WTOカンクン閣僚会合決裂で、問われる国際投資協定の意義~取り残されるLDCs~

相樂 希美
研究員

9月半ば、ドーハ開発アジェンダの中間評価地点であったWTOカンクン閣僚会合が決裂した。1999年のシアトル会合での失敗と同様に、今後の交渉指針となる閣僚宣言の採択もできず、WTOの新ラウンドは求心力の衰えに直面することとなった。

農業の補助金やマーケットアクセスを巡る先進国と途上国の対立に、有効な打開策が見いだせずにいることは事実である。しかし、このために、新たにWTOが取り組もうとする投資協定などのシンガポール・イシューを人質にとった途上国の戦術は、果たして彼ら自身にとって本当に有益なものだったのであろうか。WTOにおける投資協定合意の重要性を、途上国、先進国ともに真摯に再考すべき時を迎えているのではないだろうか。

国際投資の躍進と、包括的な国際投資協定締結の最後の砦としてのWTO

国際投資は、貿易とともに世界経済を牽引する柱の一つである。近年の海外直接投資の増加を見ても、その著しい伸びは端的に数字に現れている。世界の海外直接投資のストックは、ここ10年余りの間に4倍近くに増加した。また、フローでも10年前の約3倍の規模で毎年資金が動いている。さらに、企業の海外拠点を通じた売上高は、全世界の財・サービスの輸出額総額より遥かに多く、2.5倍にも上っており、雇用面でも5300万人が外国企業に職を得ているのである。ボーダーレス化する世界経済の歯車が今後逆転することは考え難い。しかし、国際投資や海外事業活動が急速に重要性を増しているにも拘わらず、これらを包括的に規律する国際投資協定を結ぶという試みは、国連、OECDと、過去何度も失敗しては場所を変え、WTOに行き着いたのである。

二国間投資協定(BITs)ネットワークは十分ではない

世界には、多数のBITsネットワークが存在するので、国際投資協定は不要であるとの議論がある。確かに、世界には2002年末現在で2,181ものBITsが存在する。しかし、BITsのネットワークは偏りが強い。途上国の中でもBITsを結ぶ力があるのは、既に先進国から多額の投資資金を得ている将来有望な途上国が中心であり、例えば中国は107件、インドは81件ものBITsを結んでいる。しかし、最貧国であるLDCs49カ国は平均して2.6件(2000年1月現在、発効数)のBITsを結んでいるに過ぎず、殆どは旧宗主国からODAを受け入れる際の必要条件として締結するか、近隣諸国との間で締結されるかに限られている。経済開発のために国際投資資金を上手く活用することが重要であるにも拘わらず、BITsネットワークがこれらLDCsと世界経済の橋渡しを果たしているとは考えられないのである。

国際投資資金の集中と投資自由化フレームワーク

また、国際投資資金の受け手と利用可能な投資自由化フレームワークも、既に大きく偏っている。海外直接投資資金の出し手は9割以上が先進国であるが、受け手も7割が先進国である。なぜ、先進国から先進国への投資が多いのか。これは、OECDの「資本移動自由化規約」、「貿易外取引自由化規約」など、1961年という非常に早い段階から順次自由化のフレームワークを進展させて来たことや、二国間での規制改革対話等に取り組んで来たことが功を奏して、相互に投資が行い易い環境が整っていることが影響していると考えられる。

また、残りの3割の投資資金は途上国に向かっているが、上位30カ国にその95%が集中しているのである。LDCs49カ国への流入額は2%にしか過ぎない。投資資金受け入れ上位の途上国は、APEC、MERCOSUR、AFTA、NAFTA、EUとのFTA等、地域単位の投資自由化フレームワークの主要プレイヤーでもあるのだ。既にこれらの上位途上国では民間投資資金の流入額が、ODA資金の額を10倍以上も上回っているのに対し、LDCsでは依然としてODA資金が民間投資資金を凌駕する状況となっている。

WTOでは、LDCsのうち42カ国が既に加盟又はオブザーバとなっている。WTOにおいて投資自由化の枠組みを設けることができれば、実はBITsネットワークや地域自由化枠組みから疎外されているLDCsこそ恩恵を受けることができる。投資協定締結がすぐさま大幅な資金フローの増加をもたらすことを期待すべきではないにせよ、自国の投資環境改善のための強力な足がかりを得ることができるのである。

投資協定合意に立ち塞がる障害は何なのか

国際投資協定に拘わる交渉の歴史は、途上国と先進国の対立の歴史でもある。国連においては、1974年の「新国際経済秩序樹立宣言」の総会決議に見られるように、途上国に利のある国際経済システムを構築する努力が図られた。1983年に起草された「国連多国籍企業行動規範案」は、包括的な国際投資協定を目指したが、途上国と先進国の間の溝が埋まらず1990年に交渉が断念された。この古い対立のパラダイムから抜け出せずにいることも、議論の前進を阻害する一因であろう。

1998年に交渉が打ち切られたOECDの多国間投資協定(MAI)は、後に途上国に署名が開放される予定となっていたが、十分な労働者や環境の保護が図られていないとしてNGOや途上国から強く批判されると同時に、交渉に当たっていた先進国の間でも、内国民待遇・最恵国待遇の例外の扱いを巡る各国間のバランスの問題、文化例外の問題、地域統合やサブナショナルの扱いの問題、紛争処理の問題等で意見の相違が継続していた。

紛争処理については、国内司法手続きを優先し国際機構の干渉を排除するカルボ原則の立場をとっている国々にとっては、慎重にならざるを得ない問題であろう。世銀の傘下で、1965年に「投資紛争解決条約」に基づく「投資紛争解決センター(ICSID)」が設置されたが、ラテン・アメリカ諸国等はこの原則に基づき条約に反対し、現在でも、ブラジル、メキシコ、インドが非加盟である。

さらに、先のウルグアイ・ラウンドで数量制限を伴うパフォーマンス・リクワイアメントの禁止を定めたTRIMs協定が合意されたが、この協定の下、ブラジル、インドネシア、インド、フィリピンの国産自動車開発政策が紛争処理案件として提訴又は協議を受けた。また、協定違反措置の撤廃期限延長承認が容易に得られなかったことで、新たな協定の導入は自国の開発政策の自由度を妨げる可能性があるとの途上国の警戒心を高めたと考えられる。

過去の交渉で浮かび上がってきたこれらの対立点の解を探り、多角的な投資自由化フレームワークを構築することは、WTOにとり決して平坦な道ではない。しかし、これまで7年を検討に費やしてきたWTOを除いて、もはや他に適切な場がないことも事実なのである。

途上国、先進国双方のコミットメントが不可欠

カンクン閣僚会合の決裂を受け、米欧日の関心がいずれも、FTAA、EU拡大、経済連携協定の締結にシフトしてしまうことが懸念される。ドーハ開発アジェンダの理念に照らし、如何にLDCsを含む全ての加盟国が、多角的な国際投資協定から利益を享受することができるかを探るのは、重要な課題である。先進国は、多国籍企業の利益の代弁者となるのではなく、公平性と透明性の確立が中長期的には自国民の利益に適うとの見地で交渉を進めるべきであろう。途上国各国も、WTOの下での国際投資協定合意の意義について再考すべき時に来ているのではないだろうか。多角的な投資規律実現の命脈が保たれるか否かは、途上国、先進国双方のコミットメント次第なのである。

2003年11月4日

2003年11月4日掲載

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