有給休暇の取得促進による経済活性化

森川 正之
元上席研究員

余暇活動が特定日に集中する日本

夏期休暇の時期は終わってしまったが、1カ月少し前には例年同様、お盆休みの帰省や旅行のラッシュが盛んに報道された。お盆の週を一斉休暇にする企業や団体は多く、そうでない場合でもこの週に休みを取る人が多いからである。9月から11月にかけては、2000年に始まった「ハッピーマンデー制度」のおかげで週休二日のサラリーマンには4回の三連休があり、泊りがけのレジャーを計画している人も多いはずである。日本は「国民の祝日」が多い国で、年間15日と欧米主要国(約10日)の1.5倍である。

反面、有給休暇の取得率は極めて低い。厚生労働省「就労条件総合調査」によれば、有給休暇取得率は1993年の56.1%をピークに低下傾向を辿り、2007年の有給休暇取得日数は8.3日、取得率は46.6%にとどまる。有給休暇付与日数は平均17.7日だから年間10日近くが消化されていない。つまり、日本は余暇活動が特定の日に集中しやすい構造がある。

GDP二次速報によれば、本年4-6月期の実質GDP成長率は季節調整済み前期比(年率換算)で▲3.0%というマイナス成長となった(1-3月期は同+2.8%)。この数字には閏年の影響が入っており、1-3月期は過大評価、4-6月期は過小評価の可能性があるが、4四半期ぶりのマイナス成長も背景に総合経済対策(「安心実現のための緊急総合対策」)の策定が進められた。この作業のために夏休みを取り損なった政策担当者も多い。

需要平準化で高まるサービス業の生産性

筆者は主としてサービス産業の生産性を中心にRIETIで研究を行ってきたが、休暇制度や人々の時間使用のパターンも実はサービス産業の生産性に関係がある。サービスは「生産と消費が同時」なので、立派な設備と従業員を配置していても客が来なければ付加価値はゼロであり、生産性は需要次第で大きく影響される。この点、在庫が存在し計画的な生産が可能な製造業と大きく異なる。

多くの対個人サービス業は、1日の中でも需要の集中する時間帯とそうでない時間がはっきりと存在し、飲食店は12時~13時頃、18時以降に需要が集中する。一週間の中でも旅館、映画館、ゴルフ場といった余暇・スポーツ系のサービス業は、週末に需要が集中する傾向が強い。総務省「社会生活基本調査」によれば、週末における個人の「趣味・娯楽」、「スポーツ」消費時間は平日の約2倍にのぼっている。サービスによっては季節的にもかなりの繁閑が存在する。

筆者は、「特定サービス産業実態調査」の対象業種のうち、平日/週末別の需要、年間の月次別需要のデータが利用可能な映画館、ゴルフ場、テニス場、ボウリング場、フィットネスクラブ、ゴルフ練習場の6業種の事業所レベルのデータを使用して需要変動の大きさが事業所の生産性におよぼす効果を計測した(詳しくは森川 (2008)参照)。

これら6業種では、フィットネスクラブを唯一の例外として、週末の利用者が圧倒的に多く、日曜日の需要量は平日の3倍前後にのぼる。生産関数を推計した結果、多くのサービス業種において需要変動の生産性に対するマイナスの影響が確認された。業種によって違いがあるが週末需要比率が10%~15%高い事業所の生産性は10%~20%低い。ここではサービスの質は明示的に考慮していないが、混雑したゴルフ場やボウリング場が好きな人は少ないだろう。すなわち、生産性の計測に際して消費者の満足度という意味でのサービスの質を考慮すれば、結論はさらに強められる。

経済対策としての有給休暇取得促進

この分析結果は、的確な料金体系の設定、効果的な企画・宣伝、付加的なサービス提供の工夫によって閑散期の需要拡大を図り、時間的な需要平準化ができれば生産性に大きなプラス効果があることを示している。そこではITを活用したきめ細かな需要予測・価格設定もおそらく重要な役割を果たす。制度面では、有給休暇の完全取得促進を通じた休日の分散化が、個人サービス業の生産性に対してプラスの効果を持つことを示唆している。フレックスタイムのような一日の中での働き方の柔軟化もおそらく同様の効果を持つだろう。大手町や霞ヶ関の昼休み時間は分散した方が飲食店をはじめ周辺のサービス業に好ましい効果を持つ。

有給休暇の取得率向上が需要創出効果を持つことは以前から指摘されている。経済産業省・国土交通省・自由時間デザイン協会 (2002)は、有給休暇の完全取得は約12兆円の経済活性化効果があると試算している。この金額は、今般の総合経済対策における事業費総額(11.7兆円)に匹敵する。

昨年12月、「ワークライフバランス憲章」および「仕事と生活の調和推進のための行動指針」が策定され、年次有給休暇取得率を2012年に60%、2017年には100%にするという数値目標が掲げられた。その実現は、仕事と生活の両立とともに生産性向上や需要創出といった経済活性化にも結びつく。景気循環に対する財政・金融政策の発動余地が乏しい日本経済において「時間の流動化」は需要創出と生産性向上の両面から有効な経済政策である。景気低迷の時に休暇や遊びと言うと拒否反応を示す向きもあるが、そういう感覚はかえって景気に良くない。サービス経済化の時代においては柔軟な姿勢が必要である。

2008年9月30日
参照文献

2008年9月30日掲載

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