中国経済新論:世界の中の中国

中台のWTO同時加盟で加速する中華経済圏の形成

関志雄
経済産業研究所 上席研究員

70年代末、改革開放政策に転換してから、直接投資と貿易を中心に中国が世界経済に組み込まれつつある。対中投資の主役は香港と台湾企業を中心とする華僑資本であり、両者の合計は中国の受入金額(累計ベース)の約60%を占めている。直接投資に伴う原材料の調達や最終製品の輸出の増大を反映して、中国大陸、台湾、香港間の相互依存関係が深まっており、三地域からなる「中華経済圏」が形成されつつある。

中華経済圏の規模は、GDPベースではまだ日本の三分の一に止まっているが、外貨準備と貿易(域内貿易を含む)ではすでに日本を超えている。2000年には、中華経済圏の輸出は米国市場においてついに日本を抜き(米国の輸入統計による)、日本市場においても米国を上回るようになった(日本の輸入統計による)。97年の主権返還を経て、香港は名実ともに中華経済圏の一部となり、まもなく実現される中台のWTO同時加盟も加わり、「両岸三地」の経済交流が一層盛んになろう。貿易と投資の障壁が取り除かれることにより、比較優位に沿って、中国大陸は工業製品の生産基地に、香港はビジネスセンターに、台湾はハイテク基地にそれぞれ特化しよう。

表1 中華経済圏の規模(2000年)
表1 中華経済圏の規模(2000年)
(出所)『中国人民銀行統計季報』より作成。

80年代以降、モノ、ヒト、カネの面における交流を通じて香港と中国経済の一体化が進んできた。特に、中国の改革開放という千載一遇の機会をとらえ、補完性を活かした香港企業の華南地域への進出は双方に活気をもたらしている。対中投資の拡大を梃子に、香港企業はメイド・イン・ホンコン(香港で生産する)にこだわらず、メイド・バイ・ホンコン(香港が生産する)という戦略に転換している。中国側の統計によると、1979年から2000年までの累計では、香港の対中投資は1700億ドルに達し、中国の直接投資受け入れ金額の約半分を占めている。仮に収益率が10%だとすれば、香港企業は年間170億ドル(GDPの約10%)ほど大陸で稼いでいる計算になる。

香港は、労働集約型製品の生産基地を華南地域に置き、デザイン、マーケティング、製品管理、並びに金融仲介業務を行うことで、より高付加価値化したサービス・センターへの転換に成功している。その反面、製造業部門のGDPに占める割合は、80年代半ばの25%程度から、99年には5.8%まで下がっている。100万人近くいた製造業の雇用者数も、最近では23万人にまで下がってきており、その代わりに、金融、貿易などのサービス部門の雇用が増えている。これを反映して、地場輸出に代わって再輸出(中継貿易)が輸出の大半を占めるようになった。70年代の半ば、輸出全体に占める再輸出の割合は20%にすぎなかったが、2000年には90%近くに達しており、そのほとんどが中国関連(第三国から中国へ、または中国から第三国へ)となっている。中国の貿易の約半分が香港経由となっており、中継貿易の急増により、香港は世界一のコンテナ港に発展してきた。

97年の返還を経て、香港は中国の一部になり、中国のWTO加盟が加わり、巨大な「国内市場」を獲得することになる。これは工業製品に限らず、新たに対外開放の対象となった多くのサービス分野にも当てはまる。なかでも、香港が国際ビジネスセンターとしての豊富な経験を蓄積した法律・会計事務所、銀行、保険、流通、通信などの分野が注目されている。確かに、WTOの最恵国原則の下で、香港企業は特別な優遇策を受けることはなく、中国市場においても世界中から来る企業と競争しなければならない。しかし、これまでの対中ビジネスで蓄積した経験に加え、地理、言語、文化の面における香港の優位はそう簡単に変わらない。むしろ、こうした香港の強みを生かす形で、香港を対中投資・貿易の拠点に位置づける多国籍企業が増えるであろう。

一方、台湾は大陸と政治の面で対立しながらも経済面の統合が着実に進んでいる。すでに、台湾にとって中国は最大の投資先であり、逆に中国にとっても香港、米国、日本に次ぐ四番目の資金源となっている。中国側の統計によると、台湾の対中投資(実行ベース)は2000年までの累計では262億ドルに達し、香港など第三国経由の分を考えると、実際の投資金額はさらに大きいと見られる。

台湾の対中投資は地理的には香港に隣接する華南地域、業種別では電子・電機に集中している。台湾企業の対中進出は当初、中国の安い労賃と土地を生かした輸出加工型が主流で、その主役は中小企業だった。近年、大手企業が加わる一方、部品調達と市場の両面における現地化を目指す動きも活発化している。特に、台湾メーカーの進出により、広東省の東莞市を中心にIT機器の一大生産基地が形成されている。技術力も年々上昇し、パソコンをはじめ多くの製品に関して、すべての部品を現地で調達できる一貫生産体制が整いつつある。台湾企業の大陸におけるIT機器の生産額は急速に台湾域内での生産額に近づいており、今年中に両者が逆転するだろうと、台湾の政府系のシンクタンクが予測している。

図1 台湾企業のIT機器生産の地域分布
図1 台湾企業のIT機器生産の地域分布
(注)その他海外はマレーシア、タイなど。2000~2001年は予測
(出所)台湾資訊工業策進会

貿易の面では、主に直接投資の流れと台湾当局の大陸からの輸入に対する厳しい制限を反映して、台湾の対中輸出が対中輸入を大幅に上回っており、大陸に対して大きな貿易黒字を計上している。台湾経済部国際貿易局の推計によれば、2000年の両岸貿易は大陸向け輸出が262億ドル、大陸からの輸入が62億ドルと、台湾側の出超額は200億ドルに達している。最終製品の対米輸出の一部が中間財の対中輸出に切り替わることにより、台湾の対米黒字が抑えられ、対米貿易摩擦も沈静化している。

これまで、台湾当局は大陸への過度な依存を警戒し、両岸間の直接通商、通信、船舶や航空機の通航(いわゆる「三通」)を認めないなど、対中貿易と投資に多くの制限を加えている。しかし、中台のWTO同時加盟によって、台湾は中国に対しても最恵国原則を適用するため、これらの差別措置を撤廃しなければならない。台湾の財界においても、大陸との経済関係の強化に期待し、「三通」を求める声が強い。これを背景に、2000年に登場した陳水扁新政権が「三通」を全面的に拒否するという李登輝前政権の姿勢を改め、段階的に解禁するという道を模索しはじめている。その第一歩として、金門・馬祖といった島嶼部に限って、大陸との直接通商、通航を今年の年初から認めるようになった。この「小三通」の経過を見ながら、本島を含む「大三通」へと拡大させることをも視野に入れつつある。中国は「三通」の実現を強く求めながらも、これを台湾のWTO加盟申請の取引材料とせず、台湾側の漸進的アプローチに理解を示している。

中国と台湾のWTO同時加盟を受けて、台湾企業の大陸への投資が一層加速しよう。中国のWTO加盟による大陸の投資環境の改善が吸引力になる一方、台湾のWTO加盟に伴う競争の激化が産業を大陸に送り出す力として働こう。大陸への投資と対中輸入に課せられる制限も徐々に緩和されることになれば、台湾企業はもとより、多国籍企業にとっても、両岸の比較優位を生かした分業体制の構築はより容易になろう。

とくに、台湾と大陸の直接通航が、航路の短縮による運輸コストの低下を意味し、両岸貿易と直接投資を促進する要因になろう。これまで台湾企業は中国に進出する際、中間財や生産設備の輸入と製品の輸出がいずれも香港経由を前提にしているため、香港に隣接する広東省に集中する傾向が見られている。しかし、両岸の直接貿易が認められるようになれば、投資対象となる地域は一層の広がりを見せよう。中でも、工業基盤が強い上海を中心とする長江デルタが、台湾企業の投資先として一段と注目されよう。

経済面の急接近とは異なり、台湾と中国の統一問題に決着がつくまでには長い年月がかかるとみられる。経済関係の緊密化を足がかりにして平和的統一に持ち込もうとする中国に対し、台湾は経済面での対中依存を高めながらも、当面は実質的な独立状態を維持しよう。中国が台湾との統一を達成するには、経済発展段階と政治制度における「二つの収斂」が必要であろう。心情的に台湾が中国の一部であると思っても、自分の生活水準を落としてまでも一緒になりたいのかと問われれば、大半の台湾住民がノーと言うのが現状であろう。その上、彼らは共産党を信用しておらず、これまで築いた民主主義の果実も失いたくない。しかし将来、中国が現代化を遂げ魅力のある国家になれば、台湾住民も中国人としての誇りを感じ、統一の機運が高まるだろう。中台のWTO同時加盟に伴う両岸の経済交流の拡大と深化が、二つの収斂を通じて、統一を促す力として働こう。

2001年8月6日掲載

2001年8月6日掲載