私的整理と法的整理:米国の経験と日本の現状

胥 鵬
ファカルティフェロー

1990年代後半から日本で公開企業の倒産が続出すると同時に、銀行の債権放棄による私的整理を試みる会社が増えてきた。この状況は1970年代後半から80年代にかけて米国を襲った倒産の波に酷似する。本コラムでは、米国80年代ごろの企業再生経験に照らしながら、日本における企業再生の現状を分析する。

再生価値と清算価値を精査することは企業再生の最も重要な課題

経済学では情報の非対称性に起因する経済問題が多い。その端的な表れは、企業再生である。企業再生で、外部投資家と経営者などのインサイダーとの利益相反だけでなく、情報の非対称性も著しく深刻である。経営者や従業員は会社を存続させたいが、投資家は再生が失敗したときの二次損失を負担する。そこで、再生価値と清算価値を精査することは企業再生の最も重要な課題である。これは、まさに問題企業の再生価値と清算価値をはじき出すデュ-デリジェンスである。しかし、公開企業になるとデュ-デリジェンスの費用は膨大である。これは、企業金融で古くから議論されてきた倒産費用の一部である。倒産費用は経済学でよく知られる取引費用の一種である。デュ-デリジェンス費用のほかに、司法費用等の直接費用や処理時間の長引きなどによる企業価値毀損の間接費用が挙げられる。再生直前だけでなく、再生開始後も情報非対称性によって引き起こされる問題は非常に深刻である。無謀な再生に伴う二次損失を最小限に抑えるために、再生企業の経営情報を頻繁に利害関係者だけでなく潜在投資家に伝えることは非常に重要である。

こういった問題を解決するために、米国倒産法は、チャプター・イレブン企業に対して月次財務情報等の詳細な情報開示を求める。すべては、債権者等の利害関係者だけでなく、公衆の縦覧に供されるものである(Gilson, 1997, Transaction Costs and Capital Structure Choices: Evidence from Financially Distressed Firms, J. of Finance vol. 52)。残念ながら、日本の倒産法では情報開示がここまで強化されていない。再生ファンドが重要な役割を果たすようになるにつれて、再生の利害関係者よりも、潜在投資家に情報を提供することは益々重要になると思われる。DIP(debtor in possession)の導入など近年一連の倒産法改革は、米国倒産法に強く影響されたものである。新しい倒産法の機能を発揮するようにするためには、公衆に向けて一定規模以上の再建・再生会社に月次財務情報の開示を求めること、たとえば、官報に掲載することを検討すべきである。逆に私的整理においては情報開示が倒産企業ほど透明ではないため、小口金融機関が債権放棄に難色を示すと同時に、資産売却が進まない。

さらに、企業再生にかかわる取引費用は、倒産費用に限らず銀行の債権放棄の損金算入や再生企業の債務免除益課税等の税制に起因する取引費用も大きい。具体的に、債務カットで生じた債務免除益課税及び相殺について、米国のチャプター・イレブン企業に認められる軽減措置は、私的整理企業に適用されないことが多い(Gilson, 1997, 前掲)。その結果、私的整理による債務リストラは抜本的なものよりも損失が債務免除益と相殺できる程度や債務超過回避程度の小手先のものが多く、法的整理企業と比べると米国の私的整理企業は負債削減が進まない。また、私的整理を試みた米国公開会社は、3社の内1社の割合で1年以内に再度の私的整理や法的整理に陥るのである。

期待される私的整理による再生成功事例の増加

銀行の債権放棄による私的整理は、巷では日本経済を支えたメインバンク機能のひとつとして挙げられていた。しかし、企業倒産が急増するとともに、銀行の介入による私的整理が一向に効果が表れないどころか、銀行そのものが破綻に追い込まれる皮肉の結果となった。最近、マックスバリュ(ヤオハン・ジャパン)とかわでん(川崎電気)は、私的整理ではなく会社更生法や民事再生法を申請し、それぞれスポンサーと再生ファンドの支援による企業再生の成功事例である。破綻企業が短期間に再上場したことは、誰もが認める成功事例であろう。ヤオハン・ジャパンは、社債市場からの資金調達が多く、いわゆるメイン不在のケースである。他方、川崎電気は主力行の破綻で転換社債償還資金を調達できずに民事再生法の適用を申請するに至った。いずれにしても、銀行の手垢がついていなかったため、早期法的整理が可能となった代表例である。ちなみに、法的整理の早期適用の結果、川崎電気の再生債権の弁済率は20%、公開会社の再生おいては稀に見る高いものだった。

既に述べたように米国でも債務免除による私的整理は、情報問題や債務免除課税などの取引費用などの理由で、債務超過回避などの色合いが強く、抜本対策に程遠いものが多い。米国の経験と日本の現状からすると、抜本的な私的整理のほかに法的整理の早期適用も企業再生の決め手のひとつである。企業価値の毀損が大きい事を理由に、法的整理の早期適用を躊躇することは、かえって再生の好機を逃すことになるだろう。重要なことは、抜本的な債務免除と法的整理の早期適用のいずれかを選ぶことである。最近では、中立かつ公正な立場から、中小企業再生支援協議会は、デューデリジェンスにより金融機関債権者に情報を伝達するようになり、情報非対称性の問題を解決する糸口になると考えられる。今後、私的整理による抜本的企業再生を後押しするためには、不動産などの資産評価損を債務免除益と相殺できる債務免除課税軽減措置を法的整理だけでなく産業再生法や整理回収機構や私的整理ガイドラインや中小企業再生支援協議会の対象会社にも適用することが必要である。これにより私的整理による再生成功事例が増加すると期待される。さらに、法的整理の透明性を高めるために、会社更生法、民事再生法で再建を目指す大企業に関しては官報を通じて月次情報開示を求めるべきである。

2005年2月15日

2005年2月15日掲載

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