中国経済新論:実事求是

人民元切り上げ論の落とし穴

関志雄
経済産業研究所 上席研究員

日本国内の不況が長引く中で、中国に圧力をかけて、人民元の切り上げを求めるべきであるという議論がにわかに浮上している(例えば、2001年8月7日付のファイナンシャル・タイムズ紙、"China's cheap money"、または2001年9月6日付の日経新聞、「人民元の切り上げ待望-強まる中国脅威論」)。人民元切り上げ論は、日本経済への実際的な効果というよりは、経済政策の行き詰まり感から出てきたと理解すべきであろう。10年に及ぶ不況を経ても、日本経済には未だに回復の兆しが見えない。この間、公共事業を中心とする財政支出の拡大と税収の落ち込みを受け、財政赤字は急拡大し、政府債務は先進国中、最悪のレベルに達している。一方、経済が流動性の罠に陥っている中で、数年に及ぶゼロ金利政策にも拘わらず、金融政策の効果も見られない。さらにここへきて、米国経済の不調からドル安が進行し、円高懸念が再燃している。こうした中、比較的堅調な中国経済に目をつけ、人民元切り上げ論を唱えるのは、国内問題から目をそらすことにより、問題の本質を見誤らせる危険性もある。

人民元切り上げが日本経済に与える影響を考える上では、中国と日本の経済関係が、競合的であるというよりも、むしろ補完的であるという点が重要になる。まず、中国の輸出は労働集約型製品(または組み立てなど技術集約型製品の労働集約型の工程)に集中しており、国際市場において、日本の技術集約型製品とはあまり競合していない。このため、人民元が高くなっても、日本の輸出はそれほど伸びないであろう。その上、「元高」を受けて、中国経済が減速することになれば、日本の対中輸出も抑えられることになるであろう。この2点を併せて考えると、人民元の切り上げは、日本の製品に対する需要を抑える要因として働くと見られる。一方、供給側においても、中国から中間財を調達するメーカーと輸入業者にとって、輸入価格の上昇がコストの上昇を意味し、生産規模の縮小につながろう。このように、人民元の切り上げは必ずしも日本の景気にプラスの影響を及ぼすとは限らないことが分かる。

そもそも、ほかのアジア諸国と比べて堅調であるとはいえ、現在中国経済では、輸出が急速に減速し、デフレ傾向も完全には払拭できていない。このため、仮に日本政府から切り上げの圧力があっても、中国当局がこれに応じる可能性は全くないと見られる。日本政府には、責任を外部に転嫁するのではなく、自らの問題を自力で解決する姿勢が望まれる。

2001年9月28日掲載

2001年9月28日掲載