欧米の政府債務危機と日本の岐路

中島 厚志
理事長

米国の債務上限法案が可決され、当面米国が債務不履行に陥る事態は回避された。しかし、S&Pが米政府の債務削減計画が不十分として米国長期国債の格付けを初めてAAAからAA+に格下げしたことや先行きの米国経済への不透明さなどから、株安やドル安など世界的に市場は大きく動揺している。

市場の動揺は欧州にも大きく起因している。欧州でも、ギリシャの政府債務問題に絡んで7月に第2次金融支援が決まり、ギリシャの当面の債務不履行は回避された。しかし、今回の金融支援が弥縫的な対策にとどまり、公的債務履行への不安がイタリアやスペインなどにも広がる中で、金融支援を行う側の中心となるドイツの覚悟が問われている。

本稿では、政府債務の増大が経済成長率の低下をもたらす可能性を示した上で、どのような対応がなされるべきかについて述べてみたい。

政府債務残高比率に反比例する経済成長率

政府債務増大がもたらす経済問題は、市場金利の上昇、機動的な財政政策への制約、クラウディングアウト、将来の債務返済負担増を見込んだ消費の委縮、世代間不公平の拡大など数多いが、全体として経済成長率の低下をもたらしている点も注目される。

1946年から2009年にかけての先進20カ国の政府債務残高対GDP比と経済成長率との関係を調べたReinhart & Rogoff (2010)(注1)は、政府債務残高比率が90%を超えると、同比率が90%以下の場合と比べて経済成長率は中心値で1%低く、平均ではそれ以上(集計値では約4%)低いとの結果を示した。確かに、過去10年間のOECD諸国の年平均政府債務残高対GDP比と経済成長率との関係を見ても、債務比率が高いほど経済成長率は傾向的に下がるという緩やかな逆相関が認められる(図1)。

図1:OECD諸国の政府債務残高対GDP比と経済成長率
図1:OECD諸国の政府債務残高対GDP比と経済成長率

政府債務残高増大がもたらす種々の課題からすれば、景気動向などには配慮しつつも財政不均衡を拡大させず、相応に縮小させる努力が欠かせない。それは、長期的には民間活力を引き出して経済成長率にプラスに作用することにもなる。しかし、財政赤字の縮小は短期的には歳出削減や増税措置などを通じて景気にマイナスに作用する。現に、足元の米国では財政制約が今後の景気展開を不透明にしている。また、ギリシャを見ても、大胆な財政緊縮策を実施しつつあるが、景気低迷や失業率上昇そしてなにより国民の不満増大により完全履行は厳しい状況にある。

不均衡是正が景気を下押しする問題を克服するには、民間企業がより生産性を上げて経済成長を担うしかない。過去10年間のOECD諸国の年平均経済成長率と労働生産性伸び率を見ると、経済成長率が高い国では総じて労働生産性の上昇率も高いという関係にある(図2)。労働生産性の上昇率は経済成長率に左右されるために、相関度が高いという面はある。しかし、その中で米国の労働生産性上昇率はOECD諸国の経済成長率と労働生産性上昇率の平均的な相関度合を上回っており、ギリシャは下回っている。

図2:OECD諸国の実質GDP成長率と労働生産性伸び率
図2:OECD諸国の実質GDP成長率と労働生産性伸び率

欧米政府債務危機が示す日本の岐路

経済成長率と生産性との関係を踏まえると、今後のギリシャの財政と経済の再建はかなり困難であり、相当の覚悟が必要となろう。それは、増加し続ける政府債務をカットする難しさにあるだけではなく、財政健全化に厳しい社会保障改革が欠かせないことにもある。もちろん、財政再建を成功させるためには、景気低迷下での生産性上昇を企業部門でどう実現するかとの課題も大きい。

一方、米国はギリシャほど厳しい状況にあるようには見えない。企業の生産性上昇率が相対的に高い上に、移民を含めて人口増加率も年率1%ほどあって経済成長を下支えているからである。むしろ、米国の重い課題は、社会保障改革を含む財政健全化を図りつつも、欧州先進国ほどには充実していない社会保障水準をどう向上させていくかにある。

欧米諸国それぞれの立ち位置が異なる中で、日本が置かれた状況はギリシャに近い。図1からも図抜けた政府債務残高比率が経済成長を大きく制約する可能性が見て取れるし、少子高齢化の進展は今後さらに成長力を削いでいく。このままでは、政府債務残高比率を増大させるには限度がある一方、財政再建するにしても一段と厳しいものとなっていく。特に厳しいのは、欧米に見られるように、財政赤字拡大の主因をなしてきた社会保障に大きな改革が避けられなくなる点である。所得再分配の度合がOECD諸国の平均以下である日本にとって、社会保障水準の劣化は避けなければならない。

さいわい、図2のように、日本は企業の生産性向上による国際競争力維持で輸出を伸ばし、経済成長率を支えてきた。今回の欧米での政府債務危機は、政府債務残高比率が図抜けて高い日本もいずれ同じ状況に陥る可能性を改めて示すとともに、企業活力を失わないうちに政府債務残高比率の削減に踏み込めるか大事な局面を迎えていることを示しているといえる。

2011年8月22日

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脚注
  1. Reinhart, Carmen M. and Kenneth S. Rogoff (2010), "Growth in a Time of Debt," American Economic Review, Vol. 100, No. 2, pp. 573-578.

2011年8月22日掲載

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