拡大する中国人労働者の国際移動

張 紅咏
研究員

『日本再興戦略』と外国人労働者の受け入れ

政府は6月24日、『日本再興戦略』改訂2014を閣議決定した。外国人技能実習制度の見直し、2020年東京オリンピックに向けての建設および造船分野における外国人材の活用、国家戦略特区における家事人材の受け入れなどが盛り込まれた。技能実習制度では、対象職種の拡大、技能実習期間の延長(最大3年間から最大5年間)、受け入れ枠の拡大などを行う。

こうした外国人労働者の受け入れ環境の整備は中国人を含む外国人の雇用拡大を促進すると考えられる(注1)。もちろん、外国人労働者の受け入れは、受け入れ国の条件だけでなく、送り出し国の要因にも影響される可能性がある。

本稿は、労働の送り出し国、中国のデータを用いて労働者の国際移動について分析し、いくつかの視点を提供する。

労働者の送り出し

世界銀行の統計によれば、移民の年間フローでみた送り出し国では、2010年に中国がインド、バングラディシュ、パキスタンに次いで世界第4位(約188万人)である(注2)。

中国では労働者の送り出しの方式は、主に「対外労務合作」と「海外建設請負」に分類される。

「対外労務合作」とは、中国国内企業と外国人労働者を雇うことのできる海外の企業や個人との間で契約を結んだ後、その契約に基づいて中国人労働者を派遣し、労働力を提供することである。労働者は契約の定めた業種・作業内容・期間などに基づいて仕事し、既定の報酬を受け取り、契約履行後に帰国するという方式である(注3)。

「海外建設請負」とは、国内企業または団体が外国、香港・マカオ・台湾の建設プロジェクトの請負、設備や技術の輸出に伴う労働力提供のことである。建設請負の内容は、調査・設計・施工・設備と原料の調達や設置・コンサルティング・管理などがある。

図1は1984年から2012年にかけて労働者の送り出しの推移を示している。人数は年末海外在留労働者数である(以下同じ)。「対外労務合作」労働者の送り出しは1990年代から急増しており、2000年代に入りその増加率は一時鈍化していたが、2012年時点で約51万人にも達している。それに対して、2001年に中国がWTOに加盟後、「海外建設請負」も急速に拡大し、2012年に約34万人に上る。

図1:労働者の送り出し(単位:万人)
図1:労働者の送り出し(単位:万人)
出所:『中国統計年鑑』、2013年、中国国家統計局。

アジアとアフリカに集中する労働者の分布

労働者の地域分布はかなり偏っている(表1)。「対外労務合作」に関しては、1992年の時点では、労働者の約64%がアジアに分布していたが、2012年では80%以上に上昇した。地理的には、アジアに労働者が集まる傾向がある(注4)。その背後には、日本、中国、韓国や東南アジアを含む東アジア地域では、1990年代以降、貿易や直接投資を通じて、域内の経済的なつながりが一段と強まったことがあると考えられる。

表1:労働者の分布(単位:%)
地域対外労務合作海外建設請負
1992年2002年2012年1992年2002年2012年
アジア64.678.182.640.350.445.3
アフリカ5.77.87.530.236.944.8
ヨーロッパ10.65.14.922.67.23.0
中南米1.02.93.22.02.05.3
北米6.84.30.43.61.30.1
オセアニア0.91.51.01.21.31.4
その他10.50.40.30.00.80.1
合計100.0100.0100.0100.0100.0100.0
出所:『中国対外経済統計年鑑』、1994年、2003年、国家統計局。『中国統計年鑑』、2013、国家統計局。

一方、「海外建設請負」に伴う労働移動は「対外労務合作」のそれと違うパターンを示している。1992年の時点では、労働者の約40%がアジア、約30%がアフリカに約20%がヨーロッパに分布していたが、2012年では、アジアとアフリカのシェアは約45%に上昇する一方、ヨーロッパのシェアは3%に低下した。特にアフリカにおける労働者の受け入れが著しく増加していることが分かる。近年、エネルギー資源の確保やアフリカ向けのインフラ・システムの輸出に伴い、労働者の送り出しが増加したと考えられる。

重力方程式と労働移動

重力方程式 (gravity equation)では、2国間の貿易額は、両国の経済規模が大きければ貿易額も大きくなり、両国が地理的に離れているほど貿易にさまざまなコストがかかるため貿易額は小さくなると考える。実際、重力方程式は、モノの貿易だけでなく、国境を越える資本、サービス、人の移動すべてを説明できる(注5)。

最近の研究では、Lewer and Van den Berg (2008)がOECD諸国間の移民について、重力方程式で説明できることを実証研究によって明らかにしている。

本稿は、Lewer and Van den Berg (2008)流の重力方程式を1992年から2012年にかけての中国から186カ国への労働者移動のパネルデータで推定する。

表2は、中国から各国への労働移動を被説明変数としたときの結果である。「対外労務合作」では、受け入れ国の人口規模(労働市場の規模)が大きくなると、労働者の送り出しが増える傾向がある。中国からの距離が遠くなると、送り出しは減少するが、中国と国境が接する国や地域への送り出しも少ない。受け入れ国の1人当たりGDPが高くなると、労働者の移動は増加する。また、中国語を公用語とする国や中国移民のネットワークが労働者を引きつける。中国と自由貿易協定(サービス貿易を含む)結んでいる国への送り出しは少ないが、外国人技能実習制度を実施している日本は中国人労働者の受け入れが多い。

表2:労働者海外移動の決定要因
(1)(2)(3)(4)(5)(6)
対外労務合作海外建設請負
人口規模の対数値0.299***
[0.038]
0.108**
[0.046]
0.051
[0.043]
0.315***
[0.019]
0.402***
[0.035]
0.317***
[0.033]
距離の対数値-1.580***
[0.074]
-1.483***
[0.055]
-1.242***
[0.096]
-0.079
[0.076]
-0.014
[0.097]
-0.066
[0.107]
相対的1人当たりのGDP0.060***
[0.004]
0.039***
[0.003]
0.020***
[0.004]
-0.009*
[0.005]
0.009*
[0.005]
0.009**
[0.005]
国境ダミー-0.280*
[0.145]
-0.747***
[0.225]
-0.511**
[0.235]
0.285**
[0.116]
0.251**
[0.112]
0.136
[0.128]
中国語ダミー1.710***
[0.170]
1.110***
[0.168]
1.646***
[0.175]
1.539***
[0.212]
2.054***
[0.271]
2.055***
[0.274]
移民ストック(1990年)の対数値0.214***
[0.037]
0.146***
[0.031]
-0.110***
[0.024]
-0.085***
[0.023]
自由貿易協定ダミー-0.568**
[0.229]
-0.357*
[0.202]
0.409**
[0.203]
-0.021
[0.227]
日本ダミー1.828***
[0.191]
-0.939***
[0.266]
海外建設請負促進政策ダミー-0.153
[0.283]
1.182***
[0.223]
年固定効果YesYesYesYesYesYes
標本数3,7973,7973,7973,7973,7973,797
Chi-squared1837.742291.853176.031283.991387.411373.12
注:ポワソン疑似最尤推定法による推定。***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%水準で有意。括弧内は不均一分散に対処する標準誤差。

一方、「海外建設請負」では、まず、重力方程式の予測に反して距離が離れていても送り出しが減少する傾向は統計的には確認されない。海外建設請負に伴う労働者は移民ストックの少ない地域(たとえば、アフリカ)への移動が多い。また、海外建設請負促進政策の対象とされた国には労働者の送り出しが多い(注6)。

インプリケーション

国際的な労働移動には、さまざまな決定要因がある。送り出し国と受け入れ国の人口規模、両国間の距離、相対賃金、移民のネットワーク、政府の政策などに影響される。また、職種や分野によって労働移動の決定要因が異なる可能性もある。たとえば、表2では「対外労務合作」に比べて「海外建設請負」の場合は、受け入れ国の人口規模が重要な決定要因である一方、両国間の距離や相対賃金の説明力は低い。外国人技能実習制度の見直し、建設および造船分野における外国人材の活用には、職種や分野に応じて政策の工夫が求められる。

また、表2で示したように、外国人技能実習制度を実施する日本ダミーの係数、海外建設請負促進政策ダミーの係数は統計的有意性が高く、説明力が非常に高い。送り出し国と受け入れ国の海外労働政策や二国間協定が重要である(注7)。近年日本がフィリピン、インドネシアと締結した経済連携協定(EPA)には、介護部門における人材受け入れが盛り込まれている。国内労働市場の需要や相対的賃金などを考慮しつつ、外国人労働者の受け入れ政策と環境が整備されれば、政策の効果が大きいと期待される。

2014年7月1日掲載
脚注
  1. ^ 厚生労働省の『外国人雇用状況の届出状況』によれば、2013年現在、外国人労働者数約72万人がいる。国籍別にみると、中国が最も多く約30万人で、外国人労働者数全体の42%を占める。在留資格別にみると、「技能実習」の外国人労働者全体は約13.6万人で、そのうち、中国からの研修生が7割を占める。また、「専門的・技術的分野」は約13.2万人(中国が約7万人)である。
  2. ^ The World Bank, the World Development Indicators (WDI)より。ここでいう「移民」とは、生国と居住国と異なる人口を指す。したがって、永住権を有する外国人、一時的な出稼ぎ労働者、外国人配偶者や家族、難民なども含まれている。労働に限定した国際的な統計は今のところごく限られている。本稿は、一時的な労働の移動を分析対象とする。
  3. ^ 日本の外国人技能実習制度を通じて来日した中国人労働者はこの分類に入っている。
  4. ^ 2012年では、アジアのうち、日本が約33%を占める(約17.3万人)。
  5. ^ 重力方程式の概要とその基本的な推定方法、および近年の発展などについては、田中鮎夢経済産業研究所リサーチアソシエイトの『国際貿易と貿易政策研究メモ』を参照されたい。http://www.rieti.go.jp/users/tanaka-ayumu/serial/index.html
  6. ^ 海外建設プロジェクトの請負を促進するため、中国商務部は2008年と2010年に、途上国を中心に28カ国の交通インフラを含む6分野にわたる『対外承包工程国別産業導向目録』を公表した。
  7. ^ 二国間協定や東南アジア諸国の海外労働移動政策については、佐藤・町北(2013)を参照されたい。
文献

2014年7月1日掲載

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