世界の経済情勢が重要な局面を迎える中、日本はG20議長国となり、過去数十年で最も不確実な時代を切り抜けられるよう世界経済を導く機会を手にしている。しかし、その役割は困難なものであり、解決すべき課題が山積しているだけでなく、2019年半ばに首脳会議が予定されているために、実質的な議長国としての任期は過去最も短い部類に入る。
もしもG20議長国としての日本の目標が、単に6月の首脳会議を通常のやり方で成功裏に終わらせることであるとすれば、それはどんなに好意的に見ても、日本にとっては機会の逸失となるだろう。最悪の場合、安倍首相と政府担当者は、目の前で世界の経済秩序が崩壊するのを呆然と眺めることになるか、次期議長国であるサウジアラビアに「ホスピタルパス(大けがをしかねない不用意なパス)」を出してしまうことにもなりかねない。
中国と米国という、世界の二大経済大国の間での緊張が世界経済を混乱させている。たとえ両国が何らかの二国間合意に達するとしても、おそらくは、世界経済全体にダメージが残ることになるだろう。グローバル社会にとって、中国の台頭に対処するだけでも十分難しいことであるのに、多国間主義に基づく国際秩序がトランプ大統領のアメリカ第一主義の脅威にさらされ、事態はさらに深刻なものになっている。
日本は世界第3位の経済大国であり、米国にとっては最も重要な同盟国の1つである。隣国の中国とは世界最大規模の二国間経済関係を有している。つまり、非常に困難ではあるものの、日本は、今グローバル社会が直面している決定的な課題に取り組むための舵取りができる唯一無二の立場にあるということである。
G20大阪サミットを何とかこなすだけではとても十分ではなさそうだ。
多国間主義に基づく国際秩序を守る
多角的貿易体制の中核をなす世界貿易機関(WTO)はすでに危機的状況にある。上級委員会は定員7名のうち3名の委員を残すのみで、これは、WTO紛争解決機関の上級審が機能するために必要な最低限の人数である。(https://www.nytimes.com/2018/12/17/opinion/trade-war-china-wto.html)。3名の委員のうち誰か1人でも審理から外れなければならない事態が生じた場合、あるいは委員としての任務を果たせなくなった場合、多角的貿易体制の法執行メカニズムは機能しなくなる。2019年末までに、残る委員のうち2名の任期が終了する。これは各国に世界貿易のルールを順守させている大切な制度であり、この制度が機能しなくなれば、WTOの中核的機能が崩壊する。
制度を変更したいという理由で、新たな委員の任命を阻止しているのは米国である。
日本は、おそらく他のどの国よりも、多国間主義と紛争解決メカニズムの重要性が戦略的思考に深く刷り込まれている国であろう。両大戦間期に日本は世界の原油・原料市場から締め出され、その結果、領土拡大主義者の台頭を許し、戦時の破滅的な帝国主義へと進むことになった。戦後日本の再建と急速な復興は、WTOの前身であるGATTに支えられた開かれた国際市場に依拠することによって成し遂げられた。WTOは、紛争を解決する方法を確立し、貿易に関する多くの争いを実質的に防いできた。最近の例を挙げると、中国による日本およびその他の国々へのレアアース(希土類)の輸出制限をめぐる紛争は、WTO紛争案件として解決が図られ、中国が違反判定を受け入れた。日本は報復措置をとらず、紛争は平和裏に解決した。日本やその他の国々にとって、WTOの紛争解決制度は機能しているのである。
多角的貿易体制のおかげでアジア諸国をはじめとする多くの国々も、市場を開放し、確信をもって国際取引に関わることで貧困を抜け出し、繁栄を手にすることができた。
とはいえ、当然のことながらWTOも完璧には程遠く、改革する必要がある。2001年に始まった直近の多角的自由化交渉である「ドーハ開発ラウンド」の失敗は、数十年前には取るに足らない存在だった新たな取引が21世紀においては重要になっており、その取引に関するルールが時代遅れになっている、あるいはそもそも存在していない、ということに起因している。こうしたルールのズレから、すでに主要貿易国の間では紛争の種になっているものもある。
G20の首脳はこの問題の重要性を認識しており、昨年11月にアルゼンチンで開催されたサミットで採択された首脳宣言で初めて、「急速に変化する世界に効果的に対応できる、ルールに基づく国際秩序を改善するために共に取り組むこと」を約束した。
G20の首脳にとって、今がWTO改革の戦略的方向付けを行う好機である。国家グループ、ステークホルダー、利益集団は、それぞれに立場が違うため優先する改革項目も違うだろう。問題の多くは周知のものである。日本はG20の議長国として、改革の優先順位を決めるための枠組みをつくり、最も緊急を要する改革に対する取り組みを促す責任がある。G20大阪サミットでは明確な方向付けをする必要がある。さもなければ、機運が失われてしまう。
WTOを変革するには時間がかかるが、変革に向けた明確な戦略的方向性を示すことができれば、二大経済大国間の緊張を幾分か和らげるとともに、明らかな不備がある分野にWTOが取り組むことを促すこともできるだろう。何かを変えるためには、G20をはじめとする主要経済国のコミットメントと米中両国との深い関与が必要である。多くの新興市場国の利害と中国の利害は一致しており、また中国は世界最大の貿易国でもあるため、中国を槍玉にあげて変革を強要してもうまくいかない。多国間の枠組みで変革のプロセスを確立する方が成功する可能性が高く、グローバル社会により良い結果をもたらすことができるだろう。
変革が求められているWTOの全ての分野の中で、米中間の貿易摩擦の解消につながるものが最優先されなければならない。そのためには支持を取り付けなければならないが、日本はG20各国・地域の中で、この作業を先導するのに最も適した立場にある。
大国間競争の荒波を乗り越える
中国の台頭に対する恐れから、米国は対中国政策を「関与」から「戦略的競争」へと転換させた。しかし、トランプ大統領の進める戦略的競争は破壊的で、世界貿易体制を人質にとるものである。
米中貿易戦争はすでに世界貿易に影響を及ぼし、グローバル市場への信頼を揺るがせ、投資の混乱と一部サプライチェーンの再編をもたらした。多角的貿易体制への信頼が危機に瀕している。貿易戦争は拡大しやすい。直接な被害や巻き添え被害を受ける国々が貿易障壁を設けることで自国の利益を「保護」しようとしたり、相手国に報復しようとしたりするからである。
米国と中国という二大国(G2)の間で、貿易摩擦を和らげるような何らかの取り決めをするのは好ましい成果に見えるかもしれないが、今や超党派で中国台頭を阻止しようとする米国内の動きを鎮静化させる効果はほとんどないだろう。また、米中二国間の取り決めが多角的貿易体制を弱体化させる現実的なおそれもある。米国のエネルギーや農産品の大量輸入を約束する中国の提案は、一時的に二国間の貿易摩擦を和らげるかもしれないが、おそらく確立されたルールを逸脱することになるだろうし、他の国々から輸入していた分が振り向けられる可能性もある。
世界経済にとっては、米中間の取り決めが多国間の枠組み内で行われ、中国の市場開放が最恵国待遇原則に基づき他の国々にも適用される方が、はるかに好ましい結果がもたらされる。トランプ政権をなだめるためのものであるとしても、多国間枠組み内での取り決めの方が中国の利益にも適うことになるだろう。まさにここで、日本のような国の役割が重要になる。他の国々の支持を取り付けて、特に中国に対して、狭量な二国間取り決めを回避するよう働きかけるのである。
安倍晋三首相のリーダーシップの下、日本はこれまで米国と中国との間で、困難かつ交錯するそれぞれとの関係をうまくこなしてきた。日本の安全保障は米国の核の傘を拠り所としており、トランプ大統領は繰り返し日米同盟の価値に疑問を投げかけてきた。重要な日米の経済関係も危機に瀕している。トランプ大統領就任以来、18カ月以上にわたり膠着状態が続いた後、昨年ようやく、日本政府は二国間貿易交渉を求める米国の要請を受け入れた。これは、国家安全保障上の懸念を口実に、米国通商拡大法232条に基づく高関税を日本の自動車に賦課しようとする米国の動きにとりあえず待ったをかけた守りの一手である。実際に高関税が適用されたら、日本で最も国際競争力のある重要な産業が大きな打撃を受けることになる。
日中関係はその複雑さと同じくらい重要である。アジアの二大大国は、世界最大級の経済関係を有しながら、未解決の歴史問題や領有権問題を抱え、アジアにおける指導権争いを繰り広げている。2018年10月の安倍首相の北京訪問(http://www.eastasiaforum.org/2018/10/28/japan-joins-to-shape-chinas-belt-and-road/)は7年ぶりの公式訪問で、これを機に両国の関係は改善しつつある。
米中間の覇権争いは激化しており、米国と中国それぞれとの関係をうまくこなすだけでは不十分かもしれない。日本や他の国々は、米中両国ならびに米中それぞれとの交渉を多国間の枠組みで行う方が容易いと感じるだろう。日本にとっても、米中それぞれと二国間で事を進めようとする傾向は大きなリスクを孕んでいる。
日本には、アジアや世界各地の同じような考えを持った国々を動員し、開かれた自由主義のルールに基づく秩序の維持に取り組み、その秩序をさらに強固なものにするための方向付けをする力がある。こうしたアプローチをとることで、米国や中国の政府が展開する二国間のディバイド&コンカー(分割統治)ゲームを回避しやすくなる。
貿易や気候変動のようなグローバルシステムにおける共通の関心事について中国に働きかけるには、同じような考えを持った国々と協力して行う方がやりやすい。そうすることで、中国をより多くのルールや国際市場に関与させやすくなり、一帯一路構想のような問題にも取り組みやすくなる。オーストラリアをはじめとする米国の同盟国など、開かれた市場を維持することに利益を見出す国々で連携することによって(http://www.eastasiaforum.org/2018/08/19/building-a-coalition-for-openness-in-asia/)、トランプ大統領のアメリカ第一主義の圧力に耐える力が生まれる。
日本型グローバルリーダーシップの時代
トランプ大統領就任以来、リーダーシップ不在の状態が続くアジア太平洋地域の問題においいて、日本はその空白を埋めるべく、ごく最近まで不慣れだった指導的役割を果たしてきた。(https://www.japan.go.jp/tomodachi/2018/spring-summer2018/contributed_article.html)。米国主導で進められてきた「環太平洋パートナーシップ(TPP)」からトランプ大統領が米国を離脱させたとき、アメリカサイズの巨大な穴があいたこの協定が存続し得ると考えた人はほとんどいなかった。しかし、日本が歩み出て、残りの11カ国による「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPPもしくはTPP11)」の締結を主導した。
日本は欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)も締結した。EUとの経済連携協定とTPP11はいずれも、ルールに基づく市場の開放性に対するアジア太平洋地域の強い意志を世界中に知らしめた。また、「東アジア地域包括経済連携(RCEP)」協定締結に向けて、昨年、ASEAN諸国以外で初めての閣僚会合を開催するなど、東アジアでより規模の大きい協定を実現すべく、以前にも増して積極的な役割を果たしている。ASEAN10カ国とオーストラリア、中国、インド、日本、ニュージーランド、韓国で交渉を進めているRCEP協定は、この地域と世界に大変革をもたらすだろう。
日本は米国との二国間協議を進め、G20サミットを成功させ、対中関係の改善に継続して取り組むとともに、これらに伴うあらゆるリスクを管理していくなかで、様々な障壁に直面することになるだろう。ブレクジットと欧州の問題の影響も受ける。しかし、日本と同様に、開かれた、ルールに基づく多国間の秩序に中核的利益を見出す中堅諸国と連携すれば、これらの問題はすべて対処しやすくなる。G20議長国としての成否は、結局のところ、6月の大阪サミットで今後を決定づけるような戦略的成果を打ち出せるか否かにかかっている。