中国経済新論:中国の産業と企業

補完しあうIT産業と伝統産業

中国経済改革研究基金会国民経済研究所

中国経済改革研究基金会国民経済研究所は経済改革、経済発展に関する研究活動を行っている非営利、非政府の研究機構である。大衆、企業、政府機構に研究成果と政策分析を提供することを目的としている。研究所では中国経済体制改革の促進に加え、経済研究体制そのものの改革にも取り組んでいる。なお、所長である樊綱氏はポスト文革世代をリードする経済学者の一人である。

現在のIT革命は、蒸気機関車、電力、電報などが現れた時と同じように世界に莫大な利益をもたらすかどうかについて疑問視されており、また、「重要でないおもちゃ」(insignificant toys)と揶揄されているが、IT革命が世界経済に大きな変化をもたらしたことは否めない事実である。米国のニュー・エコノミーのバブル崩壊は、20世紀90年代半ば以降の繁栄に打撃を与えた。しかし、人々は、IT革命を契機とし、知識革新を原動力とする成長方式が再び新しい世紀を主導することを信じている。過去数回の技術革命において「見捨てられた」途上国である中国は、先進国を追い越す機会を再度失いたくない。このため、中国の経済発展計画において、IT革命を迎え情報産業を発展させることは重要である。

しかし、中国はまだ発展途上国である。情報産業と新経済を発展させる時、まだ完成していない工業化という事実に直面している。このため、中国は情報産業の発展と伝統産業の発展の間における関係をうまく処理しなければならない。伝統産業は、情報技術を応用して産業の更新・改造と高度化を実現する。一方、新経済の発展は、伝統産業のIT応用により広いマーケットを見つけることができると同時に、伝統産業の不充分な発展により障害に見舞われる。このため、どのように比較優位の理論を使って、IT革命と伝統産業の調和のとれた発展を得るかは特に重要となっている。

一、IT産業の発展を制約する要因

中国のIT産業は急速に発展し、国民経済に占める地位もますます重要となってきているが、工業化がまだ完成していない後発国家においては、IT産業の発展にとって伝統産業の不十分な発展が制約要因となる。

まず、中国の工業化はいまだに完成されておらず、伝統産業の発展の立ち遅れがIT産業発展を妨げている。例えば、電話の普及率が低いなど通信インフラの不足により、インターネットを利用したい人々を満足させていない。物流システムの遅れが電子商取引の発展に深刻な影響を与えている。金融面でも、ベンチャー・キャピタルが発達していないため、IT産業にとって重要な資金調達手段が制約されている。伝統産業の遅れ、経済発展水準の遅れなどにより、所得水準が低く、IT製品の消費も制約されている。国際電気通信連合(ITU)の調査によると、中国国民の所得に対する電信支出の割合は小さい。これは、中国の通信料金が低いことによるものではなく、中国国民の消費能力を反映しているのである。

次に、市場化が完成されていないため、一部の領域、特にITと密接に関連している領域(例えば通信業界)では深刻な独占局面が存在し、これらの領域における競争と速い発展及びITインフラ設備の利用を制限している。例えば、中国の有線テレビは非常に普及しているが、インターネット通信には有効に利用されていない。有線テレビ、電気通信、そしてパソコン網の三つを一つに統合する根本的な問題は、決して技術問題ではなく、むしろ部門独占問題である。つまり、ケーブル・テレビと電気通信は異なる部門に管理・支配され、両方にとっても相手の市場への参入には大きな障害が存在している。

国際比較から見ると、中国は固定電話普及率とクレジットカード保有数において先進国と極めて大きな差がある(表1)。米国の固定電話普及率は66%に達しているのに対し、中国は僅か20%に過ぎない。これは、通信インフラの脆弱性を反映している。クレジットカード保有数では、格差がもっと大きい。日本では、100人あたりのクレジットカード保有数は441枚に達しているのに対し、中国は6枚にとどまっている。クレジットカード保有数が少ないことは、ネット決済を制約し、電子商取引の発展を制約してしまう。

表1 固定電話普及率とクレジットカード保有数(%)
固定電話普及率クレジットカード保有数
米国66267
カナダ63223
イギリス56138
フランス5758
ドイツ57106
日本50441
イタリア4548
韓国43140
ブラジル1250
中国206
(注)Morgan Stanley Dean Witterインターネット研究によると、11である。
(出所)Morgan Stanley Dean Witterインターネット研究、World Bank, IDC, Jupiter Communications, Kagan Associates。

また、中国は発展途上国であり、先進諸国との間には、技術上での大きなギャップが存在している。中国が海外から技術と特許を導入するには、高額なコストが伴うことになる。これらの高額なコスト(及びその他の発展途上国)の存在によって、中国がハイテク技術を応用し、IT産業を発展させるには非常に難しいハンディに直面することになる。これはIT産業発展のもう一つの障害となっている。図1から分かるように、1998-2000年中国におけるIT特許の申請の内訳を見ると、殆どが国外の会社に独占されていた。その中で、上位六位にランクインされたのはいずれも外国の会社、すなわち三星、松下、NEC、ソニ、シーメンスとフィリップスである。総体的に言えば、80%のIT特許は外国の会社によって完成されたものであるのに対して、中国の会社はわずか10%しかない。多額の技術特許使用料金は中国企業にとって、新しい技術をもち、新経済を発展させるには、大きな障害となっている。

図1 中国におけるIT特許の申請 (1998-2000)
図1 中国におけるIT特許の申請 (1998-2000)
(出所)中国知識産権局

二、企業調査の結果

国家経済貿易委員会は、各地の経済貿易主管部門・企業に対しアンケート調査(注1)を行った。その結果から以下のような問題が見て取れる。

(1)脆弱なインフラ

調査によると、60.6%の管理者がインターネットのインフラ整備は電子商取引の発展にとって重要であると考えている。これが電子商取引の2番目の制約要因である。1位はネットの安全性である。公共インフラの脆弱性に対処するため、一部実力のある特大型企業は自分で資金を出し、専用線、専用ネットワークをつくった。中石化、華北電力などである。しかし、これは重複投資、資源の浪費である。一方、インターネットの使用料が高く、スピードが遅いこともインフラの脆弱性を反映している。

(2)希薄な社会信用

社会信用は、情報経済、電子商取引の育成の時になって始めて重要となるということではない。実際、社会信用とモラルは市場経済の基本である。しかし、中国は市場経済化に取り組んでいる最中であり、良好な信用システムがまだできていない。この点もIT産業の発展の制約要因である。

(3)標準化問題

638社に対する調査によると、製品番号の標準化において、すべてコードを導入した企業は全体の19.9%に過ぎず、部分的に導入した企業は45.8%である。管理科目の標準化では、すべてコードを導入した企業は13.2%、部分的に導入した企業は43.8%である。業界の標準がないため、多くの企業は独自に企業、製品、物流などのコードをつくった。資源の浪費になるだけでなく、企業間の情報の流れと物流の妨げとなっている。また、工商、外為管理、国税、税関、銀行、対外経済貿易部(許可証)などのコードも異なるり、企業はそれぞれの省庁に対応しなければならないため、重い負担となっている。

(4)ネット決済の問題

案件調査によると、46.8%の管理者は「ネット決済システム」は電子商取引にとって「非常に重要」であると考えている。具体的には、各大手商業銀行の間の業務が連携されておらず、資金の移動が極めて難しい。そのため、決済は、人民銀行を通じて行わなければならない。時間もかかる。華東地域は1日、新彊は1週間かかる。

三、中国伝統産業における情報技術の応用とその成果

情報技術の発展の経済学的な役割は、情報コストの節約を通じて取引費用を低下させることである。これまで、人類の歴史において3回の情報技術革命があった。1回目は紙印刷技術の発明とその広がり、2回目は、電話・電報の発明と使用である。この2回の情報技術革命は、情報伝播のコストを低下させたため、非情報産業の発展を大きく推し進めた。紙と印刷技術は、ヨーロッパが暗黒時代から抜け出した最も重要な発明の一つと言われている。電話電報は、市場経済特に経済のグローバル化に直接に働いた。同様に、コンピュータ、ネット通信技術を代表とする3回目の情報技術革命は、伝統産業を含めたすべての産業に真新しいプラットホームを提供することによって、伝統産業のより効率的な発展を促進する。この意味から、中国の伝統産業はなるべく早く情報技術の提供するプラットホームを利用して、自らを強化・発展し、競争力を高めるべきである。

米国のニュー・エコノミーの成果と中国企業の情報化の実践から分かるように、伝統産業がITを利用して自身を改造することは、各種の取引費用を削減するだけでなく、マーケット、技術、管理、コスト節約の4つの面でメリットがある。

(1)マーケット

情報産業は産業高度化の重要な推進力であり、マーケットを勝ち取る力である。先進国の産業構造の高度化は主に情報産業化の進展で実現される。すなわち、技術革新が産業構造の転換を引き起こした時に、情報技術の導入を通じて産業構造の変革を促進し、経済発展のための良い市場環境を整えるということである。中国の伝統産業の中の製造業は、現時点で技術力がかなり遅れているが、中国経済の世界経済との一体化に伴い、中国は世界の加工基地になることが可能である。将来の情報技術、空間技術、レーザー技術、バイオ技術、新素材技術などの分野の飛躍的な発展は、製造業を介して具体化することができる。コンピュータ、テレビ、電話、航空機、自動車、遺伝子関連製品、レーザー、人工衛星、スペース・シャトル、光ファイバー、インターネットなど斬新な製品を作り出すことができて、それによって世界市場でシェアを獲得することができる。

(2)技術面

ここ30年間の情報技術の盛んな発展は、社会生活の各方面に影響を与えているだけでなく、関連産業の誕生と変化をももたらし、各産業の技術力を絶えず高めている。統計によれば、中国の37の経済セクターにおいて、工業間接情報産業セクターの感応度が最も高く、電子情報産業セクターはすでに9位になっている。また、電子情報産業、情報構築業(「建築業」)及びその他の直接情報セクターの牽引度は37セクターの中、各々4位、5位、10位になっている。こうした統計は、情報産業がすでに国民経済発展にとって重要な基礎となっており、国民経済の技術進歩にとって大きな推進力になっていること、情報産業は伝統産業に影響を与えたばかりで今後伝統産業を改造する余地が大きいこと、を反映している。

(3)管理面

情報技術の発展は、管理者と被管理者との間の認識、協調性などを強化し、生産効率・経済効率と利益を引き上げ、生産組織と経営モデルの変革を促進した。中国では、体制上の関係で、企業管理者の考課と任命、技術面の考課の力が足りない。しかし、ITを応用した後の新型生産方式は新型の管理モデルに互いに対応しなければならない。企業の情報化における一つ大きな課題は、どのように管理方式を変えて企業情報化の進展に対応するかということである。これは、伝統産業で情報技術を広く応用することは、企業の従来の管理モデルに変化をもたらすことを意味する。

(4)コスト面

情報技術の応用が取引費用など各種のコストを削減することについてはすでに触れた。製品販売面でみれば、情報ネットワークを通じて、企業は在庫を最小に抑えることができる。調査によれば、伝統産業の販売体制では小売の効率は高くない。国家統計局の統計によると、90年代の中国企業の在庫は最も少ない年でも4000億元で、7500億元に達した年もあった。また、別の調査によると、中国の小売店の更新率が20%にとどまっている。このことは、伝統的な経営方法では販売段階でも多くの資源が放置され浪費されていることを意味している。中国の企業が、市場の情報に対する理解により20%の損失を減らせば、中国は年間1000億元を節約することができる。この1000億元を脆弱なインフラの整備に投入すれば、それによってもたらされる経済効果は計り知れない。

四、中国経済成長を支える主要産業である伝統産業

われわれは、近い将来、IT産業が国民経済発展の柱となることを期待しているが、経済成長を支えるのはやはり伝統産業であろう。

まず、一国の経済発展段階により異なる競争力を持つ産業構造がある。中国の場合、現在の発展段階から判断して今後しばらくの間、競争力をもつ産業は依然として伝統産業である。

先進国では、所得と生産コストの上昇により、一部の産業は比較優位を持たなくなる。しかし、こうした産業は途上国においてまだ優位を持っていることがある。労働集約型産業は、中国のように大量の余剰労働者を抱えている国にとって比較的適している。つまり、先進国にとって最も優れた産業構造は、途上国にとっても最も優れた産業構造とは限らない。先進国のニュー・エコノミーという産業構造へ中国の産業構造を調整していくことは適切でない。伝統産業の発展を重視、つまり先進国ですでに競争力を失ったあるいは失いつつある産業を発展させることは、まさに経済学上の簡単な理論である比較優位論の応用になる。

次に、中国における新産業は需要創出の面において伝統産業に及ばない。

今日の先進国では、住宅、自動車、家電、観光、都市化、高速道路などいわゆる伝統産業は数十年あるいは百年近くの発展を経て、こうしたものに対する需要の満足度はすでに高い水準に達した。むしろ需要は減少し始めており、経済成長は相対的に低下している。新技術革命やグローバル化によってもたらされる新しい需要がなければ、経済は再度高い成長を実現することができない。情報、ネットワークなどの産業が新経済を支える新興産業であると言われているのは、経済成長の主要な原動力となったためである。先進国では、新技術革命が起きたが、最初は仕事の効率を高めたのではなく、新しい「購買の対象」、つまり需要を生み出したのである。コンピュータ、ソフト、マルチメディア、ネットワーク、移動体通信など、人類の物質的・精神的生活の「新しい道具」は、新しい市場を形成し、新しい産業の発展をもたらし、人々の所得に新しい増分をもたらし、全体の経済成長をもたらした。

しかし、中国は状況が違う。中国経済の基盤はまだ脆弱である。住宅、観光など先進国にとっての伝統産業は中国ではまだスタートしたばかりである。このため、中国は今後、かなり長い間、途上国として、新経済のために基礎作りを着実に行わなければならない。新技術と新興産業の出現は、確かに新しい需要を創造したが、こうした新しい需要はその他の物質生活が創出する需要ほど大きくない。

第三に、伝統産業は、今後、かなり長い間、中国の経済成長の源泉である。

先進国にとって、現在の経済成長は確かに新興産業によってもたらされた。米国では新興産業は経済成長率を年平均3ポイント押し上げた。しかし、中国は途上国であり、新興産業の発展は速いものの、技術が相対的に遅れており、制度上の適応できないところがあるため、経済成長の押し上げ効果は2~3ポイントにとどまっている。途上国として、中国は2~3%の経済成長で満足してはならない。年平均成長率は7~8%と、より高い成長率を求めるべきである。このため、残りの5~6ポイントの成長率は、伝統産業に依存するほかない。予知可能な将来において、伝統産業はより速く成長し、中国の高い成長率の主な源泉となろう。

本文は中国経済改革研究基金会国民経済研究所と経済産業研究所の共同研究プロジェクト「中国の『新経済』:機会と挑戦」の一部に基づいて作成したものである。

2002年5月7日掲載掲載

脚注
  • ^ 国家経済貿易委員会は、各地方の経済貿易主管部門、中央管理企業、520社の国家重点企業と地方主要企業に対し1300部のアンケート調査表を出した。有効回答数が638部である。全国の30省・自治区・直轄市(チベットを除く)をカバーする。業種は、冶金、石油、石化、機械電子、軽工業・紡績、国内外貿易など30業種で、そのうち国有および国家が過半数以上の株を保有している企業が87%、特大型・大型企業が78%を占める。

2002年5月7日掲載

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