IoTを導入した企業の代表事例として、2016年6月、東京都渋谷に本社があるキュービーネット株式会社を訪問し、北野泰男社長にインタビューを行った。その概要は以下の通り。
(参考)会社概要
- キュービーネット株式会社 QB Net Co.,Ltd.
- 本社所在地 東京都渋谷区渋谷二丁目12番24号 東建・長井ビル7階
- 創業 1995年12月20日
- 資本金 2,961,500,000円
- 従業員数 1088名(2015年6月末現在)
- 事業内容 ヘアカット専門店の店舗運営及びフランチャイズ事業
- 代表取締役 北野泰男
1 QBハウス 10分の身だしなみ
『へアカットだけでいいのでは?』と、QBハウスが世の中に提案した新しい価値基準。「手軽にリーズナブルにヘアカットだけをしてくれるお店があったら、自分の時間とお金をもっと有効に使える!」というアイデアから、1996年、QBハウスは「ヘアカット専門店」として、神田美土代店からスタートした。お客様が本当に求めているヘアカットサービスをどこよりも早く、安く、ご提供できるようにカット以外のプロセスの簡略化と、スタイリストが無駄なく、効率的にお客様にサービスを提供できるように、ヨットのキャビンを参考に店舗内の各設備を設計、あらゆる無駄を省く工夫を重ねてきた。
「世界で求められるサービス」として、国内だけではなく、海外でも多くの店舗を展開している。
2 事業内容および業績
理美容業界は、美容師出身者が起業した個人事業主が約90%、我々のようなチェーン店が10%ということからわかるように、チェーン化し難く、仕組み化し難い業界である。典型的な丁稚奉公の徒弟制度であり、技術は見て盗め、という業界である。
20年ほど前から、女性の需要がパーマカラーのへアースタイルからナチュラルヘアースタイルに少しづつ変わってきた。客単価や来店頻度の低下が始まり、そのしわ寄せが若い理美容師の給与の低下や就業機会の減少に及んでいった。景気が低迷する中、安くカットして欲しいという顧客の需要が増えてきた。だが、「客単価が高いことが美容師の価値の高さである」という考え方が根強い業界だったので、単価1000円でのサービスの提供には業界の中心にいる人はほとんど興味を持たなかった。技術者ではなかったQBハウスの創業者は、それでは自分で会社を起こしてやってみようということになった。
当時、古い業界の考え方に疑問を抱いていた高級店で働く若い理美容師たちが、QBハウスの考え方に賛同し事業に参画した。そして、理美容室で洗髪など長年カット以外をやらされていた若者を多く集めた。客のニーズが絶大で、初年度より多くの客が来てくれた。あまりの客の多さに日雇いの理容師を使いながらなんとか店を運営していたが、売上金が無くなるという事態が発生した。そういう事故が起こらないよう、ITの仕組みを導入した。客に事前にチケットを買ってもらい、チケットを美容師に渡してカットしてもらった。美容業界で前払い制を導入したのは当社が初めてであり、サービスを提供する前に客に払わせるということで、理美容業界では「あり得ない」発想だった。
ITシステムは、客が券売機でお金を入れる時点、客からチケットを受け取って施術を開始した時点、エアウオッシャーという機械で髪の毛を吸い取った時点の3つの時点でデータを自動的に収集し、どの店のどの席がどのような稼働状況にあるかをリアルタイムで把握できるようになっている。現在、店舗数は、国内510店、従業員2500人、海外108店、従業員500人、うち香港54店、シンガポール34店、台湾20店である。退職率は国内が8%と、美容業界ではとても低い。海外の店舗の退職率は、香港15%、シンガポール5%。台湾は進出して4年目を迎えるがようやく20%台にまで下がってきた。各国の目標値は、10%以下を目指している。
従来の美容業界は、若い頃に個人美容室で修業し、30代半ばを過ぎる歳になると独立するというのが一般的なキャリアアップ。女性客は美容室にただ技術を求めるのではなく、居心地や癒しを求める傾向が強いので、30代半ばを過ぎてくると指名が減っていく傾向にある。子育ての時に給与が減ると生活ができないので、開業資金を調達して独立する方が多い。一方、技術を身に付ける過程も大変厳しい環境であり、専門学校を卒業して国家資格を取得したとしても、カット技術はほぼ無いに等しい。特に美容師の方は。専門学校では、パーマやカラー技術の習得に重点を置いているためである。まずは店舗見習いとして洗髪やパーマ、カラーなどの業務を長年携わって修行するため、カットができるようになり理美容師として自立できるまでは10年近くかかる。そこからもし独立するとしても、市場が縮小している環境下では大変厳しい経営が強いられる。因みに、理美容室の数はコンビニの8倍の40万店舗あるとされている。
美容師の給与は、多くの個人店では売り上げに連動する歩合給与が多い傾向にあるため、成人式や卒業式、入社式といったイベントが多い1月から4月初旬にかけて増え、それ以降は収入が減少する傾向にあり、季節変動する場合が多い。一方、ヘアカット専門店の場合は、イベントなどで需要が拡大することなく、季節変動要因が少ないこと、また、当社では指名制を導入していないことから、子育て世代の方が安定した給与体系に魅力を感じて入社を希望する方が増えてきている。また、ヘアカットのみのサービス提供であることから、手荒れで悩んでいた女性美容師や、洗髪などでかがむ仕事がないので腰痛で悩んでいた高齢の理美容師の方も多く働いている。因みに、当社の現場の最高齢は78歳のスタイリストである。
いま理容店のオーナーの平均年齢は65歳を超えてきており、事業承継問題を業界として抱えている。しかし、父親が理容師資格で、息子が美容師資格であるケースが多く、その様な場合には業法では同じ店舗で働いてはいけないと定められていることから、やむを得ず廃業するケースが増えてきている。最近では、新たに国家資格を取得する方は、毎年、美容師が1万5000人前後、理容師が1000人以下となっており、減少傾向が続いている。地方都市においては、入学者の減少から専門学校が閉鎖されるケースが増えてきている。そういう環境下、理美容業界は慢性的な人不足状態に陥っている。そこで当社は、厳しい修業時代にスタイリストになる夢をあきらめて業界を離れた方や、子育てに専念するため長いブランクがある方などが業界に復帰することを支援する制度を立ち上げた。社員として雇用し、半年間の研修期間でスタイリストとして自立できる技術や接客力を養う社内スクールである。年間70人規模で受け入れて、人材育成に取り組んでいる。
美容業界の市場規模は、売上高が過去5年間、毎年95-98%と減少し続けているが、当社は毎年105-110%と増えている。香港は120%、台湾は140%で成長している。シンガポールは市場としては成熟しており、模倣店も含めるとヘアカット専門が100店舗近く存在し、ほぼ寡占状態にある。よって、当該市場では上位ブランドでの展開を開始している。香港、シンガポールの中華系の方々はせっかちな性格なので、当社の短時間でのサービスは非常に親和性が高かった。
3 QBネット社のビジネスモデル
当社は、one price one menu である。単価は1000円(税込1080円、平日65歳以上のシニア料金は税込1000円)のみ。10分前後の時間でヘアカットサービスのみを提供しており、年間国内利用人数は1700万人で、1人当たりのカット時間は平均11分55秒で、その前の年は11分58秒であった。全ての店舗、席でカット時間をシステムで集計しており、生産性の状況把握に努め、数字の裏づけをもって現場改善に努めている。現場では、各カットブースに接してある滅菌器にタイマーが表示されており、概ねの施術時間を自ら把握できるようになっている。
まずは店舗の状態について数字で把握する。各店舗の各席の稼働レベルを把握した上で、さまざまな仮説を立てる。生産性が落ちている席について、技術不足なのか、女性客が続いたのか等。次に、現場に確認し、データをもとに現場で事実を確認する。こういうケースで一番多いケースが、切り直しである。オーダー時の確認が曖昧であったため、2-3度刈り直しをしている。技術ではなく、カウンセリングの研修が必要と判断して改善に努める。また、作業効率の改善についても定期的に行う。ベテランスタイリストを集めて、より作業効率が高まるカットブースやバリカン器具などの改良も定期的に行っている。このように、どうすればより効率的にサービスが提供できるか、現場の知恵を出し合って共有しあうことに、最も力を入れている。感覚でなく、定量的に出して、生産性を高めていく。
日々の売り上げ分析は、「見える化」し、毎月の店長会議で検討し、そして実行する。当社では顧客情報はデータ管理していない。なぜなら、当社のリピーター率は95%を超える。事前に作った計画では毎年ほぼ100%で着地する。季節変動などもあるが、過去のデータの傾向から売り上げを予測し、販促活動による効果を加味し、概ね計画通りに着地する。データを蓄積し正しく活用すれば、予測値を高めることができる。
当初、業界からは低価格の専門店では生き残れないといわれていた。だが時代の流れは確実に変わっていた。いまや若い人はひげ剃りを求めておらず、価値観は多様化してきている。また、業界のルールとなっている営業時間や休日設定では、出店できる場所は限られており、利便性が低下してきていることも、顧客離れに原因の1つとなっている。
いまや当社の顧客の25%は女性であり、リクルート中の若い女性や子育てに忙しい主婦の利用が増えてきている。パーマカラーはいつもの美容室で、ちょっと前髪だけを切って欲しいという時に当社のサービスを利用される女性が増えてきている。
かつては、営業のピーク時間は夕方でサラリーマンの利用が多かったが、いまでは多くの団塊の世代が朝やってくる。繁忙時間は平準化され、全店平均稼働率が67%と5年前より約10%程度改善された。
4 QBネット社の研修
一般店で働く理美容師の方は、20分から30分ほど時間をかければ思い通りのカットは出来るが、10分という短い時間ではできないという方がほとんどである。当社に入社される方には徹底的にカット技法について研修を行い、ベテランの方にも1-2週間で我々のカット技法を覚えてもらう。我流が強い人は研修期間を延ばすこともある。全くカット経験がない理美容師の方には、6カ月間の研修を受けさせる(給与支給)。挫折しやすい人、継続が苦手な人、自信をなくしている人が多く、あえて試験を多く設定することで、壁を乗り超えて自信を積み重ねるという経験を大切にしている。
こうした研修の内容は、海外で培われたところが大きい。海外では日本と違って国家資格がなく、言葉も通じない。しかも全くカットできない人をできるようにするにはどうすればいいか、という体験の積み重ねがあった。言葉が通じないので、図解、ビデオなど「見える化」したカリキュラムを作った。カリキュラムを極限まで分かりやすくすることに努め、それを日本に逆輸入した。
5 ITシステム開発の歴史
いま私の前には、システムを担当する者が5人座っている。このメンバーは変わらない。現場をサポートする本部社員が65人なのでシステム担当比率としてはかなり多い。自分が、こんなことができないか、と投げると、暫くして、こんなやり方があります、と提案してくる。このような方法でシステム開発が行われている。
当社は5年ごとに大規模なシステム開発を行っている。
1996年、創業から1年経った頃、インターネットが出現し、お金の管理をインターネットでしようとなった。当初はNTT関係の会社に依頼した。
2005年、私が入社したとき、既に動き始めていた第3次システム開発のPJを途中から管理することになった。各部門の思惑が交差する中、かなり開発ボリュームが大きくなり、最後まで完成することはなく、最低限必要な機能から順番に部分的にリリースすることで何とか凌ぐのがやっとであった。そのとき感じたことは、何のためのシステム開発かという目的がぼやけていたことだった。その当時のシステムは、管理データを現場で共有しきれておらず、経営者への売り上げデータフィードバックが中心だった。費用対効果がほとんどなかった。
10年ほど前に経営体制が変わり、その頃は出店することで精一杯で、会社の数字や既存店の数字の分析まで力が及ばず、経験と勘で業務を回していた。300店舗を5人程度の営業マンだけでは見きれない。そこで、収集しているデータを活用して、伸びているか、儲かっているかといった店舗の現状を正しく評価し、店舗を格付けしようと考えた。売り上げが下がっている店舗を要注意として数値化し、どこに営業のリソースを振り向けるかを検討するところから始まった。
4年前、システムをフルリニューアルし、第4次システムの開発を行った。消費税が上がることとなり、それまで1000円札のみ使用できた券売機から、全券種と小銭が使用できる機能に変える必要があったため大がかりな改修となった。さらに、将来のことを考え、自由に価格変更ができるように開発を行った。店舗が海外にも広がったが、あまりタイムラグなく現場の状況を把握できる仕組みが構築されている。
いま稼働している第4次システムはオービックに依頼した。
6 今後の展望
今後は客の利便性をさらに高める機能をシステムに加えたい。当社のサービスでは、客が理美容師を指名しすることができないので、毎回、自分の好みを美容師に伝えるということが難しいという意見が出ていた。客は出張先で余った短い時間をカットに使う。JR札幌駅の中に2店舗あるが、多くは東京から出張に来ているビジネスマンである。自分の好みを写真で取り、美容師に伝えるというアプリをリリースしたところ、10万件近くのダウンロードがあった。
指名制を導入していないことが美容師のモチベーションの低下につながらないように、このアプリでは客からの満足度合のフィードバックを受けられるようにした。客のフィードバックは理美容師のモチベーションに大きく影響があり、それが積み重なることで美容師の働きがいも高まってくる。システムを駆使して、評価プロセスを積極的に「見える化」し、サービスのクオリティが客に伝わりやすい環境を整備したい。現在の年間来店客数は国内だけで年間延べ1700万人なので、ものすごい情報量になる。
いま店舗の各席にはTVモニターを設置している。そこに企業からの広告を流している。当社のメイン顧客層である男性ビジネスマンをターゲットにした商品を開発しているメーカーの方々からは、高い評価を受けている。
7 インタビューを終えた所感
(1)澤谷所感
サービス業のプロセス管理を工業化し、人間中心(顧客・従業員・経営者)でデザインし、現場の知恵を生かして価値共創した好例。また、単なるプロセスの効率化だけではなく、日本や海外の現場で培った知見を可視化・共有し、従業員のスキルやモチベーションを向上するプログラムやキャリアパスまで考慮した人間中心のシステムを構築している。次のステップとして、顧客と現場や現場と社外のインタラクションから、さらなる価値創造を狙う。人間中心サービスデザインのリーダーである北野社長が創る新しいサービスから目が離せない。
(2)岩本所感
1)中小企業へのIoT導入成功モデルとして
まず何よりも社長自らリーダーシップをとってIT導入を進めなければ会社は変わらない。IoTは、単なるコスト削減・人員削減の手段ではなく、社長が思い描くビジネスモデルの一翼を担うものであり、IoTだからこそ実現できることも多い。提供する商品・サービスを他社と差別化することが可能となり、売上高を増やし、企業を成長させるメインエンジンとしてIoTを用いることが可能であると認識させられるモデルケースである。
少なくともシステム・エンジニアを3-4人以上置く必要がある。社長の指示を受け、社長の意を体現するチームが社内に必要である。
IoTは、それ自体を導入することが目的ではなく、社長が考える経営目標を達成するための重要なツールである。IoTをツールとして持っている企業とそうでない企業を比較すれば、前者の方が格段に選択肢が広がることを同社は示している。
2)IoTが雇用に与える影響の観点から
IoTを導入したことで、旧来の職人としての美容師から、効率的な働き方を目指す工場での熟練作業員のような働き方に変わった。だが、そこから雇用に対するプラスの影響は見られても、マイナスの影響は見られない。
1.企業競争力を持つことで売上高が増え、1人当たりの年収が増え、かつ収入が安定化し、しかも新しい雇用を創出している。
2.旧来の制度の下では、美容師の国家資格を持ちながらカットさせてもらえなかった人々が、カットできるようになり、働きがいが向上したと考えられる。
3.旧来の制度の下では、30歳を超える頃には独立する以外の選択はなかったが、QBネット社の下では、子供にお金がかかる中高年になっても働き続けることが可能である。
退職率が8%と極めて低く、QBネット社の下で働く方が長期間労働が可能になっている。今後、客からの評価制度が導入されれば、それが理美容師のやる気にもつながるだろう。
以上のように雇用にプラスの影響が出ているのは、社長によるリーダーシップの結果であり、IoTを、コスト削減・人員削減でなく、売上高を増やす手段として活用した結果といえる。