中国経済新論:経世済民

なぜ『日本人のための中国経済再入門』が売れていないのか
― インターネット時代の出版を考える ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

おかげさまで、皆さんが今お読みになっている『中国経済新論』が経済産業研究所のホームページ(HP)に2001年7月にデビューして以来、広い読者層を獲得し、好評を博している。これを反映して、アクセス数も日を追って増えており、2003年1月についに月間アクセス数10000件を達成した。研究者の個人のHPとしては、まずまずの成績を収めていると思う。これに対して、中国経済新論に掲載されたコラムや論文をベースにまとめた単行本『日本人のための中国経済再入門』(2002年10月に東洋経済新報社から出版)の売上が今ひとつ伸びていない。同じ読者層を対象としているのに、なぜこの際立った違いが表れているのだろうか。両者の競合関係と補完関係の観点から検討してみよう。

市場経済では、商品の売れ行きは、競合する商品の有無とそれらの価格に大きく左右される。読者にとって、HPと本はその内容が大きく重複するため、両者の代替性が高く、競合するものである。具体的には、単行本の一部の内容はすでにHPで読んだか、さもなければ、いつでも読みたいときにただでHPにアクセスできることから、本の値段に見合う「限界効用」を見つけない限り、購入しようとは思わないだろう。その上、景気が低迷している中で、マイナスの所得効果も書籍の売上にマイナスの影響を与えているとみられる。

本来、今回のように、掲載の内容が重複していても、HPと比べて、本には次の長所があるはずだ。まず、HPでは雑誌のように単に論文を発表の時間順で並べられているのに対して、本では、話の全体像が見えるように内容が整理されている。また、携帯性の面においても、本の方が優れているといえる。しかし、その反面、HPの方は新しい情報が随時追加されるのに、本は出版してしまえば内容の更新ができないという短所がある。また、保存のためのスペースという点でもHPの方に軍配が上がる。

これまでも新聞や雑誌の記事や連載からまとめられた本が多く出版されているが、その最終製品と部品の間の競合性は必ずしも高くない。なぜなら、本の元となる各部品を入手するために、図書館に足を運んだり、出所を調べたりするなど、色々なコストがかかるからである。これに対して、『中国経済再入門』のように、HPの連載からまとめた本の場合、元となる記事の検索には手間がかからないため、読者側に立つと、その分だけ本を買うインセンティブが低くなる。

その一方で、HPと本という二つの媒体の間には、競合関係だけでなく、補完関係も同時に存在しているはずである。例えば、HPのアクセス数が増えれば、本の宣伝にもなるので、本の売上にプラスの効果を及ぼすことになる。現に、インターネットで話題になった「世界がもし100人の村だったら」が絵本として出版され、ベスト・セラーになった例はすでにある。また、逆に本が売れれば、または書評などの形で取り上げられることになれば、HPのアクセス数も増えるであろう。この相乗効果は両者の補完関係の表れである。

しかし、両者の競合関係または補完関係は必ずしも対称的になるとは限らない。今回の場合、本の出版はHPのアクセスを増やしたが、本は売れないという結果から判断して、HPにとって本は補完的なものだが、逆に本にとってHPが競合するものであることになる。

営利を目的とするなら、HPを閉じて本の出版に専念するか、HPを会員制にして利用者から使用料を徴収することになるであろう。しかし、我々は、政策当局や専門家だけでなく、少しでも中国経済や日中関係に興味を持つ方々にも読んでもらうために、あえて「中国経済新論」を、HP上に無料で公開しているのである。本が売れていなくても、増え続けるHPのアクセス数に象徴されるように、我々の目的は十分に達成されているのである。

2003年2月19日掲載

2003年2月19日掲載