中国経済新論:中国経済学

現代経済学の中国経済改革への応用

銭穎一
カリフォルニア大学バークレイ校教授

中国の計画経済から市場経済への移行、および世界経済での台頭は、一つの歴史的事件である。しかし、中国の改革開放と発展は決して孤立したものではなく、むしろ現在の全世界に及ぶ市場経済への移行、経済のグローバル化および経済発展の一部にすぎない。したがって、中国も他の移行期国家と発展途上国に見られる様々な問題に直面している。当然、歴史、経済、政治、そして社会背景の違いによって、各国の具体的な経験とたどった経路もそれぞれ異なる。近年、各国が移行期における改革の中で直面した共通の問題やそれに対する解決の方法が、経済学にいくつかの新しい課題を投げかけている。

今までの多くの経済理論は、改革期の中国に適応はするが、しかし一概に論じることはできない。市場経済にとっての経済学の「常識」のいくつかは、移行期には通用しないだけではなく、経済行動や現象が従来の理論による予測とは全く異なるケースもしばしばある。例えば、東欧諸国における市場の自由化以降に見られた生産の大幅な落ち込み、そして中国での所有権が規範化されない状態での経済の持続的な成長は、経済理論では事前に全く予想できなかった典型的な事例である。したがって、現代経済学における従来の理論的結論を移行期経済に当てはめることは困難か、あるいは不可能である。これは決しておかしなことではない。第一に、これまでの現代経済学が、成熟経済と規範的市場での経済問題を研究対象としていたこと、そして、計画経済から市場経済への大規模な制度的移行が史上初めてのことであるということが理由である。

では中国の経済改革を研究する最も良い方法は何か。まずはそれが中国の現実に基づいたものでなければならない。経済学者は中国の事情を理解する必要がある。もしも中国の経済や政治、社会環境の歴史と現状が分かっていなければ、研究には困難が伴うだろう。第一に、改革と発展の主要な問題を識別、確定することが非常に難しい。第二に、現実に基づいた仮定を設定することが難しい。第三に、経済学の基本原理に基づいて、中国の事情を考慮した政策提言をすることも一層難しくなる。したがって、中国の事情を理解することは、中国の改革を研究するための必要条件である。

しかし、中国の事情を理解するだけではまだ十分ではない。中国の経済改革のプロセスにおける経済行動や現象を研究し、そして中国の事情に適した政策提言を導くために、現代経済学の基本原理と分析方法を活用する必要がある。それは経済行動や現象を研究する人間の知識の結晶だからである。大いなる発展の可能性を見せた移行経済学は、まさしく中国を含む移行期経済における新しい経済現象を研究の対象として取り上げている。カリフォルニア大学のローラン(Gerard Roland)教授の新作、「移行と経済学」は、この領域におけるこれまでの主な理論的、実証的な成果を包括している。実際、現代経済学は、新しい経済問題に対する模索の中で発展を遂げてきたのである。移行経済学も例外ではない。

ではなぜ中国の経済改革のプロセスにおける経済行動や現象の分析に、現代経済学の活用が有益かつ必要であるのか。その最も根本的な要因は、中国経済改革は国際経済に共通する現代的市場経済体制の成立を目指しているが、現代経済学の核心的な内容がまさしく現代的市場経済の運営を研究しているからである。したがって、それがわれわれに現代的市場経済に関するモデルを提供してくれたのである。それにより、われわれは、中国の市場経済への移行問題を分析する際、複雑かつ無秩序な現象をこのモデルの角度から見渡すことが可能となった。現代経済学が提供したこのモデルによって、国際比較を行う際、われわれが中国の事情を認識し、その状況が持つ普遍性と特殊性を正確に判断することができるようになったのである。そうでなければ、現状に対する分析にしても政策提言にしても、中国の改革を研究する際、方向性を欠き、広い視野を失いかねない。

さらにもう一歩踏み込んで話すと、現代経済学の理論的分析方法の中国の改革への適応は、それぞれ三つの関連した部分から捉えることができる。

第一に、中国の消費者、企業家、経営者、そして政府の役人が他国の経済主体と同様に、資源や技術、そして制度の制約の下、利益によって動機付けられているということである。現代経済学のこうした視点によって、われわれは、中国が経験している移行期の複雑な問題を分析する際に、経済主体の行動に対する最も現実的かつ合致した仮説を設定することができる。第二に、中国の改革の大きな目標が国際的に共通する市場経済体制に移行することであるため、市場経済を研究する現代経済学を、中国の改革問題を研究するモデルとみなすことは適切で必要である。第三に、研究の初期段階において、現代経済学のいくつかの用語、概念および結論を引用することは、研究者にとって思考の幅を広げる際に有益である。しかし、改革は非常に複雑であり、あらゆる研究は概念の解釈と言い方を巡る論争の段階を最終的には超えなければならない。研究を深めるために、これまでの現代経済学において開発されてきた各種の数学モデルを運用する必要がある。こうした数学モデル自身は、決して中国の改革を研究するために開発されたものではないが、いくつかのモデルに関して、若干の修正を行い、中国の歴史と制度的要素を加えることによって、中国の改革における経済行動や現象に活用することは可能である。

以下では、市場、企業、政府という徐々に深化してきた三つの側面から、現代経済学を活用し、中国の改革を分析する有効性と必要性を具体的に説明する。

第一の例は、市場の資源配分メカニズムとしての機能に関する問題であり、これは改革における「計画経済」と「市場経済」との論争の最も基本的問題である。現代経済学の一般均衡理論では、市場価格は資源配分メカニズムに関する最も基本的な理論モデルである。この理論によって、われわれはまず、なぜ規制されていない価格が商品の稀少性を反映し、市場経済での需要と供給のバランスを調整できるのか、そして政府の介入のない市場で、どのような状況下であれば、経済主体の合理的な経済行動によって経済社会的な効率性を達成できるのかといったことを理解できる。計画経済から市場経済へ移行し、市場の資源配分メカニズムを機能させることが最も望ましいという理論的な意味合いを持っている。これまでの改革のプロセスおよび現在のプロセスに関しても、さらには新しい政策提言に関しても、資源配分に関するあらゆる論議にはこの理論が基礎としてある。1950年代中頃、中国は改革を試みたが、資源配分における市場の役割を十分に認識できず、行政的なプロセスを重視したため、改革は失敗に終わってしまったのである。しかし80年代になると、一般均衡理論が中国にも紹介され、市場価格、そして資源配分に関する市場メカニズムの核心的な役割は、徐々に中国の経済改革政策を推進しようとする指導者の注目を浴びるようになったのである。しかし、市場経済への移行という改革の大きな方向性が確立された今日でも、各種の歪められた価格、競争規制、資源配分における市場の働きを抑制する政府の政策が依然として多く存在している。こうした政策による結果を予想し、それに対する修正案を考えるには、一般均衡理論による分析をなくしては到底できない。この例は、現代経済学における非常に抽象的かつ非現実的に見える理論モデルが、中国の改革を研究する際、非常に重要な実用的価値を持っていることを物語っている。

第二の例は、90年代、中国の改革に関し大きく論議された企業の問題である。一般均衡理論は価格に関する理論であるが、企業に関する理論ではない。70年代以降、特に80年代と90年代、ゲーム理論や情報経済学、契約理論の発展に伴い、現代経済学における企業の所有権やそれに対する管理構造の研究は飛躍的な進化を遂げた。現代の企業理論は、インセンティブに関する問題を出発点として、企業経営者、株主及び他の関係者の間の利益衝突と調整メカニズムを分析し、さらにはこうした理論の実証研究に基づいて、多くのコーポレート・ガバナンスに関する現実面での原則を発見した。こうした現代経済学の理論および実証研究の成果、さらには研究のアプローチが、80年代末から90年代にかけて中国にも紹介され、中国の企業改革に関する研究に活用されてきた。それは主に二つの面に見られる。まず、中国の企業改革が目指したのは、先進諸国の現代的な会社モデルに移行することである。したがって現代経済学における先進諸国の現代的な会社モデルに対する研究は、中国の企業改革における問題を解決し、将来性のある政策提言をするのに有益である。一方、移行期の企業と成熟した市場経済における企業がでは、それぞれの持つ特性や環境が大きく異なり、またこうした違いは短期間では解消しにくいといった事情を考慮すれば、従来の企業理論による結論を直接中国の企業に当てはまることはできない。しかし、その分析方法は非常に有効である。なぜなら、こうした分析方法は普遍性のある企業問題の本質をよく突いているのである。こうした分析方法を活用し、従来の企業モデルを修正し、特殊な歴史的・制度的要素(例えば、企業の所有者が個人だけではないこと、所有権が保障されていないこと、契約や法律が効率的かつ公正に実行されていないことなど)を加えることによって、中国の経済社会の現実に適応した深い研究ができるであろう。こうした移行期における企業に関する研究が新たな進歩を実現可能にし、中国の事情に最も適した政策提言をすることができるのである。この例は、現代経済学の中でも、成熟した市場経済に関する研究の成果が、中国の改革に直接、あるいは修正を加えた形で活用可能であることを物語っている。

第三の例は、移行期における政府の行動およびその経済に対する影響に関わる問題である。これは、これまでの二つの例――市場と企業――よりもっと複雑な問題である。なぜなら、政府の行動が市場機能の発揮、そして企業の活力の展開に対して根本的な(プラスあるいはマイナスの)影響を与えるからである。これまでの二つの例とは違って、現代経済学における政府の経済行動に関する研究は非常に限られたものであり、市場の資源配分機能と企業問題に関する研究ほどは成果を挙げていない。その根本的な原因は、発達した市場経済が法治を基礎とし、政府の裁量的な行動が法律により制限され、所有権を侵害したり企業の自由な発展を阻害したりすることができないためである。政府の主な経済機能は、基礎教育や公共衛生といった公共サービスを提供することである。しかし、移行期にある国や途上国の経済の状況は異なる。法治によって政府の行動を制限することができるまでには長い時間を要する。法治が確立されるまで、政府の行動、特に地方政府の行動で、経済への影響が最も大きいのは、伝統的な公共サービスを提供することではなく、むしろ政府の現地における新興非国有企業に対する行為である。これが促進的なのか、それとも抑制的なのかは、地元の経済活性化に対して非常に大きな影響を及ぼす。地方政府の行動に関し、どのような要素に左右され、さらにその行動が地方経済の活性化にどのような影響を与えるのかは、移行経済にとって大きな問題である。今までの現代経済学には既存の答えはない。しかし、現代経済学は有効な視点、つまり地方政府の役人もその他の経済人と同様、その行動が与えられたインセンティブに密接に関連しているという視点を提供している。同時に、現代経済学において、その他の問題の研究をする際に開発された分析方法も活用することができる。例えば、企業組織内の管理における権力配分をめぐるモデルが、政府組織内における中央と地方の権力配分にどのような影響を与えるのか、さらにはそれがいかに地方政府のインセンティブと行動に影響するのかという問題の解明に活かすことができる。したがって、われわれは現代経済学の分析の枠組みを活用し、地方政府の行動の変化を評価し、さらには移行プロセスにおける各地、あるいは各国経済のパフォーマンスにおける違いを解釈することができるのである。

こうした方法は、80年代の中国で実行された中央政府から地方への権限の委譲と財政の請負制が、地方政府の行動に対して、そしてさらにそれが現地の経済に対して与える影響などに関する研究にも活用できる。周知の通り、財政の請負制は地方保護主義を助長し、また中央の財政収入の減少といった問題をもたらした。しかし一方で、それによる財政収入の増分の大半は地方政府に与えられた。実証研究によると、財政の請負制が実行された期間において、税収の増分の中で、地方政府に帰属する比率が高いほど、税収を増やすインセンティブがよく働くことが分かった。その結果、地方政府自身の利益が現地の経済の繁栄と緊密に結びつくようになったのである。その表れとして、現地の非国有企業に対しては抑制するのではなく、むしろ扶助あるいは支持する姿勢が見られ、結果的には現地の非国有企業の迅速な発展が実現された。これは90年代のロシアの状況とは対照的である。ロシアの地方政府の財政収入は、現地の経済発展とは殆ど無関係であるため、地方政府には地方経済を発展させるインセンティブが存在せず、逆にむしろ私有経済を侵害する現象が多発したのである。ロシアの地方政府のこうした行為が、新興的な私有経済の発展を妨げた重要な要因であると思われる。

この例は、中国の改革における特殊な問題の研究に際して、現代経済学においてその他の問題を研究するために開発された分析方法を活用することができることを意味している。逆に、移行期経済と中国の改革の現状は、現代経済学の研究に有益な素材と統計データを提供しただけではなく、そのような研究自体が現代経済学を発展させたのである。政府の行動およびそれが経済に与える影響は、移行期経済の中でも最も顕著でかつ注目される問題であり、経済発展において普遍的で意味深い問題でもある。こうした問題に対する研究は、当然、近年における移行経済学の核心的問題の一つである。移行経済学のこうした研究が、経済学のその他の分野での研究に影響を与え、刺激したのである。それは特に開発経済学に直接的な影響を与えた。制度、環境の面において発展途上国経済と移行期経済が多くの共通点を持っており、さらに政府行動と民間経済との関係の研究を促進したことがその一例である。さらにはいくつかの新しい研究テーマ(金融を含む)がその影響を受けて生まれたのである。例えば、これまでの研究のテーマとして取り上げられなかった世界規模(先進諸国を含む)の財政体制、法律体制および金融管理体制を比較し、さらにそれらが政府の行動や企業の融資行動、そして経済のパフォーマンスにどのような影響を与えるのかということを分析することである。このように、移行期経済、そして中国の改革に対する研究が、現代経済学の発展に貢献することは確かである。

2002年9月2日掲載

出所

『経済社会体制比較』2002年第2期

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2002年9月2日掲載

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