中国経済新論:中国の経済改革

国有銀行のコーポレート・ガバナンスを確立するために
― 求められる「官本位」の打破 ―

易憲容
中国社会科学院金融センター

1958年江西省生まれ。1989年上海華東師範大学より修士学位、1997年中国社会科学院研究生学院より経済学博士学位をそれぞれ獲得。「現代契約経済学導論」、「取引行為と契約選択」、「コースの経済思想研究」、「金融市場と制度選択」、「経済繁栄と権力運営」といった著書を発表した以外、張五常の「分益農の理論」、「経済解釈」を翻訳した訳者として、よく知られている。現在、中国社会科学院金融センターにおいて、研究活動に取り組んでいる。

現在、中国の銀行が抱えている巨大なリスクは、これからの中国経済発展を妨げる最大の障碍である。もしこうしたリスクをうまく処理することが出来なければ、深刻な金融危機を招くだけではなく、中国改革開放以来何十年の成果が丸ごとに消えてしまう恐れがある。従って、中国国内の銀行業改革を加速させ、国有銀行が抱える潜在的なリスクをうまく解消することが急務となっている。

四大国有銀行の不良債権の問題を解決するために、政府は1994年から国有銀行の政策性業務と商業性業務を分割させ、銀行業、信託業及び証券業に対して、分業経営と分業管理の原則を適用した。また、中国の金融システムに対して、大規模な再建と再編を行ってきた。これと同時に、四大国有銀行は、商業銀行の規範に基づき、新しい会計制度の採用、貸出に関する意思決定の集中、新しい監査主体の形成などの措置をとることになった。とりわけWTO加盟後、中国の銀行は国際標準に基づき改革を行い、改革を深化する新しい時期に差しかかっている。この一年間のうちに、中国資本の商業銀行が改革の度合いを一斉に強化させてきた。二万以上の支店と機構を撤退させたのと同時に、内部組織の「フラット化」と業務の標準化改革を大々的に進め、信託分類の基準を見直し、現代的な銀行業務の運営に適応した情報システムと意思決定体制を築き上げるために、信用リスクに対しての厳格な管理を実施し始めた。改革の結果、国有銀行の組織構造はグローバルスタンタードに近づいたと言えよう。しかし、不良債権を生み出すメカニズムを根本的に変えることがなかったために、国有銀行の不良債権による潜在的なリスクを払拭することができていない。

では、四大国有銀行が不良債権を生み出す根源は何か。そして、どのような仕組みになっているのだろうか。ある人は、企業の所有権構造及び行政の介入が、不良債権を生み出した最大の原因であり、銀行不良債権の七割がこれに起因すると述べている。そして、銀行自身の所有権、ガバナンス構造と経営管理上の問題点が、残る三割の不良債権の原因であると主張している。1998年には、私はある論文の中で、国有銀行が抱える大量の不良債権の原因は、それに関係している利益関係者(国有企業、地方政府、国有銀行自身)は、国有銀行をそれぞれ自分のための利益を生み出す道具と見なしたことにあると、論じた。しかし、現在、こうした状況には少し変化が見られるようになった。中国人民銀行研究局の謝平氏が指摘した通り、現在、四大国有銀行のガバナンス構造は、形の上では、先進諸国の市場経済での商業銀行と大した違いはない。しかし、銀行幹部の官僚化及びそれによって派生した「官本位制」の存在によって、四大国有銀行の経営規模、権力構造、経営業績といった面では、先進市場経済における商業銀行との間に、明らかな格差が存在している。従って、こうした制度が、国有銀行が有効なコーポレート・ガバナンス構造を確立する際に、最大の困難と障碍となっている。

四大国有銀行の幹部の官僚化は、1997年に確立されたもので(すなわち中央金融工作委員会が国有銀行の幹部人事を指導する権力体制である)、共産党組織、監査当局、役員会、監査会という基本的な支配権の枠組みが形成されている。その上、財政部、監査署、国家経済貿易委員会、国家紀律委員会及び監察部といった関係部署の存在によって、国有商業銀行に関係する利益主体はこれまでになく複雑に絡み合っている。

当時の制約条件の下で、このような体制は、国有銀行内部の権力構造の歪みを是正し、各地域の行長によるモラル・ハザード及び地方政府による国有銀行の経営活動への関与を減少させ、そして銀行の幹部による権力の濫用や、レントシーキングを防ぐことに一定の役割を果した。しかし、この体制は「党と政府の不分離、政府と企業の不分離、権力集中」といった中国特有の国有銀行ガバナンス構造をもたらすことにもなった。その結果、国有銀行は企業として、その経営目標を利潤の最大化におくことが求められる一方、準政府機関として、国有銀行の幹部人事は「官本位」にあるため、幹部達が官僚としての出世を目指す。その結果、国有銀行は、企業でも行政機関でも、事業機関でもない怪物になってしまったのである。

こうした幹部体制の下で、四大国有銀行は法律的な意味での会社ではなく、中国の「会社法」に定められたコーポ-レート・ガバナンスの基本枠組みを形成させることができていない。このような体制の下では、国有銀行には株主総会が存在せず、株主総会が持つはずの機能は、いくつかの政府の部門によって分担される(例えば、業務については中国人民銀行、出資人に関しては財政部、そして人事、政治思想及び党務上の仕事は中央金融工作委員会が、それぞれ責任を負っている。幹部の違法経営を取り締まるのは金融紀律委員会と監察部であり、また国有企業として国家監査署による監査を受けなければならない)。その役員会メンバーの任命も政府によって行われ、各支店の共産党書記が董事長(代表取締役)を兼任することになっている。こうして、政府が国有銀行の所有者として、人格化された所有権の主体ではなく、抽象的な所有者に留まっているため、有効に所有権を行使することができていない。なぜなら、国有銀行の行長(頭取)の権力は、中央金融工作委員会に由来しているため、彼らの行為は、自ら経営している組織あるいは所有者ではなく、自らを任命してくれた中央金融工作委員会だけに責任を持っている。同時に、国有銀行は有限責任会社ではなく、政府が国有銀行に対して、無限責任を負っていることから、国有銀行の経営者は、所有者からの制約もリスクによる制約も受けていない。権益を安定的に獲得するために、国有銀行の経営者は、その権力の源となる機構と個人の機嫌を取ることには熱心である。結局、国有銀行の経営者と政府の代表が共に所有者権益を享受しながら、そのコストを社会全体に負わせることになっている。

このような体制の下では、経営者市場と政治家市場が一体化し、非常に歪んだインセンティブと制約メカニズムをもたらしている。このように二重の身分を持つ結果、国有銀行の行長は、二つのインセンティブに直面している。経営者として、競争的な市場において個人の貨幣収入の最大化を求めるインセンティブを持つ一方で、彼らは官僚として出世するインセンティブもある。つまり、個人の政治面での効用最大化を追求することである。このような二重のインセンティブを受け、国有銀行の行長の公式収入が大幅に上昇したとき、同じレベルの国有企業の経営者及び官僚の収入の状況と大きく乖離することはできない。その結果、国有銀行の行長の公式収入の代わりに住宅、乗用車、オフィスといった顕示的な非貨幣消費と公費による消費を追求することになった。

このような体制の下で、国有銀行が準政府機構へと変身したのである。こうした機構の中で、経営管理者の選抜については、基本的に官僚化された幹部の試験、任命制度が採用されている。幹部の選抜には、候補者の非商業的な経験と履歴が重視され、しかも商業経験があるかどうかには関係なく、経営の才能とこれまでの業績は殆ど考慮されていない。その結果、個人が努力する積極性が傷つけられただけではなく、企業として銀行のために最大限に価値を作り出すという目標からも乖離してしまった。その上、国有銀行の内部には、部門ごとでの試験、評価制度がなく、個人を評価する計量的指標も用意されていない。そして、評価の結果は個人の出世と報酬とは、殆ど関係していない。外部による国有銀行に対する評価項目にも、計量的指標が少なく、信憑性にも欠けるという問題を抱えている。極端な場合、一部の経営と管理の制度が明らかに適応性を失ったにもかかわらず、一向に修正されないこともある。こうして、銀行内部の各部門の責任と権利をはっきりと定めることが出来ず、決算を粉飾する行為も助長されてしまったのである。このような制度の中、現場からの報告書の信憑性も非常に疑わしいものとなっている。

上述の論議からみると、国有四大銀行の改革と不良債権問題の解消は、銀行幹部の官僚化という核心の問題から考えていかなければ、対策を見つけることが出来ず、仮に見つけたとしても、それが非常に無力なものであることがわかる。今年の新指導部就任を受けて、国内銀行業改革の進行が加速されることが予想されている。例えば、完全なコーポレート・ガバナンスを形成させるためには、国有銀行の所有権制度の改革が先に実行されるだろう。昨年行われた、共産党第十六回大会では、新しい国有資産の経営・管理体制の構築による国有企業の所有権改革という画期的な構想がすでに講じられた。つまり、この構想によれば、新しく設立される国有資産の経営管理機関は、出資人の機能だけではなく、所有者の機能も果たし、人事、財務、事務をすべて統一して管理することになっている。これは、従来の国有銀行の機能がいくつかの政府機能部門によって分割された現状がまもなく打破され、そして国有銀行における所有者不在(国を代表して所有者の権利を行使する主体が実質上存在しない)という状況も改善されることを意味する。しかし、権力の集中によって、所有者不在の問題が解決できるか、計画経済の面影から脱却できるか、といった問題に関していまだに疑問が残っている。もしこのようなメカニズムが依然として、国有商業銀行に温存された場合、例え金融機関の所有権が多元化されたとしても、商業銀行の幹部は相変わらずその上部の行政機関の「言いなり」となるため、国有商業銀行のコーポレート・ガバナンス構造に大きな改善は見られないであろう。従って、国有銀行のこうした行政的な色合いと体制を迅速に弱体化させることが、銀行のコーポレート・ガバナンスを改善する最も重要な課題の一つである。もし国有銀行のコーポレート・ガバナンス構造に変化がなければ、銀行の不良債権を生み出すメカニズムもこれまでと変わらないであろう。

このような国有銀行のメカニズムを変えるには、主に以下の問題の解決に着手すべきである。まず国有銀行の行政階級を廃止し、国有銀行を、準政府部門ではなく、本当の市場経営の主体へと変身させることである。また、国有銀行の幹部の行政階級と行政待遇を廃止すると同時に、行政によって行われていた幹部の人事についても、株主総会や役員会に人事権を戻し、幹部を本当に株主に責任を持ち、そして役員会の方針を忠実に実行する経営者へと変身させることである。さらに、情報を伝達する行政のルートを変えることによって、情報の透明性と公開性を向上させ、国有銀行の自己意思決定の能力を高めることである。

外国銀行の中国への参入に伴い、国有銀行間の競争は一層激しさを増していくであろう。もし国有銀行がこのような激しい競争の中で、従来の体制を変えることができなければ、直面している困難とリスクを解決できないことはもちろん、主役の座から転落する日もすぐに訪れるだろう。

2003年9月1日掲載

出所

博士珈琲
※和訳の掲載にあたり先方の許可を頂いている。

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