要であることを意味する。つまり書誌情報からの知識だけでは技術標準は円滑に形成されないことを示している。ウェブ会議形式のデジタル化されたコミュニケーションであっても、人間同士の双方向的な直接コミュニケーションが知識創造上、重要であることが示されている。
3. まとめ
本調査は2回目の実施であり、前年の第1回目の実施結果の比較から更なる知見が得られた[1][2][3]。今回の結果は前年の調査結果に引き続いて、標準化活動を実施している企業等の割合は約62%であった(表1)。また、標準化組織を整備している企業等の割合は約43%であった(表6)。これらの結果は、前回と今回の2回の調査において同程度の結果が得られていることから、おおよその数値として利用することができると思われる。
第二に、標準化に関するマネージメント・ガイドラインの策定が、約30%まで進んでいる。ガイドラインの中には、高い割合で営業秘密に関する規定が導入されていることが示されている。この結果は、標準化活動における情報管理の重要性を指摘する先行事例研究の結果と一致している[6][7]。
最後に、本研究の学術的及び実務面での成果は、標準形成の知識創造メカニズムが他の知識創造システム(学術論文や特許など)とは異なるであろうことを認識することができたことにある。すなわち、情報の収集及び抽出に係る技術の進歩にもかかわらず、標準化に係る知識創造には双方向の直接コミュニケーションが不可欠であることが示された。
本調査の結果については、日本産業標準調査会(JISC)、経済産業省の関連部局、日本規格協会等に情報の提供を行うとともに、ISO、IEC及びOECD等の国際機関への情報提供を行うことを通じて、国際的なイノベーション・システム構築に役立てることとしている。
謝辞
本調査の実施に際して、多忙な中、調査回答にご協力いただいた各位に、お礼を申し上げます。
本稿のコラムに係る調査は、JSPS科研費(15K03718および19K01827:研究代表者 田村 傑)の助成を受けて実施している。