人工知能(AI)やロボットなど、新たな自動化技術が労働市場に与える影響が、研究者・政策実務者の関心を集めている。本稿では、自動化技術と人間のスキルとの補完性について、新たなサーベイに基づくエビデンスを提示する。ロボットを利用している企業よりも、AIやビッグデータを利用している企業の方が、高スキル労働者の割合は高い。ロボットは新型コロナウイルスに感染しないので、その利用が加速する可能性がある(Leduc and Liu, 2020)。コロナ危機は、新たな自動化技術の普及という形で労働市場の構造に長期的な影響を与えるかもしれない。
自動化技術の労働市場へのインパクト
伝統的な情報通信技術(ICT)が労働市場に与える影響については多くの研究がある。しかし、人工知能(AI)やロボットが労働市場に与える影響の研究は、まだ萌芽段階にとどまっている。いくつかの研究は、コンピュータ化によって、将来的に人間の雇用が喪失するリスクについて、技術的な代替可能性の観点からの試算を示している(例えば、Frey and Osborne, 2017; David, 2017; Arntz et al., 2017)。自動化についての理論的研究は急速に前進しているが(例えば、Acemoglu and Restrepo, 2018; Aghion et al., 2019)、近年の自動化技術の採用・普及に関する詳細なデータが不足しているため、実証研究は大幅に遅れている。
ただし、新しい自動化技術のうち産業用ロボットだけは状況が異なる。ロボットが雇用に与える影響については、国際ロボット連盟がまとめた産業別ロボット出荷台数データを用いて、多くの研究が行われている(例えば、Dauth et al., 2017; Graetz and Michaels, 2018; Borjas and Freeman, 2019; Acemoglu and Restrepo, 2019; Destefano et al., 2019; Kromann et al., 2020)。ロボットが雇用全体に与える影響についての結論にはばらつきがあるものの、概して低・中スキル労働者に対して負の影響があることを示している。一方、機械学習やビッグデータ分析など、産業用ロボット以外の自動化技術と人間の労働者との代替可能性や補完性についての研究は乏しい。
数少ない研究例がMorikawa (2017)である。筆者は、日本企業から得たサーベイ・データを用いて、新たな自動化技術の採用と企業従業者のスキル水準との間に正の相関があることを示した。しかし、同論文では、自動化技術をAI、ビッグデータ分析、ロボット等に区別しておらず、各種の自動化技術の異質性については検証できていない。関連する研究例として、Brynjolfsson and McElheran (2016)がある。この論文では、政府が実施した統計調査のデータを用いて、米国におけるデータ利用型意思決定(DDD)の普及の実態とその採用に影響を与える要因を分析している。彼らは、大卒労働者の割合が高い工場の方がDDDを採用する可能性が高いことを示し、学歴とDDD採用の間に正の相関があることを確認した。しかしながら、その対象はDDDに限られている。
自動化技術による異質性
こうした背景の下、筆者は2019年、独自に設計したサーベイを実施し、日本企業における自動化技術の活用と、従業者のスキル構成との関係について新たな知見を提示した(注1)。このサーベイでは、日本企業の代表的なサンプルから、AI、ビッグデータ解析、ロボットといった異なる自動化技術の利用状況に加え、従業者のスキル構成についての情報を収集している(注2)。
表1は、自動化技術の利用と高学歴従業者の割合との関係について、クロス集計を行った結果を示したものである。パーセントで示したのは、大卒以上の学歴を有する従業者の割合(列1)及び大学院を修了した従業者の割合(列2)である。AI及びビッグデータを利用している企業では、利用していない企業に比べて、高学歴者の割合が高く(行A及び行B)、この差は1%水準で統計的に有意である。
(1) 大卒以上 | (2) 大学院卒 | ||
---|---|---|---|
A. AI | 事業に利用している | 52.2% | 5.5% |
事業に利用していない | 34.0% | 2.7% | |
差 | 18.2% *** | 2.9% *** | |
B. ビッグデータ | 事業に利用している | 47.0% | 7.1% |
事業に利用していない | 34.5% | 2.6% | |
差 | 12.5% *** | 4.5% *** | |
C. ロボット | 事業に利用している | 28.2% | 3.1% |
事業に利用していない | 34.4% | 2.4% | |
差 | -6.2% *** | 0.8% ** | |
注:***: p<0.01, **: p<0.05. |
一方、興味深いことに、ロボットの利用と従業者の学歴の関係は、他の2つとは大きく異なる(行C)。ロボットを利用している企業は、ロボットを利用していない企業に比べて、大卒以上の従業者の割合が低い。大学院を修了した従業者の割合で比べると、ロボットを利用している企業は、ロボットを利用していない企業よりもわずかに高いが、その差は量的に小さい。
筆者は、規模や産業といった企業特性をコントロールした推計を行い、高学歴従業者の割合の高い企業はAIやビッグデータを利用する傾向があることを確認した。この結果は、AIやビッグデータ解析の発展の恩恵を享受するためには、人的資本への補完的な投資が必要であることを示唆するものである。逆にロボットに関しては、高学歴従業者の割合の推計係数は小さく、統計的に有意でない。
学歴という形で測定される認知スキルとの補完性という観点から見ると、この結果はAIやビッグデータ解析といったホワイトカラー業務に用いられる自動化技術が、ロボットとは著しく異なることを示唆している。これらの技術は「自動化技術」として一括りにされることが多いが、労働市場に与える影響を考える際には、技術による異質性に注意する必要がある。
製造業とサービス業におけるロボットの違い
しかし、ロボットの中でも、サービス産業での採用が期待されるサービスロボット(または汎用ロボット)は、製造現場に広く普及している産業用ロボットとは性質が異なるかもしれない。この可能性を考慮し、筆者はサンプルを製造業とサービス産業とに分類してみた(表2)。ロボット利用と従業者の学歴との関係は、産業によって顕著に異なる。サービス産業についての結果は、AI及びビッグデータの利用についての結果と類似している(行B)。しかし、製造業における産業用ロボットの利用と、高学歴従業者の割合との間には正の関係が見られない(行A)。企業特性をコントロールした上での推計は、単純なクロス集計から観察される結果とおおむね整合的である。従業者のスキルとの補完性という観点から見ると、主として製造業で用いられる産業用ロボットと、新たに出現したサービスロボットとは異なることが、この結果から窺われる。
(1) 大卒以上 | (2) 大学院卒 | ||
---|---|---|---|
A. 製造業 | 事業に利用している | 23.9% | 3.0% |
事業に利用していない | 25.8% | 2.8% | |
差 | -2.0% | 0.3% | |
B. サービス業 | 事業に利用している | 53.6% | 3.6% |
事業に利用していない | 42.4% | 2.0% | |
差 | 14.8% *** | 1.6% * | |
注:***: p<0.01, *: p<0.1. |
要約すると、「AIが労働市場にもたらす短期的な影響を予測する際、工場の自動化に関する研究結果から広範な推論を行うことには注意が必要である」とするAgrawal et al. (2019)と、筆者が今回のサーベイから得た知見には、同様の含意がある。言い換えれば、産業用ロボットが雇用に与える影響についての研究成果を、AIを含む他の新たな自動化技術に関する研究に一般化することには慎重になるべきである。
本稿は、2020年6月1日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。