中国経済新論:中国の経済改革

国資委のすべきこと

韓朝華
中国社会科学院経済研究所ミクロ経済研究室主任

1953年上海生まれ。1982年8月~1987年8月まで中国社会科学院幹部管理学院にて教鞭を執る。1987年中国社会科学院大学院卒、経済学修士。 同年より中国社会科学院経済研究所に勤務、現在ミクロ経済研究室主任。1991年~92年に滋賀大学、神戸大学にビジティングフェローとして、また、 1997年にはアジア経済研究所客員研究員として訪日している。主な著作は『競争戦略与国有企業』など。

国有資産管理委員会(国資委)の設立は、国有経済の戦略的再編と「国退民進(国有企業が退出し、民営企業が参入する)」を実現するための大きな制度革新と考えられていた。設立前には、多くの国内外のマスコミが、国資委の設立により国有企業の所有権改革と所有権の多様化が加速すると予測していた。しかし、国資委が設立されて2年を経た現在、その予測が間違っていたことがわかる。最近になって、国資委の指導者たちは国資委の役割について、国有資産の運用と管理方法を変更し政府と企業の分離を実現することで、企業経営による国有資産の運用と管理をより多様な資産経営にシフトすることではなく、企業に対する政府の直接コントロールを強化し、企業の経営管理に対する国資委の直接的な介入を強化し、「国有企業を強く大きくする」ことにあると発言した。国有資本は競争分野から退出すべきでないと発言した人さえいる。実際、企業の経営管理に対する国資委の直接的な介入とコントロールは強化され、具体化されている。国有企業を管理する高度に集中された巨大権力が現れつつある。

このような政策は、建国後、国有資産の運用と管理から得た経験と教訓を無視し、15回党大会以降の社会主義市場経済の基本方針に背いており、伝統的体制に逆戻りすることを意味している。

政府部門に直接コントロールされる国有企業は独占的な地位にあるため、公平な競争を妨げる。さらに、政府から多くの保護を受けるため、効率向上というインセンティブに欠け、日々激しさを増す市場競争に対応することができない。このため、国有企業の割合の高い産業・地域では、発展が遅く、効率が悪く、人々の満足度が低い。これはすでに目に見える事実である。このような状況への対策として、15回党大会以降の社会主義市場経済の基本方針に基づいて、競争分野からの国有資本の逐次の退出、計画経済時代からの国有資産管理体制の改革が打ち出された。これは、社会主義市場経済の発展の道において避けられない流れである。しかし、国有資産管理体制の改革について、未だに疑問や動揺、逆戻りの考え方が出ている。それは、一部の誤った認識によるものである。

一つ目の誤った認識は、中国が発展段階にあり、産業・企業は外国の大企業に対抗できる実力を持っていないため、対外開放が進んでいく中、行政介入の力を借りて中国系大企業を作り、国際競争に対抗すべきであるという考え方である。

この見方の間違いは、企業の競争力の強弱が企業の資産規模の大小に比例すると考え、行政介入があれば国際競争力を持つ強い企業を作ることができるところにある。実際、競争力は、競争の経験によって培われるものであり、国際競争に対応できる企業とは競争を生き延びたもので、政府の支援や保護、優遇などにより成長できるものではない。政府の保護がなければ利益を上げることができず生き残れない企業は大きくても意味がない。

政府の支援を受けた国有企業が市場競争に参加し、その中から競争力を身につけると考える人もいる。しかし、重要な点は、政府の行政権限自身は競争にさらされないことである。行政の力に頼った国有企業に対する支援は、国有企業自身のリスク意識と責任感を弱体化させると同時に、国有企業に特殊な地位と独占的な権力を与える。この意味から、国有企業の存在自身は、公平な競争を乱すことになる。このような企業は民営企業のように競争にさらされることがないため、民営企業と同じような競争の優位を作り上げることはできない。つまり、国有企業である限り国際競争に対抗できる強い企業になることは難しい。どの国にも国有企業は存在しているが、その使命は、市場競争において優位を占めることではなく、市場の失敗を補完する役割として政策上の非効率的な目標を実現するために存在しているのである。国有企業と政府の介入で国の経済的優位を得ることは無理である。

二つ目の誤った認識は、民営企業の成功は、能力のある企業家によるものであるという点である。理論的には、政府の主管部門でも民営企業の取締役会や株主大会のように経営者を選出、監督することができるため、国有企業が民営企業に劣るとは限らないのである。

この認識は、単一の企業について言えば特に問題がない。企業を良くしたければ、能力のある企業家に任せればよい。しかし、すべての民営企業のこのような努力が成功するかどうかは非常に不確実なことである。市場経済では、企業が成功するかどうか、ひいてはその企業の経営者が優秀かどうかは、事前に確認することができず、事後にしか分からない。社会全体でみれば、たくさんの優秀な企業家を発掘するには、実際に企業を運営してもらってみないと分からないことであり、事前に予測することができないのである。

このため、社会において、技術面と経済面でより確実に成功したいのであれば、たくさんの試行錯誤の手段を容認する環境を作らねばならない。技術的・経済的な試行錯誤の手段が分散性と多様性を備えれば、技術進歩と経済発展で成功する確率も高くなる。

市場経済の中の勝者は、むろん他人が及ばない何かをもっている。しかし、これは淘汰の結果であり、事前に選抜し人為的に支援した結果ではない。多くの場合、企業家が成功したのは単に運が良かっというだけのことである。市場競争による淘汰の中で、永遠に成功し、永遠に勝利するという保証はない。成功者の辿ってきた道には、成功者と同じように優秀で同じように努力したが、何かの原因で成功できず淘汰された多くの競争相手達がいるのである。少数の成功者の出現は、多くの淘汰される者の参加を前提としている。このため、単一の企業の場合、優秀な企業家を成功の前提とすることができるが、社会全体の場合、経済全体で成功する確実な方法は人材の選抜でなく自由競争である。

民営企業の従業員の全体の素質は国有企業に及ばないかもしれないが、民間経済部門の試行錯誤における高度な分散性と多様性は民間経済部門全体に高い成功率をもたらす。国有企業の指導者は政府が選抜するため、個人の素質は自発的に形成された民営企業家のものよりも優秀かもしれない。しかし、少数の政府機関の中から選抜、評価されるという選抜制度は、多様性と分散性において民間の自由競争には及ばない。このため、国有企業は、技術と経営における成功の確率も民間企業部門全体より低いのである。

三つ目の誤った認識は、伝統的な国有企業制度の主な問題点は経営責任制に欠け、国有部門の投資者と経営者が経営の失敗と赤字について個人的な責任を負わないという点にあるため、経営責任制を強化し、厳格な賞罰制度を実施すれば、政府の行政管理システムにおいても市場競争の効果を得ることができ、国有企業の経営者の行為を制約し、国有経済制度における様々なエージェント(委託-代理)問題を抑制することができるとされている点である。

この認識の誤りは、市場競争と大規模な階層制度の間の責任制約メカニズムの違いを無視した点である。市場競争の中で、企業や個人がいかに努力しても、チャンスを逃し、最適な状況に達することができなければ、失敗した場合それに伴うすべての結果の責任を取らねばならない。しかし、大規模な階層制度をもつ組織では、このような状況にはならない。失敗と立ち遅れの原因は、様々な非主観的要因と、人間がコントロールできない偶然の要因による可能性があるからである。大規模な組織における責任制は、市場競争メカニズムよりはるかに弱い。市場競争における失敗や立ち遅れ、自己責任には口実が通じないのに対し、すべての大規模な組織における失敗と責任は、説明、弁解することができる。加えて、大規模な組織においては、異なる階層間で情報の非対称性や、行為者の機会主義的傾向などの問題があることも、大規模な組織の内部の責任制約を緩めることになる。組織規模が大きくなれば、ソフトな予算制約と責任制の弱体化は避けられない。多くの経済主体がひとつの統一された行政システム下に置かれた時、社会全体では、資源配分と資源運用の責任制約メカニズムは崩壊に向かい、浪費・低効率・低い責任意識は解消しがたい問題となる。

上述した3つの弱点は、政府のコントロールと保護下にある国有企業に次の2つの特徴をもたらす。ひとつは、大きくすることは簡単だが、強くすることは難しいということであり、もう一つは、速く拡大することは簡単だが、効率の良い発展は難しいということである。このため、国有企業制度を引き続き広範囲に維持することは、競争の促進、経済全体の効率向上にとって不利である。中国の経済発展の初期においてこの制度は役に立ったかもしれないが、今日の中国は経済発展モデルの根本的な変化、集約化の発展という挑戦に見舞われており、政府が大量の国有企業をコントロールし、発展することは科学発展観に反している。

国資委は、国有資産管理体制の抜本的な変革の実現という歴史的使命を背負っている。国有企業を大きく強くするという考え方を持ち続ければ、「国退民進」の方針と中国の経済発展モデルの転換を妨げ、社会主義市場経済の発展を阻害する。国資委は、国有資産の管理・運用の仕方を企業の経営から資産の経営に変え、現在の国有企業、特に一般競争分野にある国有企業について政府・企業の分離と非国有化を実現せねばならない。

2005年3月17日掲載

出所

寄稿「国資委該干什麼」
※和訳の掲載にあたり本人の許可を頂いている。

2005年3月17日掲載

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