中国経済新論:中国の経済改革

党大会に向けた政治改革への模索
― 「民主社会主義」はモデルになるか ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国では、1989年の天安門事件以来タブー視されてきた民主化の議論が、この秋五年ぶりに開催される中国共産党全国代表大会を前に、にわかに盛り上がりを見せている。中でも、北欧諸国が実行している「民主社会主義」(社会民主主義とも言う)とマルクス―レーニン主義を標榜する「中国的特色のある社会主義」をめぐって対立が鮮明になっており、両陣営の間では、激しい論争が交わされている。

論争の対象となった「民主社会主義」は、マルクス主義と同じように平等な社会の構築を理想としているが、暴力革命・プロレタリア独裁・プロレタリア国際主義(革命の輸出)をいずれも否定し、議会制民主主義の枠内で福祉政策の推進を目指すという政治的主張である。これまで、中国では「修正主義」として批判の対象となっていた。

一、話題を呼んだ「民主社会主義モデルと中国の前途」

論争のきっかけは、今年2月、改革派が主宰する月刊誌『炎黄春秋』に掲載された謝韜・前中国人民大学副学長の「民主社会主義モデルと中国の前途」という論文である。謝氏は、伝統的な共産主義理論を否定し、北欧式の民主社会主義こそがマルクス主義の正統であるという立場に立って、中国を救うのは民主社会主義であるという見解を示し、これをモデルに政治改革を推進することを提言した。

1)民主社会主義こそマルクス主義の正統

謝氏によれば、民主社会主義とは、マルクス主義の中の空想の部分を取り除き、手の届かないユートピアを目指すのではなく、労働者階級に高賃金、高福祉をもたらすという社会主義である。国民の共同富裕と官僚の廉潔がその特徴である。民主社会主義は民主憲政、(公有制と私有制企業が共存する)混合経済、市場経済、社会保障制度から構成され、中でも民主がその鍵となる。

また、民主社会主義を信奉する政党は労働階級の利益を代表するほか、社会全員の共同利益をも代表するため、階級を超えて幅広い国民の支持を得ることができる。民主社会主義は階級間の衝突を起こし、社会の対立を激化させるのではなく、社会の各階級を結束させ、経済の発展を促進し、社会の富を増やしながら再分配を図り、共同裕福の道を模索する。「階級闘争」を標榜するマルクス-レーニン主義とは対照的に、民主社会主義は資産家を貧しい人にするのではなく、貧しい人を豊かにするのであるという。

さらに、謝氏は、他の学者の研究を援用しながら、晩年のマルクス、エンゲルスの思想は民主社会主義に変化し、二人が早期の「共産主義宣言」で提出した暴力による革命と共産主義を自ら否定したことを論証した。エンゲルスは、1895年に「フランス階級闘争の序言」において、労働者階級が合法的な闘争で政権を取得すること、資本主義の生産方式を保留し、平和的に社会主義に移行することを期待すると述べ、マルクス理論体系に対し最後の反省と修正を行ったという。

2)実践によって証明された民主社会主義の優越性

謝氏によると、第二次世界大戦以降、ファシズムが滅び、帝国主義が衰え、残された三つの社会制度が競争し始めた。一つはアメリカを代表とする資本主義、もう一つはソ連が代表する共産主義、三つ目はスウェーデンが代表する民主社会主義である。競争の結果、民主社会主義が勝利を勝ち取った。民主社会主義は資本主義を変えただけでなく、共産主義にも大きな影響を与え、まさに全世界を変えた。社会主義と資本主義は、転覆や消滅の関係ではなく、継承と発展の関係である。これはすでに西欧民主社会主義の台頭と暴力革命を標榜するソ連型の社会主義の消滅によって証明されている。二十世紀末、欧州の多くの国で民主社会党が選挙で勝利を収めたことに象徴されるように、欧州は平和的に民主社会主義時代に入ったという。

民主社会主義の人類の文明に対する歴史的な貢献は次のようなことが挙げられる。生産力を発展させながら、労働者階級と資産家階級の間にある深刻な対立を解消しただけでなく、社会主義制度と資本主義制度の間の激しい対立をも解消し、社会主義運動を平和的、理性的に進めた。民主社会党は先進資本主義国において、民主主義の下の社会主義制度への移行を成功させた。民主社会主義は、生産力発展の取り組みと再分配政策を通じて、資本主義国における都市部と農村部、ブルーカラーとホワイトカラーの格差を基本的になくした。民主社会主義の前に、ソ連モデルのような暴力的社会主義が見劣りしてしまい、これこそソ連と東欧諸国の政権を崩壊させた根本的な原因となったという。

謝氏は、スウェーデンを民主社会主義の典型的成功例として挙げている。スウェーデンの社会民主党は民主憲政の下で、幅広い国民の代表として、長期間の執政を実現した。スウェーデンは効率と公平の両方を重視し、労使関係を正しく処理し、労働者と経営者の両方のインセンティブを活かしてきた。官僚が私腹を肥やす行為や、賄賂、汚職などを断固として禁止し、特権階級の出現を防いだという。

3)中国を救うのは民主社会主義しかない

残念ながら、中国では、諸外国の経験を参考とすることもせずに、自国の現行の制度が優れており、西側諸国のような政治体制を真似する必要がないと考えている人がいる。これに対して、謝氏は、中国のこれまでの制度は、(1)五十万人以上の知識人が右派 とされ、打撃を受けたことを止められなかった、(2)人民公社化と大躍進運動の発動を阻止することができなかった、(3)ファシズム的な文化大革命が憲法を廃止し、議会の活動を停止させたことを阻止できなかったなど、民主と人権を保障し、憲法の威厳を守るには全く役立たないと批判した。

謝氏は、中国において、鄧小平、胡耀邦、趙紫陽らが1978年以降に打ち出した一連の新しい政策は民主社会主義に属するものでありながら、「修正主義」のレッテルを貼られることを避けるために「中国的特色のある社会主義」と名付けただけであると指摘した。これを踏えて、マルクス主義における民主社会主義の正統性を回復させる必要があると強調した。政治改革はすでに焦眉の急となっており、先送りばかりすると、共産党は官僚資本主義によって政権を失ったかつての国民党の轍を踏むことになりかねないと警告した。

二、『人民日報』による民主社会主義への批判

このように謝氏によって展開された「民主社会主義賛美論」は、一部の保守派から厳しく批判されている反面、多くの国民の共鳴を得ている。こうした中で、共産党の機関紙である『人民日報』が、民主社会主義に一定の理解を示しながらも、これが中国の国情に合わないという主旨の論文を掲載し、論争の収拾に乗り出した(2007年5月10日)。

1)民主社会主義と科学社会主義の違い

それによると、民主社会主義は、中国が信奉する「科学社会主義」(正統なマルクス―レーニン主義)とは異なる思想体系で、両者の根本的な違いは次の三点に求められる。

まず、科学社会主義はマルクス主義を始終に指導思想とするが、当初はマルクス主義を信奉した民主社会主義は、徐々に指導思想の多元化を受け入れるようになった。

次に、科学社会主義は、社会主義制度を建設してこそ、人々の幸福、解放、民主と自由が実現できると主張する。同時に、人類のすべての文明の成果を吸収し、取り入れるべきだと強調する。これに対し、民主社会主義は、最初は社会主義制度の建設を目標としていたが、徐々に社会主義を一種の価値観とし、社会主義制度の歴史的必然性を否認するようになった。

そして、科学社会主義は、資本主義の存在は歴史的必然性と必要性があると認識し、資本主義には克服のできない矛盾があり、社会主義に取って代わられるのは必然な趨勢であると見ている。これに対して、民主社会主義は、私有制の廃止の代わりに、経済に対する民主的監督と、手厚い社会保障と社会福利制度で資本主義内部の矛盾を緩和できると主張する。

2)堅持すべき「中国的特色のある社会主義」

『人民日報』によると、「中国的特色のある社会主義」は、共産党が長期的な社会主義建設と改革の過程において模索を重ねた結果であり、理論及び実践の両面において民主社会主義と本質的な区別がある。

まず、「中国的特色のある社会主義」はマルクス主義を指導思想として堅持し、指導思想の多元化を断固として禁ずる。また、社会の変化に合わせてマルクス主義の中国化を推し進め、発展し続けるマルクス主義の指導の下で新しい情況に対応する。

また、中国的特色のある社会主義政治発展路線を堅持する。中国共産党の指導を堅持し、西側の三権分立と多党制を断固として拒否する。

さらに、社会主義市場経済体制を堅持する。社会主義公有制をメインに、(国有企業や民営企業など)多様な所有制経済がともに発展するという基本制度を堅持する。労働に応じた分配をメインに、多様な分配方式が併存する分配制度を堅持する。

これらを踏まえて、「中国的特色のある社会主義」は中国の事情と時代に見合った制度で、わが国が民族の復興を果たし、国を豊かにし、国民を幸せにする道である。民主社会主義は、ある方面で「中国的特色のある社会主義」の建設に参考となるが、両者はまったく異なる思想体系と発展路線であり、歴史から見ても現実から見ても、中国に相応しくない。「中国的特色のある社会主義」を堅持してこそ、中国を発展させ、振興させることができる。」と結論している。

三、論争の行方

『人民日報』の論調を見る限り、「民主社会主義」に基づく政治改革が、政府によって否定されたように見える。しかし、謝氏をはじめ、伝統的マルクス・レーニン主義から民主社会主義への転換を主張する多くの論者は、当局から迫害を受けておらず、「民主社会主義」をめぐる論争はいまだに続いている。政治改革を迫られる中国にとって「民主社会主義」が最良の選択であるという謝氏の指摘が、国民の間では広く支持されていることを合わせて考えれば、論争の最終的結論が下されるのは、この秋の党大会に持ち越されることになるだろう。

2007年7月11日掲載

2007年7月11日掲載