中国経済新論:中国の経済改革

WTO加盟後の中国の金融業改革
― 漸進的方式とビッグバン方式 ―

徐滇慶
ウェスタン・オンタリオ大学教授

競争が効率性を高める

競争が効率性を生み出すことは経済学における自明の公理である。言い換えれば、独占の度合いが強いほどその業界の競争力は逆に弱くなる。現在の中国で、独占の度合いが最も強い領域といえば、金融業であることは間違いない。経済改革以降、農業を始めとして、サービス業、軽工業、製造業、さらには通信業など、各産業における独占の側面は相次いで破られてきた。しかし金融業における独占はいまだに改善されておらず、経済改革の最後の難関といえよう。金融は様々な利害関係が関わっているため、改革を行うのが最も難しい分野である。そうでなければ、金融改革が今日まで長引くはずはない。仮に農村改革が中国経済改革の最初の戦いだとしたら、金融体制改革は戦局に決定的な影響を及ぼす決戦となるであろう。この戦いが終われば、完全な独占状態にある領域はもはやなくなるだろう。

なぜ不良債権は持続的に増加し、銀行システムの問題が相次いて暴露されたのであろうか。なぜこれほど長期にわたって掲げている改革の目標が期待された効果を上げられなかったであろうか。「債転股」(銀行の国有企業に対する貸出の株への転換)や、不良債権の資産管理会社への移転、現在、話題になっている銀行の上場など、多くの対策が打ち出されても、なぜ問題を根本から改善することができないのだろうか。その根本的な原因は、金融業界に効率的な競争環境が欠けているからである。独占的な地位により、国有銀行の改革に対する意欲と推進力が欠けている。そして挑戦を受けないため、ますます保守的になったのは当然の帰結である。独占状態にあれば、銀行は預金に困ることがなく、マイペースでやっていけると思うため、積極的に改革に取り組むインセンティブがないのは明らかである。改革を促すインセンティブ・メカニズムがなければ、行政命令を繰り返し発動しても体制上の問題の解決にはならない。古い体制をそのまま維持すれば、金融改革における抜本的な進展は成し遂げられず、国有銀行による独占的な局面が続き、こうした難しい局面も長引くであろう。

WTO加盟の影響

中国経済にとって、WTO加盟による最大の効果が独占状態を打破することである。外資系銀行が中国の金融市場への参入を果たせば、国有銀行は非常に厳しい挑戦に直面することになる。これまでの独占状態はもはや維持できなくなる。2002年3月、呉敬璉は「中国産経新聞」が主催した「WTO加盟後わが国の企業が直面する新しい機会をめぐる研究会」において、次のように述べた。「われわれは改革開放を実行している。しかし、人間には怠け癖があり、なかなかそれを変えようとはしない。改革により従来の利益配分が変わる以上、それに伴う痛みもあるはずだ。WTO加盟後、関連する協議と規定のために残された時間はわずかであり、そのため、今からすぐにでも変えないと、われわれに残された道は淘汰のみである」。

中国の経済がWTO加盟によって受ける衝撃は多様な面に及んでいる。その中でも特に重要なのは、中国の金融業界が国際競争の環境の下で、背水の陣を強いられることである。中国の労働集約型製品は世界でも非常に強い競争力を有しており、これこそ中国の比較優位である。もちろん、先進諸国には違う比較優位があり、金融業に強みを持っている。改革開放以降、中国の労働集約型製品はより大きな発展の機会を獲得することができたが、中国の金融業界は完全に異なる状況に直面することになる。これはオリンピックでは、中国の卓球チームは無敵だが、バスケットボールの試合では、アメリカチームには歯が立たないのと同じである。こうした客観的な格差を見逃すわけにはいかない。外資系銀行による衝撃が金融危機を引き起こす可能性がある。例えば、経済活動の心臓と血液循環システムに問題があれば、いくら手足が丈夫でも役に立たないわけである。

現在にいたるまで、わが国の金融改革には相当な混乱があった。国内における金融改革がいまだに軌道に乗っていないにもかかわらず、WTO加盟後の五年以内、外資系銀行の中国国内での人民元業務がすでに許可された。外資系銀行は「国民待遇」を与えられただけではなく、地域制限や業界制限も受けなくなる。どういう訳か、WTO加盟後、中国の開放のスピードが公約したものよりはるかに速くなっている。一例として、最近、シティバンクと東亜銀行が相次いて開業ライセンスを獲得し、中国国内の企業と個人に対して、外貨のサービスを提供することが許可された。これは中国における金融業界の開放度と審査の速度が予想よりも速いことを物語っている。

しかし、じっくり考えると、問題点が存在することが分かった。すなわち、中国の一般の国民はともかく、中国の国有銀行ですらこのような許可を受けていない。なぜ外国人にできることが、われわれ中国人にできないのであろうか。国有銀行による金融業界への独占状態がいずれ破られるものであると分かっているのに、なぜ外資系銀行による衝撃がくるまで待たなければならないのであろうか。

改革の二つの選択肢-漸進的方式とビッグバン方式

現在、われわれには二つの選択肢がある。

一つ目は、WTO加盟に伴う対外開放までに国内開放を先に進めることである。具体的には、いくつかの民営銀行を設立し、民営銀行が国有銀行に対して挑戦することで、徐々に国有銀行の独占状態を打破し、競争により国有銀行の機能を上昇させる。そして国内での競争環境が整った状況の下で、対外開放を考え、外資系銀行の中国市場への参入を徐々に許可を与えていくのである。

二つ目は、国内金融市場における国有銀行の独占を維持する一方で、国有銀行が抱えている問題を徐々に解決していく。そしてWTO加盟の際に約束したスケジュールに沿って、外資系銀行の中国国内の金融市場への参入を許可する。

しかし最終的には、国有銀行による独占状態が維持できなくなることが決定的になる。結局は、われわれが民営銀行を興し、自ら金融独占を打破するか、それとも外資系銀行の参入、つまり、受動的に独占が破られるのを待つか、そのどちらかである。

一番目の方法が漸進的改革である。現在の中国では本当の意味での民営銀行がいまだに存在せず、今すぐ取り組んだとしでも、民営銀行は生まれたばかりの赤ん坊のように、その規模はとても小さく、成長するにはまだ時間がかかる。しかし、長期的に見れば、規模の小さな民営銀行が制度改革に与える意義は、実際の業務での国有銀行に対する挑戦という意味を超えるだろう。民営銀行が成長するにつれて、国有銀行は競争に晒される中で、自らの運営機能と監理機能を改善していくだろう。

二番目の方法の最大のメリットは、一定期間の猶予ができることである。この期間においては、外資系銀行による競争を心配する必要もなければ、民営銀行による競争を恐れる必要もない。その二、三年の間、国内の金融市場では従来のような国有銀行による独占状態がさらに続き、既得権益を有する各利益集団に殆ど影響がなく、現行の利益配分の構造がそのまま維持されることになる。金融改革が日々の話題に取り上げられても、比較の対象もなければ選別もないため、重大な金融不祥事がない限り、いいかげんに改革を進めることが可能となってしまう。

実際、こうした問題を引き伸ばす方法は、結局のところ、急進的改革をもたらすことになる。その結果、中国の金融システムは非常に危険な状況を強いられる可能性が高い。数年後、国有銀行は突然、力の強い競争相手からの挑戦を受けることになるだろう。外資系銀行は人民元業務の許可を獲得したら、中国におけるいくつかの大都市においては人材を集め、業務を展開するだろう。こうした強大な競争相手に対して、国有銀行が対抗できる力はないであろう。

このような開放の順序は、二つの効果をもたらすであろう。第一に、十分な準備が出来ていない状況で、いきなり対外開放すると、短期間には見かけの繁栄を実現することが出来るが、国有銀行の崩壊と金融危機は近い将来に発生してしまう可能性がある。第二に、外資系銀行との格差があまりにも大きいため、開放後、当局はやむをえず約束を破り、逆戻りの道を選択せざるをえない。その結果、信用が大きく傷つけられ、大きな商業利益を失うことになるだろう。こうした結果はいずれも、われわれにとって、重すぎる代価を支払うこと意味する。

サッカーチームを例に取ろう。チームが連敗した時、おそらく人々はコーチを交代せよと騒ぐだろう。それと同様に、もし一つの国有企業が毎年赤字経営をしたら、工場長の交代ということを思いつくであろう。では、中国の金融業界も同様ではないだろうか。われわれは金融領域における開放がいまだに実施されていないから、一度も金融危機に見舞われたことがない。しかし、これは決してわれわれの金融システムが健全であることを意味するものではない。近年の金融領域に累積した多くの金融リスク、そして表面上の安定の下に隠された多くの不安定要因はともかく、実際、われわれは、チャンスをうまく利用せず、即事に金融体制改革を展開し、競争能力を上げることに取り組んでこなかった。このこと自体は、チャンスを見落としたことを意味し、重大なミスを犯したのである。

2002年8月5日掲載

出所

天則経済研究所

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2002年8月5日掲載