大競争時代における日本企業の研究開発戦略-研究開発外部連携実態調査の概要-

元橋 一之
ファカルティフェロー

日本経済はその明るさを取り戻しつつあるが、日本企業を取り巻く厳しい競争環境は変わらない。経済のグローバル化やIT革命などの技術革新の進展に伴って国際的に市場競争が激化している。特に、韓国、台湾、中国などの東アジア諸国のキャッチアップが進む中、日本企業には技術フロンティアを切り開く高いイノベーション能力が要求されている。研究開発において高いレベルの内容を維持しながらスピードの向上を実現するために、日本企業は外部機関との連携を強化させている。

本稿ではRIETIにおいて行った「研究開発外部連携実態調査」の結果(6月29日プレスリリース)を用いて、大競争時代における日本企業の研究開発戦略の実態を浮き彫りにしたい。

研究開発における外部連携の進展と多様化

RIETI「研究開発外部連携実態調査」は、特許出願人の名簿をベースにして研究開発を行っている企業に対して行ったものであるが、対象企業のうち7割以上の企業が何らかの形で外部機関との連携(外部連携)を行っている。連携の相手先としては、大企業、中小・ベンチャー企業、大学などが考えられるが、すべての相手先について5年前と比較して連携割合が増加しており、今後も増加させるという企業が多くなっている。外部連携を進める理由としては、企業間の連携については「激化する研究開発競争への対応」や「研究開発のコスト面の効率化」を、大学や国研との連携(産学連携)については「自社の基礎研究レベルの向上」や「連携先の基礎研究成果が必要」をあげる企業が多い。研究内容について想定される商品化時期を連携の相手先との関係で見ると企業間の連携では「1年以内」か「2~3年先」とする企業が8割以上存在する。

一方で産学連携については、「5年程度かそれ以上先」とする企業が半数近く存在し、研究開発のニーズに対して、多様な連携を組み合わせた対応をとっている。また、自社研究との関係では、自社研究として「商品化に近く」「自社のコア技術開発」を行い、外部連携では「自社にない新規分野の研究開発」、特に産学連携においては「最新技術」や「基礎的研究」を行っている。

市場を意識した研究開発投資

このような研究開発戦略の背景として各社が重要と考えているファクターは「市場ニーズを取り込んだ研究開発」や「開発リードタイムの短縮」である。イノベーション競争が厳しくなる中、企業としては「出口」の見える研究開発にフォーカスして、市場化との関係が希薄な研究テーマを減らす動きをしている。ただし、これは基礎研究を行わず応用や開発研究に特化するということではない。大競争時代を勝ち抜く上で必要となるイノベーティブな商品を開発するためには新たな技術シーズに基づく独創的な研究開発が必要となる。このような研究テーマは1~2年で商品化できるようなものではなく、長期的に取り組んでいくべきものである。

研究開発の「幅」と「深さ」を持たせながら「スピード」を実現するためには、新たな技術シーズを外部から積極的に取り込むことが必要になる。これが日本企業において外部連携を積極化させる原因となっている。研究開発の出口として市場化を睨みながら研究開発を戦略的に進めるためには出口とそこに至る開発要素、方法等を明らかにした「技術ロードマップ」の役割が重要である。たとえば、半導体の微細化技術については、国際的な民間のコンソーシアムであるITRS(International Technology Roadmap for Semiconductor)によるロードマップが定期的に公表されているが、各社はより詳細なロードマップをベースに戦略的なポジショニングを行っている(注1)。自社のコア技術を明確化するとともにそれを補完する技術を積極的に外から取り入れることが、スピード時代におけるイノベーション競争を勝ち抜くために必要となっている。

ネットワーク型イノベーションシステムを目指して

日本企業においては、自社研究を中心とした「自前主義」では立ち行かなくなってきており、幅広い外部連携を模索する動きが活発化している。国全体のイノベーションパフォーマンスを向上させるためには、このようなネットワーク型のイノベーションシステムへの動きを加速する制度整備を進めていくことが重要である。RIETI調査によると連携を進める上での問題点として「知的財産権を巡る問題の可能性」をあげる声が強かった。特許のライセンスについて今後海外の企業や大学からの実施許諾が高まると答えた企業が多かったが、特許を巡る国際的な紛争に対する取り組みの重要性が高まっていることを示している。発明者に対するインセンティブと技術公開によるスピルオーバー効果のバランスがとれた安定的で国際的な制度整備を進めていくことが重要である(注2)

また、産学連携については、国立大学や国研の改革によってこれらの機関がより主体的に企業との連携を行うことができるようになった。ただし、大学・国研に期待されるのは、画期的なイノベーションにつながる可能性がある独創的な研究成果である。従って、大学・国研においては、特許の取得や企業との共同研究などの表面的な動きより、独創的な研究が行われるためのインセンティブ設計が行われることがより重要である。最後にネットワーク型イノベーションシステムにおいて重要な役割を果たすのが研究開発型ベンチャー企業である(注3)。大企業や大学等からのスピンアウトを奨励するとともに、リスクマネーの供給を促す資本市場対策など環境整備を進めていくことが重要である。

2004年7月13日
脚注

2004年7月13日掲載

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