夏休み特別企画:フェローが薦めるこの1冊'08

『堂々たる政治』/『官僚国家の崩壊』

鶴 光太郎顔写真

鶴 光太郎(上席研究員)

研究分野 主な関心領域:経済システム(コーポレート・ガバナンス、金融システム、雇用システム、企業組織等)及びマクロ経済を含む関連分野、経済政策の政治経済学、法と経済学

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『堂々たる政治』与謝野馨、新潮新書 (2008)『官僚国家の崩壊』中川秀直、講談社 (2008)

『堂々たる政治』/『官僚国家の崩壊』表紙 ねじれ国会に象徴されるように、「当たり前のことが決められない」という政治的な混迷が続いている。小選挙区制への移行から二大政党制への動きは強まっているものの、自民党と民主党の本質的な違いはむしろあいまいになっているようにみえる。その中で、自民党の中においては、与謝野馨氏が先頭に立つ「財政再建派」と中川秀直氏率いる「上げ潮派」との活発な論争が繰り広げられてきた。特に、当初の消費税増税の是非を巡る論争に加え、昨年末からは「霞ヶ関埋蔵金伝説」(中央官僚は何兆、何十兆の財源を隠し持っている)を巡る「埋蔵金論争」も加わり、論争も更にヒートアップしている。

両派の論争は、ともすれば、「増税派」vs.「成長重視派」、「大きな政府派」vs.「小さな政府派」、「埋蔵金なし派」vs.「埋蔵金あり派」といった次元で捉えられることが多い。しかし、そのような単純なレッテルが誤解であることを知らしめる好著が論争の渦中の本人自らの書き下ろしにより出版された。『堂々たる政治』(与謝野馨著、新潮新書)と『官僚国家の崩壊』(中川秀直著、講談社)である。

たとえば、与謝野氏は著書の中で財政再建と成長力強化は車の「両輪」であり、元祖「両輪」派と自認している。一方、中川氏も増税の必要性を否定しているわけではなく、その前にムダの削減や「埋蔵金」の活用などできることはなんでもやるべきだと主張している。むしろ、両派の本質的な対立は、中川氏の著作のキーワードである「ステルス複合体」(霞ヶ関を中核とするみえざる抵抗勢力)との戦いに端的に示されているように、官僚はとにかく信頼できないとする「官僚性悪説」に立つか、官僚には厳しく接しながらも「官僚は使いよう」と割り切り根底ではシンパシーを寄せる「官僚性善説」に立つかにあると考えられる。「埋蔵金論争」も「上げ潮派」の言い分をたどっていくと最後は「埋蔵金」の管理は官僚には任せておけないという主張に行き着く。

両著を読み進めていくと、この他にも、どのくらいの期間のパースペクティブで政策を考えるか、つまり、向こう3年間という短期的視野を重視するのか、それとも、子供や孫の世代までの長期的視野を重視するか、さらに、社会保障分野の支出も例外なく切り込んでいくか、それとも現在の水準をなんとか維持するためその方策を考えるのか、といった「隠された対立軸」が浮かび上がってくる。

こうした本質的な対立軸が明らかになることは国民に将来の日本を真剣に考え、選択を行う重要なきっかけを与える。現在、経済財政諮問会議が国民から見える透明な経済論争の場という役割を残念ながら果たしていない以上、「上げ潮派」と「両輪派」の論争は今後とも続いていく必要があろう。両派の論争に興味を持つ方々に一読をお勧めしたい。

次回は小林慶一郎上席研究員の『遠野物語―付・遠野物語拾遺』です。

2008年7月22日