男女共同参画と経済成長

山口 一男
客員研究員

わが国の男女共同参画は先進国とは言えない状態だ

2011年のOECD閣僚理事会は男女共同参画の推進には、公正の観点だけでなく、女性の経済活動への参画が生産性を高め、税や社会保障制度の支え手を増やし、多様性はイノベーションを生み競争力を高めるという経済的観点の重要さを強調した「ジェンダー・イニシアティブ」を提言している。

男女共同参画においてわが国が他の先進国からはるかに遅れを取っている事実がまず厳しく認識されるべきである。女性が政治や経済活動を通じて意思決定に参加できる程度を表すとされる国連のGEM (Gender Empowerment Measure)でわが国は2009年では57位であり、とても先進国とはいえない状態である。このことは図1のOECD諸国中の管理職の女性割合の低さ(日本・韓国・トルコが特に低い)からも見て取れる。男女賃金格差についても同様である。

図1:OECD諸国における管理職の女性割合
図1:OECD諸国における管理職の女性割合

人口の半分を占める女性が経済活動に十分活用されていないのなら、活用の推進は当然経済成長に結びつくはずである。少なくとも女性の労働力参加率の増大は国民一人当たりの国民総生産を増加させ、優れた女性人材の活用は時間当たりの労働生産性を増す。実際多くの欧米諸国はそれを実現してきた。問題はなぜ日本企業は女性の人材活用を推し進めないのか、そして現状を打開する指針となり女性の人材活用を通じて高い生産性を得ている日本企業の特質は何か、である。

わが国で女性の人材活用が進まない理由については、高度成長期に普及した正社員の長期雇用・長時間労働を前提とする日本的雇用慣行が、女性雇用者の仕事と家庭の役割の両立を困難にし、その結果女性の高い結婚・育児離職率を生み、また企業も女性雇用者の中途離職を前提として、人材投資せず年功賃金プレミウムを男性より低くして人件費を抑えるという慣行ができ、筆者は以前(山口2008)その慣行が男女賃金格差を生む最大の要因であることを示した。問題はこの慣行が現在機能不全に落ちいっているのに「制度の惰性」により変わらないことである。

女性人材活用成功企業の特質

そこで重要なのが女性人材活用成功企業の特質である。筆者はこれまでの研究によりワークライフバランス(WLB)推進とそのあり方が鍵となると仮定し、また企業の個々の施策ではなく、男性正社員中心の日本的雇用慣行に代わる女性人材が活躍しやすい企業文化を持つ企業が成功するとの仮定をおき、企業をさまざまなWLB施策の有無によって類型化し、一定の類型が企業の高いパフォーマンスを示したときは、さらにそれらの類型が他の企業と人事管理指針でどのように異なるかを分析した。分析したのは経済産業研究所が2009年に実施した『仕事と生活の調和に関する国際比較調査』の対象となった従業員数100人以上の日本企業1677社のデータである。この結果は最近RIETIのDP『労働生産性と男女共同参画―なぜ日本企業はダメなのか、女性人材活用を有効にするために企業は何をすべきか、国は何をすべきか』で公表し、発見事項は13項目にわたり「4.1結論」でまとめているので詳細はそれを参照していただきたいが、主な点は以下の通りである。

まず、企業の類型化の結果はWLB推進について法を上回る育児休業・介護休業から様々な柔軟に働ける職場(「短時間勤務制度 」「在宅勤務制度」「フレックスタイム勤務制度」「裁量労働制」)の実現に至るまで広く進める少数(約3.6%)の「全般的WLB推進型」企業、反対にそれらの制度をほとんど何も持たない大多数の企業(66.4%)、とその中間型4種の計6タイプがあり、育児介護支援を主に行う中間型の企業については人事担当者の評価によりそれらの施策が職場の生産性にプラスに影響した「成功型」か「無影響型」かマイナスに影響した「失敗型」かに分れ、欧米と異なりわが国では「失敗型」が「成功型」よりやや多く、育児介護支援が必ずしも生産性向上に結びついていないと評価される現状が観察された。しかし問題はより客観的結果であり、筆者は生産性と市場における競争力を反映すると考えられる正社員1人当たり、および週労働時間1時間当たりの売上総利益(粗利)に、企業のタイプがどう影響するかを見、また他の型よりパフォーマンスの優れた2種のタイプの企業の人事管理指針の特質を分析した。それをまとめたのが表1である。

表1:WLB推進を通じてパフォーマンスに優れる2つの企業タイプの特質
全般的WLB 推進型
+正社員数300以上
育児介護支援成功型
+正社員数300以上
共通の特質①育児介護支援とWLB の具体的制度・取り組みがある
②性別によらない社員の能力発揮の推進を重視する
個別の特質柔軟な働き方ができる職場環境を推進している社員の長期雇用の維持を重視している

結果は、WLB推進本部を持つなど明確な指針をもって雇用者のWLBを推進し、かつ「性別にかかわらず社員の能力発揮を推進」することを重視する企業がパフォーマンスの高い女性の人材活用成功企業の共通点であることを示した。また育児介護支援の「成功型」「無影響型」「失敗型」の主な違いも女性社員を男性社員と同等に重視しているか否かであり、「成功型」は女性の人材活用を重視し、「失敗型」は相対的に最も軽視していることが判明した。

大多数が「見送りの3振」状態なのが問題だ

わが国でWLBの概念は普及したが、何故か「WLBは余裕のある企業の従業員福祉だ」などと、誤った理解が行き渡っている。またそれが企業のWLB施策の普及の遅れや育児介護支援の「失敗」に結びついていると思われる。WLB推進は多様な人材を活用する「ダイバーシティ推進」の一環であるとの認識を持つことが重要である。実際上記の様にWLBを推進しかつ男女平等に能力発揮を推進するとの明確な意志を持つ企業が女性活用に成功し、良いパフォーマンスを生んでいる。しかし問題は、欧米では大多数のその様な特質を持つ日本企業は2つの成功型をあわせても5%程度と未だ極めて少ないと言う事実である。野球に例えるならば日本企業の大多数は女性の人材活用について未だほとんど何も具体的取り組みを持たない「見送りの3振」状態であり、このままでは進展は望めない。この事態を打開するにはインセンティブを変える積極策が必要で、企業の自主的取り組みに加え、雇用者がペナルティを受けずに就業時間を決められる権利の法的保障や、政府の公共調達や助成事業などを通じたポジティブ・アクションが有効であると筆者は考える(詳しくは上記DPの「4.2 政策インプリケーション」参照)。

山口一男. 2008. 「男女の賃金格差解消への道筋――統計的差別の経済的不合理の理論的・実証的根拠」『日本労働研究雑誌』50:40-68。

2011年11月8日

投稿意見を読む

2011年11月8日掲載

この著者の記事