WTOシンポジウム報告~WTOを取り巻く変化-途上国とNGO~

相樂 希美
研究員

4月29日から5月1日まで、ジュネーブのWTO事務局で、“The Doha Development Agenda and Beyond”と題する一般参加のシンポジウムが開催された。このシンポジウムには、2つの意味がある。1つは、新ラウンド立ち上げ後、WTOがNGOと直接対話を図る初めての機会であったこと。もう1つは、WTO交渉における途上国への配慮が強く打ち出されていたことである。

シンポジウムには、政府関係者、NGO、マスコミ、学者など約700人が参加し、2日半の日程で18のテーマ別セッションが設けられた。WTOの組織運営から、知的財産権、サービス、そして環境、投資・競争といった論議の的となっているテーマまで、賛成派・反対派双方が一堂に会し、幅広い活発な議論が繰り広げられた。

WTOからはムーア事務局長自身が、主要なセッションのモデレーターとして登場したのみならず、1993年まで13年間GATT事務局長を務めたダンケル氏、元米国通商代表のヤイター氏、コロンビア大学教授のバグワッティ氏らがパネリストとして参加。また、途上国からは、セディーヨ前メキシコ大統領や昨年WTO加盟を果たした中国の孫WTO大使を初め、閣僚経験者や大使・公使らがスピーカーとして招かれた。一方、NGOからは、ノーベル経済学賞受賞者のアマルティア・セン氏が名誉会長を務め、アフガン難民支援でも活躍した支援団体Oxfamや、世界に66の加盟国を持つ環境保護団体のFriends of the Earthの代表らが主要なセッションのパネリストとして参加。その他のNGOもさまざまなセッションを自主的にコーディネートするなど、アクティブに活躍していた。

NGOとWTO

NGOとWTOの関係は、必ずしも協調的という訳ではない。昨年9月11日の米国多発テロ事件以来、アンチグローバリズムの過激な活動はなりを潜めているが、1999年に米国シアトルで開催された第3回WTO閣僚会合では、会議場の外でアンチグローバリズムを唱えるNGOと警官隊が激しく衝突するという緊迫した状況にあったことが思い出される。

一般参加シンポジウムの開催に当たり、WTOのあり方に異を唱える人々をドアの内側に招き入れて話し合う試みには激しい賛否両論があった。実は、昨年7月に小規模ながら同様のシンポジウムをWTOが主催した経緯がある。日本は、欧州委員会、米国、カナダらと並びスポンサーの一員となっていたが、ムーア事務局長はスピーチの中で、多くの貿易大臣や大使から、「NGOを抱えこむことはWTOの仕事ではない」との相次ぐ批判を受けたことを吐露している。しかしその後、ドーハ閣僚宣言の中で、WTOの活動から得られるメリットについて一般の理解を深めることが重要であると確認され、本シンポジウム開催の運びとなったのである。

果たして今回開催されたシンポジウムは成功だったのだろうか。NGOはWTOに何を求めているのであろうか。非常に印象的であったのは、NGOの発言の中で、「デモクラシー」という言葉が多用されていたことである。より多様な意見に耳を傾けることを、NGOがWTOに求めていたことは間違いない。今回のシンポジウムの開催によって、WTOを巡る諸問題について直接議論する場が設けられたことはNGOからも非常に高く評価されたようである。日本でも、タウンミーティングの開催などで、政策に関する官民対話の必要性と有効性が徐々に国民の間で浸透している。このような身近な例に照らしてみても、WTOがNGOとの相互理解と信頼醸成に向けて積極的なアクションを取ったことは、評価されてしかるべきだと思われる。

NGOの利点は、「国益」に縛られることなく、たとえば環境や途上国の経済開発といった課題ごとに、グローバルな視点で利益を追求し得る点であり、より公正な世界貿易システムの発展を促す上で建設的な貢献を果たすことが期待される。他の国際機関では、NGOが政府代表に含まれる例もあるようである。しかしながら、WTOは政府間の「交渉」の場であるという特殊な性質に鑑み、1996年に一般理事会でNGOに関するガイドラインを定めた際、WTOの活動や委員会への直接参加は妥当でないとのコンセンサスに達している。今のところ、この路線に変更の兆しはない。相互に有益なWTOとNGOの具体的な協力のあり方については、今後もシンポジウムの場などを通じて模索して行く必要があるだろう。

途上国とWTO

もう1つの焦点が、途上国である。ウルグアイラウンドまでは、先進国間の交渉を中心に合意が形成されてきた。モノの貿易に占める先進国のシェアが約4分の3であり、サービス貿易についても同様に高いシェアを占めていることを考えると、自然のなりゆきであったかも知れない。一方で、現在WTOに加盟している144の国・地域のうち、約4分の3が途上国という状況が見過ごせなくなってきている。特に、途上国の経済開発に深く関わる知的財産権利用の問題や、投資・競争規律、環境保護のあり方などの点にWTOが踏み込んでいることが、途上国の関心を高めている。

途上国が懸念しているのは、先進国が農業・繊維など政治的にセンシティブな分野の構造改革に消極的な一方で、自分たちだけが市場開放を迫られ、経済開発が阻害されているのではないかということである。シンポジウムで中国の孫大使は、貿易自由化のメリットを等しく享受するため、WTOは途上国の要望を正しく反映すべき変革の時に差し掛かっているのではないかと述べている。さらに、交渉における重要課題にも触れ、中国にとって重要性の高い農業分野では、先進国のタリフ・ピークやタリフ・エスカレーションの削減、輸出補助金や国内補助金の削減を求めるとしている。また、繊維協定に基づく先進国の自由化義務の遵守や、アンチダンピング等輸入制限措置の規律の強化などを求めて行くとしており、他の途上国との緊密な連携を図るとしている。

米国が鉄鋼セーフガードの発動、農業補助金法案の大統領署名、貿易促進権限(TPA)修正案の可決など、保護主義的なアクションを続けざまに採ったことに端を発し、5月に開催されたOECD閣僚会合では世銀ウォルフェンソン総裁、IMFケーラー専務理事、WTOムーア事務局長が、先進国の保護主義は途上国の国内改革の気運を損なうとの強い警告を共同で発している。OECDの調査によれば、OECD諸国の国内農業補助金の総額は、途上国支援に費やされるODA総額の約6倍支出されているという。また、世銀の推計では、全ての貿易障壁が撤廃されれば、350兆円($2.8trillion)の経済効果があり、3.2億人が2015年までに貧困から抜け出すことが可能になるという。

今年9月には、WTOの事務局長はムーア氏からスパチャイ元タイ副首相に交代となり、初めて途上国出身の事務局長が誕生する。これまでの同氏の発言からすると、スパチャイ氏が途上国配慮の姿勢をムーア氏から引き継ぐことは間違いないだろう。また、新ラウンドの交渉期限の2005年1月まで、あと30カ月余となった。WTOが原則として堅持しているコンセンサス・ルールに照らせば、全ての加盟国が何らかのメリットを見出せなければラウンドの妥結は望めない。新ラウンド交渉は、日本が貿易自由化から更なる恩恵を受ける大きなチャンスである。何を譲り、何を得るのか、日本の利益を最大化するための政治的な戦略が求められている。

2002年6月4日

2002年6月4日掲載

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