中国経済新論:世界の中の中国

アジア通貨協力は中国にとって必要である

何帆
中国社会科学院世界経済・政治研究所

1971年、河南省生まれ。1993年海南大学経済学院を卒業。1996年、2000年に中国社会科学院大学院より国際経済学修士と博士学位を取得。 1998年から2000年までの間、ハーバード大学経済学部に客座研究員として留学。現在、中国社会科学院世界経済・政治研究所において、当研究所が発行 している専門誌「世界経済」の編集を務める。国際金融、国際政治経済学及び制度変遷理論などの領域において、研究活動を展開している。

第二次世界大戦が終結した頃の東アジア地域は、世界で最も発展が遅れている貧困地域であった。その自然条件と経済基礎はアフリカにすら及ばなかったという。だが、わずか半世紀後、「東アジアの奇跡」と呼ばれるほど、東アジア地域は世界経済の注目の的となった。しかし、国際政治経済体系における東アジアの地位は、それが持つ経済の実力とは大きくかけ離れている。その原因の一つとして、アジア地域の国家間には政治と経済面での提携が欠けていることが挙げられる。かつてチャーチルは、ヤルタ会議で、アジアはただ地理的な概念にすぎないと語っていた。確かに、もし地域提携が欠ければ、アジアの国家と地域は、ただ太平洋に浮かんでいるいくつかの繁栄した孤独な小島にすぎない。

1997年に勃発したアジア金融危機は東アジア地域全体に巨大な経済損失をもたらしたと同時に、アジア諸国と地域に通貨協力の重要性と切実性を思い知らせた。

まず、一つの国で発生した金融危機は、すばやく近隣諸国に波及した。アジア金融危機に際して、各国や地域は相次ぎ本国通貨の切り下げを行ったことも危機の深刻さに拍車をかけていた。これは、グローバル化が日々増している世界経済の中、金融危機の嵐を避難できる安全島がどこにもないことを意味している。

次に、危機期間において、国際通貨基金(IMF)といった従来の救援機関のパフォーマンスは非常にがっかりさせるものである。苛酷、そして不適切なコンディショナリティー(conditionality)は、危機を緩和したどころか、危機に陥った国の人々の状況をより一層に悪化させていた。APECのような従来の地域経済協力組織も、地域の通貨協力を有効に推進することができなかった。さらに、中長期の観点から見ると、地域通貨協力を通じた、連合為替制度ならびにアジア通貨地域の形成は、成り行きである。「国際金融の三位一体説」によると、為替レートの安定化を図るには、一国の政府は、資本の自由流動あるいは国内金融政策の自主性を放棄しなければならない。その中、国内金融政策の自主性が放棄される政治的なコストは異常なほど高いかもしれない。金融グローバル化が進む中、一つの国が資本項目の管理を行うことはますます難しくなり、その機会費用も高まっている。有名な国際経済学者Eichengreenによれば、開放された国際資本市場の中、国内政策設定の政治化に伴い、通貨連盟は変動為替制度以外の唯一の選択であるという。最後に、地域通貨協力は、現在の不公正な国際通貨体系を改革するために、有益である。現在の国際通貨体系の主な特徴は、ドルの主導的な地位にある。ドルは世界通貨とほぼ同じである。これによって、アメリカは巨大な経常赤字と1.5兆ドルの外債を背負うことになったが、そのほかの国がアメリカ人の勘定を支払っている。東アジア通貨危機以降、東アジアでは1兆ドルに上る外貨準備が低いリターンの運用を強いられる。ユーロの誕生はドルの覇権に挑戦したものである。ノーベル経済学賞を受賞したロバート・マンデルの予測によれば、これからの20年間に、ドル圏、ユーロ圏、そしてアジア通貨圏といった三つの地域が同時に存在するという。東アジア諸国のより一層の緊密なる団結は、より合理的な国際通貨体制へと踏み出す重要なプロセスになるだろう。

今現在の状況を見ると、アジア通貨協力は最初の提唱段階と話し合いの段階から、徐々に実務的な建設段階に入ろうとしている。アジア金融危機が発生してまもなく、日本政府は、通貨危機に陥った国家を援助するために、アジア、中国、韓国及びASEAN諸国によって構成される「アジア通貨基金」を設立し、1000億ドルの資金を調達する構想を発表した。しかし、この案はすぐアメリカ政府とIMFの反対に遭い、実現することがなかった。だが、「アジア通貨基金」が提唱された意義は、アジアの通貨協力の案が政府レベルにおいて、正式に論じられたことにある。その後、この問題をめぐって、各国政府と学者たちの間に、幅広く論議が展開され、さまざまな提唱が提示されていた。たとえば、日本政府の「新宮沢構想」、マレーシアのマハティール首相の「東アジア通貨基金」の構想、そして韓国対外経済政策研究院の「アジア融資協定」の構想などである。2000年5月、ASEAN(東南アジア諸国連合)及び中国、日本、韓国の三国の大蔵大臣がタイのチェンマイで「チェンマイ・イニシアティブ」に合意した。それによると、東アジア諸国は、資本流動のデータ及び情報の交換、地域援助ネットワークの建設、各国政府による通貨協力の枠組みの強化などを合意した。2000年8月、ASEANと中国、日本、韓国三国の中央銀行は、通貨交換(スワップ)計画の規模を2億ドルから10億ドルまで拡大した。「チェンマイ・イニシアティブ」の構想は、従来のアジア通貨基金よりかなり低調のように見えるが、しかしこれこそアジア通貨協力は、机上の空想から現実の政策に変わろうとしていることを物語っている。

アジア通貨協力が実現に向かって、絶えず進展できたのは、東アジア諸国の国家利益に一致しているからである。最近の20数年間、円とドルの為替レートは大きく変動してきた。このような頻繁な変動は、日本経済に非常にマイナスの影響を与えた。為替レートの頻繁な変動を受けて、対外貿易に携わる企業と金融機構は為替ヘッジするために、余計なコストを負担しなければならない。これは、国際貿易の正常な発展を妨げている。そして、円高は、日本の輸出競争力の低下をもたらし、日本企業の経営をより困難なものにしただけではなく、これを通じて、金融機関が抱えている不良債権を膨らませた。これに対して、円安は、競争力を上昇させ、日本経済の困難を緩和させる働きはあるが、ゆがんだ資源配置をもたらし、日本企業と政界が抱えている構造改革という長期対策を妨げる。また、日本は東南アジアに大量の対外投資があるため、アジア通貨協力の成功は、日本投資家たちの利益を有効に保証することを意味している。大きな国と比べれば、小さな国のほうは、為替レートの頻繁な変動に耐えられない。これこそ東南アジア諸国と韓国もアジア通貨地域を積極的に賛成する理由である。

中国の国家利益から見ると、中国もアジア通貨協力に積極的に参加すべきである。

まず、中国は東南アジア金融危機の際、直接に国際投機基金の衝撃を受けたことがなかったが、輸出は影響を受けた。各国の通貨が相次ぎ値下げ競争に参入する中、人々の人民元の切り下げに対する期待も、中国のマクロ政策に圧力をもたらした。アジア各国が、マクロ政策での意思決定、そして、金融監督における提携を強化することは、金融危機の再発や「窮乏化政策」の回避には有益である。これは、結局、中国経済発展により望ましい環境をもたらすことになる。

次に、中国は台頭しつつある大国である。全世界、特にアジア近隣諸国は、中国の台頭に非常に関心を抱いている。多くの国は、中国の台頭が近隣諸国の経済発展と地域安全に脅威を与えることを懸念している。そのため、摩擦と抵抗を減らすために、中国は建設的な態度で地域経済の提携に臨むべきである。地域の通貨協力はまさしくアジア経済協力の新しい焦点である。日本経済の不況はいまだに続き、日本政府のアジア通貨協力に対する熱意を下げている。もし指導者がいなければ、アジア通貨協力の実現はうまくいかない。中国は潜在的な指導者として、提唱者や調整役を発揮することによって、この地域において、ますます重要な役割を果たすことになる。もう一歩突っ込んでいうと、中国経済の実力と経済開放の程度が上昇するにつれ、将来、人民元が国際通貨体系の中での位置付けは、もはや政策の意思決定者にとって、考えておかなければならない課題である。人民元の国際化という問題も、地域通貨協力の枠組みの中で議論を展開すべきである。

最後に、われわれは、アジア通貨協力の収益が決して金融危機を防いだり、危機援助をするといった直接的な利益だけではないことを強調したい。すなわち、アジア通貨協力は、プラスの外部効果という間接のメリットをもたらしてくれる。たとえば、貿易面における経済協力や地域内の安全保障協力に有益である。中国は経済グローバル化に参入していくプロセスの中、さまざまな外部リスクにさらされるが、地域経済協力はこういったリスクを減少する避難港になる可能性が高い。通常、地域通貨協力は、マクロ経済協調、地域的危機の防止体制、為替レートの安定体制や共通通貨などのいくつかの段階を含む。現在、われわれはアジア通貨協力の初期段階に留まっている。今の状況を見ると、各国の共通の認識と信頼を深めることは、最も重要な目標となる。われわれは、議題を互いに関連させることを通じて、地域内の経済の全面的な協力を推進させる必要があると思う。

地域経済協力の歴史から見ると、自由貿易圏の成立は通貨協力より早い。しかし、アジアにおける面白い現象の一つとして、通貨協力の進展は自由貿易圏の成立より早いのである。その原因の一つには、多角貿易交渉にあたって、各国の国内において、必ず自由貿易を原因に利益の損害を受けた特殊な利益集団は、自由貿易圏への参加を反対することが挙げられる。しかし、通貨協力は、主に政府間の話し合いによって、決められるため、政治的な圧力は比較的に小さい。現在、二国間の自由貿易協議を締結することによって、東アジア諸国間の自由貿易化が非常に速い発展を遂げた。これは、貿易協力と通貨協力の一体どれが先なのかという議論を再び引き起こした。われわれとしては、貿易協力と通貨協力がそれぞれ異なる具体的な議題を含んでいるため、現実では両方を同時に展開する中、コストの最も低く、達成の最も易しい議題を次々と克服することが考えられる。この対策のメリットは、小さな成功が大きな成功を導き、一回目の成功は、二回目、三回目の成功をもたらすことにある。長期的な接触の中、アジア諸国間は、互いの理解を深め、そして制度が徐々に整備されていく中、一つの安定かつ繁栄したアジアは必ず21世紀に現れるだろう。

2002年1月21日掲載

2002年1月21日掲載