持続可能な社会保障制度とそのための安定財源の確保
「中期プログラム」策定に向けた課題

鶴 光太郎
上席研究員

10月30日、麻生総理は追加経済対策(「生活対策」)の記者発表において、

「大胆な行財政改革を行った後、経済状況をみた上で、3年後に消費税の引き上げをお願いしたい」

と言明した。対策本文においても、

「社会保障制度については、その機能強化と効率化を図る一方、基礎年金国庫負担割合の2分の1への引上げに要する財源をはじめ、国・地方を通じて持続可能な社会保障制度とするために安定した財源を確保する必要がある。このため、経済状況の好転後に-中略-、消費税を含む税制抜本改革を速やかに開始し、時々の経済状況をにらみつつ、2010年代半ばまでに段階的に実行する。その際、-中略-、社会保障給付とその他の予算とは厳密な区分経理を図る」

ことが明記され、消費税を含む税制抜本改革の道筋、つまり、「中期プログラム」が年末までに策定されることになった。ここ数年、消費税を含む税体系の抜本改革が先送りされ続けてきた中で、今回の政策決定はこれまでの遅れを取り戻す大きな前進といえる。本コラムでは今後、「中期プログラム」の策定していく上での課題について論じてみたい。

なぜ消費税引き上げを唱えることができたか

これまで消費税引き上げを唱えることが政治的に難しい状況の中でなぜ今回の対策で税制抜本改革を具体的に議論するまでたどり着くことができたのか。読者の中にはいわゆる「財政再建派」と「上げ潮派」との長年の論争に終止符が打たれたからだと思う向きもおられるかもれない。つまり、言葉を換えれば「増税派」と「成長重視・歳出削減派」の論争で「増税派」が勝利を収めたのだと。

しかし、上記のような「レッテル貼り」は正しくない。むしろ、両派の重要な違いは、増税のタイミングであったといえる。「財政再建派」は基礎年金国庫負担割合の2分の1への引き上げも含め11年度プライマリー・バランス黒字化目標達成のためにもなんらかの増収措置が必要である立場であった。

一方、「上げ潮派」は11年度目標達成に増税は行うべきではないが、それ以降については消費税増税を頭から否定していたわけではない。こうした中で、昨年来の景気の悪化に加え、世界的な金融危機の深まりの中で、この3年間はとても増税できる状況ではないという認識が共有されるようになったことが両派の考えが結果的に収斂することに繋がった。もちろん、両派のより本質的な違い、つまり、「官僚性善説」(官僚に方向性を与え使いこなすことが政治の役割)vs.「官僚性悪説」(「霞ヶ関をぶっこわせ」)は依然として残っている。

より重要なのは、「財政再建派」自身、「社会保障重視派」に衣替えしてきたことである。「基本方針2006」(いわゆる、「骨太」)では、11年度プライマリー・バランス均衡、10年代半ばにかけての債務残高GDP比の発散抑止・安定的引き下げという財政健全化目標を構造的持続的に達成し得るような「体質」を備えるような税制に改革していく必要性が強調された。

しかし、そうした目標の達成のためだけに消費税増税を国民にお願いすることは必ずしも容易ではない。その前に政府の「無駄」を削減するべきではないかという議論が必ずでてきてしまうからだ。「無駄撲滅」自体の重要性は疑うべくもない。しかし、そこから生まれる余剰で日本が背負う財政の問題をすべて解決できるかどうかは別問題である。家計に例えれば、毎月10万単位の赤字を出している状況は、電気・ガス・水道代の節約(数千円~1、2万円)だけでは解決は難しい。また、「無駄撲滅」は「永遠のテーマ」であるだけに「終わり」はない。ただ、これでは増税のお願いはいつまでも経ってもできないことになってしまう。

国民の理解をいかに得るか

それではいかに国民の理解を得るのか。1つのアプローチは、国民の受益と負担のリンクを明確化、透明化することで国民の納得感を得る方法である。たとえば、国民に負担をお願いしてもそれが政府の「無駄」に使われるのではなく、むしろ、自分自身の受益として必ず戻ってくることとを政府が保障してくれれば、国民の負担増への理解は相当変わってくるはずである。具体的には、年金・医療・介護等の社会保障給付の公費分を景気変動の影響を比較的受けにくい安定的な財源であり、高齢者、自営業者も含め、広く、あまねく負担され、「割り勘」的な性格(公正性と納得感)を持つ消費税で賄うという考え方である。つまり、その負担増は社会保障給付という形で国民に必ず「還元」され、「官の肥大化」には一切使わせないというコミットメントである。

これは言うなれば、消費税を社会保障目的税化するということでもある。この考え方は既に、2005年の自民党財政改革研究会中間報告、「基本方針2006」策定までの経済財政諮問会議での議論にその萌芽が見られるが、2007年11月の自民党財政改革研究会中間報告で、以下のような「二部門アプローチ」として本格的に展開されることになった。つまり、財政を社会保障と非社会保障とに大きく二分割し、社会保障部門(「安心勘定」)については給付に見合った負担を求めるため、安定財源(=消費税)を確保する一方(消費税の社会保障税化)、非社会保障部門(利払い費含む)(「我慢勘定」)については、安定財源以外の歳入を充て、歳出の抑制・効率化等の努力を促すアプローチである。

国際比較の観点から見た日本の社会保障制度

そこで、改めて日本の社会保障制度を国際比較してみよう。まず、マクロ的な水準を年金・医療・介護の給付費(保険料+公費負担分)のGDP比率でみると、日本が16.2%、スウェーデンが21.5%、アメリカが14.0%となっている(2003年、OECD)。また、制度面を比較すると、日本の優れた点は自助・共助(社会保険)・公助のいずれかに極端に偏ることなく、それぞれのバランスをうまく取りながら、皆年金、皆保険で国民をあまねくカバーする制度を維持してきたことがわかる(表参照 [PDF:71KB])。

実際、「高福祉・高負担」の代表であるスウェーデンでは、医療や介護が100%公費で賄われ、国民すべてがその恩恵を受けことができるが、年金・医療・介護に向けられた公費はGDP比で11%程度と公助のウエイトが非常に高い。日本でそれを実現しようとすると消費税率換算で22%程度になり、その負担はかなり高いといえる。アメリカは、皆年金、皆保険ではなく制度から抜け落ちる人が多数存在し、自助を基本とした低福祉・低負担の仕組みといえる。

このようにみると、日本は社会保障制度は、給付費の水準といった量的な面で「中福祉」といえるだけでなく、制度のバランスおよび質的な視点からも「中福祉」であるといえ、諸外国と比較を通じても国民の「中福祉」への選好は強いと考えられる。しかし、現在の日本の社会保障制度は年金未納問題など困難な問題が顕在化し、基本的に優れたその制度を次世代に持続可能なものとして引き継ぐことが難しくなっている。特に、「中福祉・低負担」になっている現状を見直し、給付に見合った中負担にしなければ社会保障制度が持続可能ではないことは明らかである。

図1はOECD諸国の社会保障支出GDP比と付加価値税率の関係をみたものであり(10月31日諮問会議民間議員提出資料)、両者には正の相関がみられる。その中で、日本は諸外国の「平均的な関係」にすると日本の場合は社会保障支出のレベルは中程度であるがそれに比べて消費税率は低く、「アウトライヤー」になっている。したがって、改革の方向はこの図をみても明らかなようにこの「平均的な関係」に回帰するように負担を引き上げることである。

図1 OECD諸国の付加価値税率と社会保障支出の関係

もし、高齢化の進展の中で現在の負担に見合った福祉でかまわないというならば、(1)年金の支給開始年齢の引き上げ(65→67歳)、(2)介護の利用者負担の引き上げ(1割→3割)、(3)医療保険の免責制度導入(低所得者を除き1回1000円)、(4)高齢者の患者負担の引き上げ(1割→3割)、などを合わせて行う必要がある。「それならばある程度の負担増はやむを得ない、少なくとも今の質的レベルの社会保障制度は最低限維持してほしい」というのが多くの国民の真情ではないであろうか。

「中期プログラム」策定に当たってはやはり、10年代半ばまでに消費税率をどこまで引き上げるのか、また、引き上げは「段階的」とされているが、そのタイミングまで含めて盛り込むかどうかが今後の焦点となろう。その際、安定財源の確保の仕方として、社会保障の充実、機能強化に必要な増額分を消費税増税分で賄う「増額アプローチ」と既存の社会保障給付費(年金・医療・介護+少子化対策)の「根っこ」の部分からも含めその総額を消費税ですべて賄おうとする「総額アプローチ」がある。たとえば、前者の立場を鮮明にする社会保障国民会議はその最終報告(11月4日)で年金・医療・介護・少子化対策の分野につき、その機能強化等のため必要な増額は15年度消費税率換算で最大3.5%が必要であることを示した。

一方、昨年の自民党財政改革研究会は15年度で年金・医療・介護につき高齢化の影響のみ含め「根っこ」から手当すると消費税率は10%にまで達する必要があることを示した。ただし、少子化対策まで分野を広げ、国民会議の提案する機能強化を含めれば13~14%程度の消費税率が必要となる。10年代半ばに目指すべき消費税率として現在議論の「フォーカル・ポイント」となっている数字は10%程度であるが、「増額アプローチ」では10%にするにはさらに根拠を積み上げる必要があり、また、「総額アプローチ」では必要な水準は10%を超えてしまうため、引き上げ幅とその根拠については更に検討が必要だ。

長期的には15%程度の消費税率水準を目指していくことが重要

「増額アプローチ」は国民の負担増がそのまま社会保障の充実として戻ってくるわけであり、財政健全化のために増税をしているのでないと断言できるところが国民にアピールしやすい面もあろう。実際、現状では「増額アプローチ」が政治的にも優勢のようにみえる(清水真人、『消費税「3年後上げ」の使途:社会保障「機能強化」に的』、日経新聞夕刊11月6日参照)。

しかし、年金・医療・介護など将来の社会保障給付費が「根っこ」から消費税で確保される「総額アプローチ」をとれば、むしろ、社会保障制度全体の持続性が確保されることで将来への不安が払拭され、財布の紐が緩むという安心効果(将来の不確実性に備えるための予備的貯蓄の減少、消費者マインドの改善)も期待できる。また、消費税を使わないでどうやって今後財政健全化を進めるのかという根本的な疑問もある。

ただ、当初、どちらのアプローチで始めたとしても、長期的には年金・医療・介護・少子化対策の分野において機能強化策がとられた上でその給付総額(公費分)は消費税できちんと賄われているような状況(たとえば25年度で少なくとも15%の消費税率水準)を目標として目指していくことが重要である(「総額アプローチ」の完成)(図2参照)。それにより社会保障制度の持続性と「中福祉・中負担」の仕組みは盤石のものとなるのである。

図2 社会保障給付に見合った安定的財源確保のイメージ:「総額アプローチ」VS.「増額アプローチ」
2008年11月11日

2008年11月11日掲載

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