中国経済新論:中国経済学

林毅夫教授の学術思想

胡書東(整理)
1997年北京大学中国経済研究センター後期博士課程入学

林毅夫
北京大学中国経済研究センター所長

林毅夫教授は厳粛な学術態度で知られている。彼の研究は、発展経済学、中国の経済改革と発展といった広範囲の問題に及び、実に豊富な学術思想を形成している。しかも、彼の論理は整然としており、一貫性を持っている。それは、企業の自生能力をミクロ的な基礎とし、要素賦存存量、政府の発展戦略及び内在的に形成された政策制度を中心に展開したものである。

「追いつき追い越せ」の発展戦略の限界

林毅夫教授は制度の内生性を非常に重視している。彼は早々と80年代の後期から、中国の伝統的計画経済体制は、社会主義の本質的な特徴ではなく、むしろ重工業を優先的に発展させ、先進諸国に「追いつき、追い越せ」という発展戦略の結果であると主張している。従って、経済体制改革を成功に導く前提は、こうした発展戦略を完全に放棄することにある。さらに、計画体制の一部分としての伝統的国有企業体制も同様に、「追いつき、追い越せ」の発展戦略に内在的に関係しているという。改革開放まで中国で遂行されていた資本集約型重工業優先発展戦略は、典型的な「追いつき、追い越せ」の発展戦略であった。これは中国伝統経済体制が形成される起点である。価格を歪めるマクロ経済の環境、計画による資源配分制度、さらに自主性のないミクロ的な経営体制は、重工業を優先的に発展させる戦略によって形成された三位一体の内生的要素である。伝統計画体制は、「追いつき、追い越せ」の目標を実現するどころか、逆に改革開放まで経済成長は停滞し、長い間人々の生活は改善されないという結果をもたらしていた。中国の経済改革は漸進的な方法を採用し、改革以来の経済の急速な発展を実現した。そのカギは、この三位一体の伝統的経済体制を改革し、徐々に市場メカニズムを導入させ、その結果、中国が持つ資源の比較優位を十分発揮できるようになったことにあるという。

企業の自生能力

林毅夫教授は一貫して市場志向の改革を主張してきた。彼は、市場経済を実現し、合理的市場価格メカニズム、そして競争的市場と情報指標の体系を形成させることで、国有企業改革に良好的な外部環境を提供することが最も重要であると主張している。また、国有企業が背負っている政策的負担(社会保障負担と「追いつき、追い越せ」戦略を実行する負担)から解放し、国有企業の自生能力を育成することは、国有企業改革を成功に導くカギであると考えている。従って、彼は私有化こそ国有企業改革を成功に導く唯一の方策であるという考え方に反対し、仮に国有企業が自生能力を持っていなければ、私有化しても国有企業改革は成功できないと主張している。改革と発展における多くの問題は、国有企業が自生能力を持っていないことに由来する。中国における漸進的改革の成功と旧ソ連・東欧におけるビックバン改革の失敗は、林毅夫教授の企業自生能力に関する見解の正しさを証明している。企業自生能力を軽視することこそ、主流経済学が改革と発展に対して現実的な指導の役目を果せなかった原因である。主流経済学理論は、企業が自生能力を持っていることを前提にしているが、発展途上国と移行期にある国家では広く受け入れられた「追いつき、追い越せ」という発想の下で、多くの自生能力を持たない企業が実際に作られてしまったのである。従って、改革と発展という問題を解決することに当たって、主流派経済学は非常に無力であることを露呈している。

比較優位戦略

林毅夫教授は中国及び東アジア地域における経済発展の問題を深く研究した上で、世界各国の経済発展の経験と教訓を総括し、独自の発展経済学の理論仮説を提示している。第二次世界大戦以降、殆どの発展途上国は先進諸国との産業、技術上のギャップによる後発性の利益を発揮できず、収入面でも先進諸国との格差を縮めることができなかった。その原因は、発展途上国が間違った発展戦略を選んでいたことに由来すると林毅夫教授は主張する。

発展途上国にとって、先進諸国との産業及び技術格差をなるべく早い段階で縮小させる動機は強い。しかし、要素賦存条件に制約され、彼らは資本集約型の産業と技術を発展させるのに必要な比較優位を持たない。仮に資本集約型産業への参入や技術の導入を選べば、自国の企業は開放的で、自由な競争的市場において、自生能力を持たないことは一目瞭然である。比較優位を持たない産業を優先的に発展させるために、発展途上国の政府はよく比較優位に反する戦略を選択し、金利、為替レート及びその他の価格を歪めることによって、自生能力のない企業を政策的に支援し、また、行政手段を使って、歪められた価格の下で、直接的にこうした企業に資源を配分しようとするのである。その結果として、発展途上国で先進技術を活用するハイテク産業を育成しようとしても、こうした産業及び技術の選択は経済の比較優位に一致していない。また、金融市場の発展も抑制され、対外貿易の発展が阻害を受け、レント・シーキングの現象が頻繁に発生する。さらにマクロ経済が不安定化し、収入分配が不平等になるなど、国民経済全体は十分な競争力を持たず、収入の面においても先進諸国との格差を縮小することができない。

このように、一国の産業と技術の構造は、その要素賦存構造と内在的に関係している。一国の発展政策は、要素賦存構造の水準を上昇させることを目標に設定すべきである。この目標を達成するには、企業は、現在の要素賦存量によって決定される比較優位に基づき、産業、製品と技術を選ぶような政策環境を作らなければならない。その中核となる製品と要素の市場の中では、市場価格が製品と要素の稀少性及び需給関係を正確的に反映するため、これをベースに企業と個人が要素賦存の構造によって決定された比較優位を発見することができる。

発展段階に依存する金融制度のあり方

中国の金融制度改革の問題に対して、林毅夫教授は、金融制度の基本機能は資金を誘導し、配分することにあり、資金誘導の能力は配分の効率によって決定されると指摘している。金融制度の効率は、その資金配分の効率によって決定され、いわゆる効率的な配分とは、資金を回収率の最も高い産業における最も効率のある企業に配分することである。発展段階、そして要素賦存構造の違いによって、最も効率のある産業、つまり比較優位に最も沿っている産業及びその産業における最も効率のある企業の性格も異なる。従って、直接金融と間接金融の使い分けが発展段階に伴って変化する。多くの発展途上国は、良い金融制度の要素として銀行の規模の拡大と資本市場の発展を追求してきたが、効率的な金融構造が発展段階に依存することを無視した結果、金融危機を招いてしまったのである。発展途上国にとって、労働力は相対的に豊富であるのに対して、資本は稀少であるので、中国にとって最も比較優位のある産業は労働集約型産業であり、最も自生能力のある企業は比較優位のある中小企業であることが分かる。このような産業及び企業構造に対応する金融構造は、中小企業を対象にしている中小銀行を主体とした間接金融が主導的な地位を占める現代金融体系である。

林毅夫教授によると、上述した金融制度の形成は主に取引コストと情報コストによって決定されるという。労働集約型の中小企業が必要とする資金が小額で、しかも各地に分散しており、大銀行などの大型金融機関はこうした企業の経営と信用情報を獲得するコストが非常に高い。従って、中小企業は大銀行から融資を受けることは難しい。直接融資を利用しようとしても、その規模が小さく、株や債券などの発行費用を負担できない。上場の資格を獲得することは何よりも難しい。従って、中小企業は一般的に直接金融に頼らない。

一方、大銀行が大企業を優先させることは当然である。なぜなら、銀行の取引金額に関係なく、一回の取引にかかる情報コストとその他のコストが殆ど変わらないため、銀行は取引金額の大きい大企業に対する貸出に伴う平均コストが金額の少ない貸出のそれを大きく下回るからである。これに対して、中小銀行の資金規模は小さいため、大きなプロジェクトを担当する力を持たず、中小企業をターゲットにするしか仕方がない。しかも、中小銀行は中小企業と同様に、各地に分散し、現地の中小企業の資金情報及び経営情報をよく把握し、情報コストも低いため、中小企業にサービスを提供することに優位を持つ。

農業の市場化

中国は農業大国であり、農業、農村及び農民の問題は一貫して中国の改革と発展の根本的な問題である。林毅夫教授は、まさしく農業問題から着手し、経済学研究の道を歩むようになったのである。中国の農業問題に関して、彼は一貫して市場志向の改革を主張してきている。80年代後期、中国の農業が行き詰まったとき、一部の人は家族請負制の適性に疑問を抱き、集団耕作制に戻ろうとしていた。これに対して、林毅夫教授は、数多くの実証研究を行った上で、このような見方を理論的に否定したのである。彼はチーム監督の理論を農業経済学に導入し、人民公社体制における集団耕作制度が不成功に終わった根本的な原因は、農業生産の時間的、空間的な特徴を反映した労働者の監督問題を解決できなかったことにあると解釈している。厳密な計量分析を通じて、林毅夫教授は、家族請負制こそ、1979-1984年に中国の農業が大いに発展を遂げた主要な要因であることを証明したのである。彼は一貫して農村における市場化改革を深化させ、各レベルの政府組織の食糧を含む農業の生産経営活動に対する行政関与を減少させることは、問題解決の基本であることを主張してきている。また、彼は農村におけるインフラ整備を加速化する「新農村運動」によって、中国のデフレを解決することを主張している。さらに、1959-1961年の中国における農業大危機に対する彼の研究は中国国内だけではなく、国際的にもよく知られている。

誘致的制度変遷と強制的制度変遷

林毅夫教授の制度経済学に関する研究も国際経済学界では有名である。主流経済学では、制度と技術を与えられた前提条件と見なし、研究の対象として取り上げられなかった。これに対して、制度経済学は制度変遷を経済学の体系における内生変数として取り入れることが、そのが成功の秘密である。しかし、新制度経済学は経済学における新しい分野であり、まだまだ改善の余地はある。特に理論の仮説には厳密な実証が欠けている。林毅夫教授の研究の特徴はまさに実証研究を通じて、新制度経済学における一つの大きな欠点を補っていることである。彼は政府主導の強制的制度変遷と民間の経済主体が自発的に行う誘致的制度変遷を区分した。また、中国における非市場的な制度環境に対する分析にまで制度経済学の理論を応用し、制度経済学の理論範囲を拡大する一方、中国の経験に基づき、従来の理論仮説に対する検証と修正を行ってきている。彼は経済発展のプロセスは技術変遷のプロセスでもあるという認識に立って、誘致的技術変遷の学説における二つの理論仮説、すなわち市場需要誘致性の仮説と資源要素賦存変動誘致性の仮説に対して、深く研究を重ねた上で、中国の農村における技術の革新に対する実証分析を行い、豊富な研究成果を挙げている。

2002年5月13日掲載

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