夏季の電力需要抑制と価格メカニズム
東京電力福島第一原子力発電所事故、中部電力浜岡原子力発電所の停止等に伴い、夏の電力需要抑制が大きな課題になっている。電力需給の逼迫はこの夏だけでなく、来年以降も続く可能性が高い。
政府がまとめた「夏季の電力需給対策」は、東京電力および東北電力管内では大口需要家、小口需要家、家庭の全てでマイナス15%という電力需要抑制目標を設定し、7月から大口需要家には電気事業法に基づく電力使用制限が開始された。中部電力管内には数値目標は設定されていないが、需給調整契約の活用や節電の呼びかけを行うこととしている。
こうした中、RIETIでは若杉(2011)が、震災後の長期的電力供給力不足に対応する方法を経済学的に考察し、総量抑制と需要者の選択の自由の両方を満たすためには、電力料金体系を工夫し、価格の需給調整機能を活用すべきだと提言している。宇南山(2011)も、ピーク時や一定以上の電力使用に対して高い価格を設定するという形の価格メカニズムを導入することが望ましいと論じている。
電力料金引上げの量的効果
ただし、価格メカニズムが現実に良く機能するかどうかは、家計や企業の電力需要が料金変化に対してどの程度感応的か、つまり需要の価格弾性値の量的な大きさに依存する。電力需要の価格弾力性は小さいという見方もあり、実証的な評価を要する点である。
電力需要の価格弾性値については内外で過去に多くの計量分析が行われてきた。初期の代表的なサーベイ論文であるTaylor (1975)は、推計に際して注意を要する点の1つとして、短期と長期の需要の弾性値を区別すべきことを挙げている。短期と長期の違いは、資本ストックが一定か可変的かの違いであり、家計でいえば、エアコン、照明器具をはじめ家電の省エネ型製品への更新や住宅断熱化の効果を考慮した数字が長期の弾性値である。当然ながら資本ストックの調整が可能な長期の弾性値は大きくなる。実際、上記Taylor (1975)は、過去の分析の方法論上の問題点を指摘しつつ、電力需要の価格弾性値は短期マイナス0.1~マイナス0.9、長期マイナス1.0~マイナス2.0と、長期の価格弾性値がずっと大きいと整理している。
その後もデータや推計方法を改善した多くの実証研究が行われており、家計部門を対象とした弾性値の推計結果を大胆に要約すれば、短期マイナス0.2~マイナス0.7、長期マイナス0.3~マイナス1.0というレンジである。たとえば、Alberini et al. (2011)は、これら先行研究を概観した上で、米国家計約7万世帯、10年間のデータを使用して電力需要関数を計測し、価格弾性値は短期マイナス0.7、長期マイナス0.8と試算している。そして、米国エネルギー情報局(EIA)はマイナス0.3という弾性値を想定しているが、価格を通じた政策の効果はもっと大きい可能性が高いと述べている。
日本では、たとえば、RIETIの研究成果である秋山・細江 (2007)が、日本国内の電力需要関数を地域別に推定し、短期約マイナス0.1~マイナス0.3、長期約マイナス0.1~マイナス0.7という価格弾力性を報告している。ただし、これは家庭、産業等を全て含む地域レベルでの分析である。谷下 (2009)は、家計部門の都道府県別データを用いた推計を行い、短期マイナス0.5~マイナス0.9、長期マイナス1.0~マイナス2.7と価格弾力性は決して小さくないとの結果を示している。
これらの研究結果は、若杉(2011)、宇南山(2011)等が提言する価格メカニズムを用いた需要抑制が定量的にも有効なことを示している。特に、電力需給逼迫が中長期的に続くならば、料金引上げは省エネ家電への買替え等の長期的投資を促す効果が大きいことを意味している。ただし、数字にはかなりの幅がある。実務的にはマイナス15%の需要抑制を確実に行うために料金を2.5倍にする必要がある(弾性値マイナス0.1の場合)のか、それとも15%引き上げれば足りる(同マイナス1.0の場合)のかは大きな違いである。
なお、ピーク時間帯の価格引き上げによる需要抑制を行うためには、1日の時間帯間での代替も考慮した「超短期」の弾性値が必要だが、たとえばWolak (2010)は、米国でのダイナミック・プライシングの社会実験の結果に基づき、かなりの需要抑制効果があると分析している。エビデンスに基づく政策の企画立案のためには、地道な実証研究を積み重ね、数字を精緻化していくことが重要である。
節電キャンペーンは有効か?
家計部門の電力需要抑制に関しては、価格メカニズムを通じた需給調整よりも、低所得世帯への配慮から省エネ運動など非市場型の政策が政治的に好まれる傾向がある。冒頭で述べた「夏季の電力需給対策」も「節電の呼びかけ」を重要な政策手段として掲げている。
それでは、こうした非市場型の政策は需要抑制に効果があるのだろうか。この点に関し、Reiss and White (2008)は、カリフォルニア電力危機(2000~2001年)の際の家計レベルのデータを使用して、電力料金変化と節電キャンペーンが家計の電力消費に及ぼした効果を定量的に分析している。料金変化への家計の反応は速く、価格メカニズムは機能していたが、一方、メディアを通じた節電キャンペーンも電力消費を着実に減少させたとの結果を示している。すなわち、金銭的インセンティブとは別に、家計の自発的な節電を促す広報活動は一定の有効性を持っていた。
以上の結果は、電力供給制約の下、価格メカニズムの活用と人々の価値観・行動に直接に訴える非市場型の政策とを併用することが効果的なことを示唆している。実際、7月に入ってからの実績を見ると節電の要請が一定の効果を挙げている印象である。