中国経済新論:中国の産業と企業

WTO加盟と中国のIT産業の発展
― IT産業の特性を踏まえて ―

中国経済改革研究基金会国民経済研究所

WTO加盟後の中国のIT産業の動向を占うためには、IT製品とIT産業の競争上の特徴を無視できない。一般の製品と違って、大半のIT製品は「モジュール化製品」である。すなわち、機能の異なる部品が顧客ニーズを満たす「全体製品」を構成する。PCは最も典型的なモジュール化製品である。IT製品のこの「モジュール化」という特徴は、他の産業との違いを表しているのと同時に、IT産業の競争上の特徴を表している。こうした競争上の特徴には、合作競争、標準・顧客基盤獲得競争などが含まれる。そしてこれらの特徴は、中国のIT産業の長期発展に有利な条件と不利な条件を同時に作り出している。

一、IT産業の競争の特徴

(1)IT産業における競争の大きな特徴である合作競争

合作競争は、ネットワーク時代における市場競争の新しい特徴であり、ほとんどすべての業界、すべての市場において、メーカーが互いに競争するのと同時に協力し合う姿が見られる。これはIT産業の典型的な状況である。中国の多くの有名なIT企業は、自身の現地化という優位を活用して多国籍企業に部品・パーツや完成品のOEM生産、あるいは代理販売を提供すると同時に、自身のブランド製品を生産し外国製品と競争する。WTO加盟後、外国製品の流入によって、中国のIT企業と海外のIT企業の競争が激化するのと同時に、協力関係がより密接になる。IT製品は「モジュール化」という特徴を有するため、一つの企業あるいは国が一種類の製品の各生産段階を独占することができず、すべての国や企業は、自身の比較優位に基づいてある一定の段階でより活躍することも可能である。

(2)標準の獲得競争はIT産業における競争の主要内容

IT産業の競争のもう一つの特徴は標準の獲得競争である。企業はそれぞれの製品または技術が当該業種の「標準」になるように競争している。「市場標準」となった技術または製品は競争の中で勝ち残れる。マイクロソフトの場合、WindowsがコンピューターのOSの標準となって以来、市場競争の中で向かうところ敵なしである。技術標準の選択は、企業の将来の市場規模と収益(特許料、マーケットシェア)を左右するため、ハイビジョン・テレビ、移動通信から各種のコンピューター・ソフト、ハードまで技術標準の獲得競争が激しい。日米欧は、長い間、IT製品の先端技術を握っており、中国企業は技術標準の獲得競争において追随しているだけで、標準の発起者とリーダーになっていない。現在、移動通信の標準獲得競争において、中国はこれまでの不利な状況を変えるチャンスを迎えている。中国大唐会社の第三世代移動通信標準TD-SCDMAは国際電気通信連合(ITU)で標準の候補の一つに選ばれた。

(3)利用者基盤はIT産業における競争の切り札

一般の製品と比べ、IT製品には大きな「移転コスト」がある。一種類のIT製品の利用者基盤は競争において重要な役割を果たしている。ある消費者が一度MS-Wordを文字処理のソフトとして選択すれば、WPSなど他の文字処理ソフトに変えることは少ない。WPSに変える際には、MS-Wordの購入費用やその学習時間がロスになるだけではなく、新しいソフトを最初から学ばなければならないため、文字処理の効率が低下する。これが「移転コスト」である。さらに、一種類のIT製品の利用者が増えれば、新しい利用者も増える。これは、新しい利用者にとってより多くの利用者と資料・情報を交換したり、学習の心得を交換したりするなど、製品の使用効率を高めることができるからである。このため、一種類の製品の利用者規模は、IT企業が競争で勝つか負けるかの鍵となる要因である。

二、中国IT産業発展の促進要因

(1)比較優位を活かした世界市場への参入

IT産業の協力・競争上の特徴および、中国IT製造業の比較優位は、IT産業の発展に大きな余地を与えた。IT製品は多くの部品から構成される複雑な「モジュール化製品」であり、どこの国もある製品のすべての生産工程を独占することは難しい。また、世界経済のグローバル化、ネットワーク化の傾向が鮮明になっている。このため、IT産業の協力・競争という特徴が際立っている。中国は、IT製品の生産において、低賃金の熟練労働者や関連施設などで比較優位を持っている。また、高いレベルの研究者に関してもコスト面で大きな優位があり、大手IT企業は中国に相次いで研究開発センターを設立した。これにより、中国IT産業は生き残りと発展の余地がある。WTO加盟後、保護政策が次第に廃止されることは、中国企業に激しい競争をもたらす一方、新しい協力のチャンスも与える。このような協力のチャンスをうまく利用して企業の競争力を高めることができるかどうかは、企業自身の努力と交渉の手腕にかかっている。

(2)独自の標準を可能にした巨大な国内市場

中国のIT産業は全般的に遅れているため、多くのIT企業は標準獲得競争において標準の追随者であってリーダーではない。しかし、技術標準は市場のある状況の中で初めて「実質の標準」になることができる。また、標準が実質の標準になって初めて企業に潤沢な利益をもたらすことができる。このため、標準競争は市場に大きく依存する。

中国国内における膨大な潜在利用者の存在は、WTO加盟後の中国IT産業の競争環境のある程度の改善を可能にする。具体的には次の3点である。1. 通信オペレーションサービスなど、ネットワークの特徴が鮮明である業種にとって、WTO加盟後もかなりの優位を保つことが可能である。中国の数社の大手通信業者は、すでに相当な規模の基礎的なネットワークと利用者基盤をもっている。WTO加盟後、通信業者がサービスを改善し、効率を高めることができれば、新しい利用者にとっても魅力がある。2. 中国の大きな市場を利用して第三世代移動体通信標準TD-SCDMAを広め、中国の実質標準にすることである。IT標準獲得競争の特徴の一つは、ある標準が市場で明らかな優勢を獲得すれば、ほかの企業も追随することである。この標準を中国の移動体通信市場の実質標準にするためにすべき事は多い。その一つは、できるだけ早く大手通信業者と設備製造業者の支持を得て市場シェアを確保し、利用者の網羅によってTD-SCDMA標準の「市場化」を進めることにより、第三世代移動体通信市場の競争において勝ち残ることである。3. IT標準を市場に依存しなければならない状況を利用して、標準の使用条件をより有利なものにすべきである。中国のIT産業全体の実力はまだ低く、多くのIT製品において他国の標準を利用しなければならないため、各種の使用料を支払わなければならない。中国は市場の巨大さという優位を利用して、標準の使用でもっと有利な条件を勝ち取ることができる。

三、中国IT産業発展の制約要因

(1)技術の高い海外依存度

中国の多くのIT製品は、核心技術の海外依存度が高い。電子レンジの電磁管、大画面のブラウン管、コンピューターのCPUなどは外国からの輸入に頼っている。ただ、中国はこうした製品の生産工程においてかなりの競争優位をもっているため、この要因は、WTO加盟後もこれらの産業の発展の妨げにはならない。むしろ、関税引き下げにより、海外の生産ラインは中国に移転されるため、こうした製品のコスト低下は国内企業の生産コストの低下につながり、企業の競争優位は強化される。さらに、先端のIT製品の核心部品を除けば、ブラウン管、高レベルの圧縮機、中低レベルのIT製品のICなど、多くの家電と中低レベルのIT製品の核心部品に関し世界的に競争が激しくなっている。WTO加盟後、中国IT企業は、世界各国から仕入れをすることができるようになり、コストを削減することができる。IT技術の海外依存度は、WTO加盟後のIT産業の発展を妨げる最大の脅威になることはない。

(2)外国企業による不当競争

WTO加盟後、短期的に中国IT産業は大きなインパクトを受ける。しかし、これはIT産業の存亡にまで影響するものではない。公平な市場競争の下、競争力のない企業は倒産し、競争力のある企業はますます強くなる。すなわち、WTO加盟後、中国IT産業は、外国企業との競争により大きな怪我をするが、公平な競争環境であれば、技術水準の向上を通じて大きく発展することができる。つまり、「起死回生」のチャンスがある。このため、長期的には、公平な市場競争は中国IT産業の発展の触媒である。

しかし、無視できない問題点として、WTO加盟後、中国IT企業は、海外の大手IT企業による不当競争という市場環境に直面する可能性が高いということが挙げられる。この可能性は次の2つの要因による。

第一に、IT競争の本質は標準獲得競争だということである。その特徴は、利用者を迅速に網羅し、市場を占有して、自社製品と技術を「実質標準」にすることである。この目的を達成するために採られる戦略は2つある。一つは、無料贈呈または安い価格での販売である。利用者が一定の数を超えれば、価格は徐々に引き上げられる。もう一つは、パッケージ戦略である。この戦略はソフトウェア産業でよく採用される。ただ、ソフトウェアの特徴が異なるため、パッケージ戦略の効果も異なる。すべてのパッケージ戦略が不当競争行為あるいは市場を独占しようとする企みになるとは限らない。

第二に、中国では独占禁止と不当競争に関する法制度が整備されていないことである。競争面では、現在、中国は「反不当競争法」があるだけで、しかもこの法律はIT産業の競争に対応していない。企業の独占行為に関する法律はまだ出されていない。

中国は市場競争の健全性を守る法体系を早急に作らなければ、外国企業の不当競争および市場を独占しようとする行為を有効に抑制することはできない。結果的には、海外の大手IT企業が一種の内国民待遇を超える優遇を享受することになる。鼻息の荒い外国大手IT企業の不当競争の前では、中国IT企業にとっての残り僅かの競争優位もなくなってしまう。これは、ソフトウェアなど中国の一部の産業にとって致命的な打撃となる。

四、WTO加盟のIT産業への影響

WTO加盟が中国のIT産業に与える影響については、2つの基本原則(市場参入原則と内国民待遇原則)と、2つの関連問題(技術移転問題と国産化比率問題)にまとめることができる。

(1)市場参入原則

市場参入原則の中国IT産業への影響は主に次の2点に反映される。一点目は、2005年までに情報化製品の輸入関税率をゼロに引き下げることである。これにより中国の主力IT製品は関税の保護を失うため、海外製品との競争が激しくなる。二点目は、国の保護を長期間に受けてきたIT産業に外資の参入が認められることにより、この分野の中国企業は外国企業との競争が激しくなることである。

(2)内国民待遇原則

外国企業は、これまで参入できなかった分野に参入できるようになるだけではなく、中国企業との発展・競争環境が同等になる。これが内国民待遇原則である。WTOの内国民待遇原則により、中国企業は徐々に政府の優遇政策や各種補助政策の保護を失う。IT産業に関しては、重点的な支援対象である集積回路とソフトウェア産業が比較的大きな影響を受ける。

WTOの二国間と多国間交渉において、途上国の利益に密接にかかわる技術移転要求とローカルコンテント(国産化比率)要求は禁止されるようになったため、中国の技術導入とIT産業の発展に大きな影響を及ぼすことになろう。

(3)技術移転問題

中国は、多くの途上国と同じように、合弁に際して相手の外資に先端技術の移転を条件としていた。しかし、この条件は、WTOの「貿易関連投資措置協定」(TRIMs)において資本輸出国である先進国の圧力により禁止項目となった。

(4)ローカルコンテント要求

投資受け入れ側は、合弁企業に対し、原材料・設備・部品の100%現地調達を求めていた。しかし、この現地調達要求も、WTOの「貿易関連投資措置協議」の禁止項目となった。「技術移転」と「現地調達」は、従来、中国が「市場で技術と交換する」という目的を実現するための手段であった。WTOの枠組みの中、この2つの手段が使用できなくなるため、中国のIT産業の発展に重大な影響を及ぼすことになる。

中国のWTO加盟後、外国企業は最恵国待遇・無差別原則の下で、輸出や直接投資を通じた中国市場への参入が容易になる。中国が比較優位を持つ労働集約型分野において、益々競争力を発揮できる一方、比較優位を持たないハイテク分野においては、外国企業の攻勢の前に調整を余儀なくされよう。IT部門に関しては、家電やコンピューター・その周辺機械の製造の成長が見込まれるが、技術が多国籍企業に独占されている分野では中国は益々不利な立場になる。

2002年7月22日掲載

2002年7月22日掲載

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