『遠野物語―付・遠野物語拾遺』柳田国男、角川ソフィア文庫 (2004)
東北地方の遠野(ちょうど今年6月の岩手宮城内陸地震の被災地域の近辺)に伝わる口承のものがたりを集めた、いわずと知れた民俗学の古典である。怪異や不思議なできごとが、淡々と記されている。謎解きも説明もない。
人の住まない山奥に入った猟師が、深夜、女の叫び声を聞く。理屈で説明しようとすれば、単に動物の鳴き声を聞き間違えただけだろう、という面白くもない話になる。
しかし、一話あたり数行にも満たない短い伝承の数々を読み進むうちに、なんとも説明のつかない、現実と理屈との裂け目を覗き込んだような感覚が残る。
かつて公務員の新人研修で、ある講師が遠野物語について延々と講義していたことが印象に残っている。理屈で政策を考えるべき人間たちに向かってなぜ迷信の重要性を説くのだろう、と不思議だった。
しかし、その後の17年を経験したいまでは、浅薄な理屈に対して超然として存在し続ける物語のリアリティが心に迫ってくる。真夏の夜のふとしたひとときに読んでみるのも一興であろう。
次回は加藤篤行研究員の『ベッカー教授、ポズナー判事のブログで学ぶ経済学』です。
2008年7月30日