中国経済新論:世界の中の中国

中国の台頭とアジア経済:WTO加盟の影響を中心に

関志雄
経済産業研究所 上席研究員

はじめに

中国は70年代末に改革・開放政策に転換して以来、貿易と直接投資を梃子に世界経済とのつながりを強める一方、市場経済への移行を急ピッチで進めている。これを背景に、中国経済は高度成長期に入り、工業化のペースも加速している。中国はすでに地域の経済大国として登場しており、アジア各国経済を考える際、日米に並んで重要な要因になりつつある。まもなく実現されるWTO加盟を経て世界経済における中国は存在感が一段と高まろう。中国の台頭によって、アジア各国の中で得する国も損する国もあるが、中国経済と補完関係にあるのか、それとも競合関係にあるのかが、明暗を分けるカギとなろう。具体的に、ASEAN諸国は貿易と直接投資の面において中国と競争が一段と激しさを増すと予想される反面、中国経済と補完関係にある日本とNIEs諸国は大きな恩恵を受けるであろう。

1. 巨大な新興工業国として登場する中国

1978年から2000年にかけて、中国の輸出は97.5億ドルから2492億ドルへ、輸入も108.9億ドルから2251億ドルへと急増している。これを反映して、中国は世界貿易国ランキングが32位から7位に上昇しており、この勢いに乗って、数年後には米、独、日に次ぐ貿易大国となろう。

中国の対外貿易が量的に拡大しているだけでなく、その構造も大きく変貌している。輸出全体に占める工業製品のシェアはこの20年間5割から9割に上昇しており、特に、衣料品を始めとする労働集約型製品が、強い国際競争力を持つようになってきた。ここでは、貿易構造の変化を通して、中国の産業高度化の進展を見てみよう。

他のアジア諸国と同様、中国も経済が発展するにつれて、貿易における比較優位が一次産品から次第に労働集約型製品へ、さらには資本・技術集約型製品へとシフトしつつある。この貿易構造高度化の過程は主要産業の特化係数(輸出と輸入の差を輸出と輸入の和で割ったもの、その値が大きいほど国際競争力が強いことを示す)の推移で追って見ることができる(図1)。これは、具体的に、一次産品(SITC0-4部)、一般製品(同5、6、8、9部、機械類を除く製品を指す)、機械類(同7部)のそれぞれの特化係数の相対的大きさによって、途上国型、未成熟NIEs型、成熟NIEs型、そして先進工業国型という四つの段階に分類することができる。この枠組みに沿って言えば、80年代の初め、改革開放政策に転じた当初、中国は一次産品を輸出し、機械類を輸入する典型的発展途上国の貿易構造を持っていた。香港と台湾から労働集約型産業の移転が進むにつれて、衣料品を中心に中国の一般製品の競争力が急速に伸び、特化係数で見て、92年には一次産品を上回るようになった。これをもって、中国の貿易構造は発展途上国型から未成熟NIEs型に移行した。これよりやや遅れて、機械産業の特化係数も徐々に上昇し、99年には一次産品のそれを抜き、中国は成熟NIEsの段階に邁進した。各産業の特化係数から判断して、現在の中国の貿易構造は、ほぼ70年代初めの台湾に対応している。

図1 高度化する中国の貿易構造
図1 高度化する中国の貿易構造

近年、一部の電子・電機製品における中国の躍進を背景に、アジア各国の発展段階に即した域内の分業体制のダイナミックな変化を捉える、いわゆる「雁行的経済発展」が崩れたのではないかとしばしば指摘されるようになった(たとえば、平成13年版『通商白書』)。しかし、(生産設備と部品の輸入を割引いた)中国の機械産業全体の競争力が上昇しているとはいえ、依然としてマイナスになっている特化係数に示されているように、水準は依然として低く、中国の産業高度化の進展は雁行的経済発展の枠を超えるものではないと言えよう。

貿易に加え、中国と他国とのもう一つのリンケージは直接投資である。近年、中国の開放と改革が進むにつれて、世界各国からの対中投資が急速に増えている。中国では従来の閉鎖経済から開放経済に転換するにつれて、投資に対する制限が緩和されてきた。一方、国内の経済改革によって投資収益が上がり、リスクが低下している。中国はすでに発展途上国の中で最大の直接投資の受け入れ先になっている。直接投資の流入額(実行ベース)は92年に初めて100億ドル台に乗り、さらに96年以降、400億ドルを超える水準を維持している。直接投資は、貿易の急増を牽引する機関車であり、外資企業の輸出と輸入に占めるシェアは年々上昇しており、99年にそれぞれ45.5%と51.8%に達している。資本累積や技術進歩などを通じて、海外からの直接投資の流入が、中国の産業高度化の原動力にもなっている。

2. 中国のWTO加盟の意味

WTO加盟を経て、中国は貿易と直接投資の拡大を通じていっそう世界経済に組み込まれることになる一方、国内の改革も加速するであろう。

中国はWTOのメンバーとして権利を享受できると同時に義務を負うことになる。権利とは中国製品が世界市場に自由にアクセスできる保証である。そして義務とは外国の製品やサービスが中国の国内市場に入ることを認めることである。皮肉なことに、中国は権利を行使するよりも義務を実行することによって得られる便益のほうが大きいと見られる。

WTOへの加盟は中国の貿易環境を安定化させる力として働くであろう。中国に対する経済制裁やその他の輸入障壁(繊維製品に対する輸入総量制限や反ダンピング関税)に関する懸念を和らげ、貿易争議の解決を促進していくと考えられる。特に中国の繊維製品が国際取引に関する多国間繊維協定(MFA)の撤廃に伴う各国の輸入数量制限の段階的解消によって、いっそう競争力を発揮できよう。これに加え、WTOの無差別原則の下で、中国は平等かつ互恵の通商環境を享受できる。現に、米国は中国のWTO加盟に合わせて、中国に恒久最恵国待遇を与えるよう、国内法の改訂を行った。

その上、WTO加盟により、中国は最大の発展途上国として国際経済の新秩序確立に向けて建設的作用を発揮できる。これまで、国際貿易ルールは一部の先進工業国によって制定され、WTOのメンバーの大半を占める途上国側の利益をほとんど反映されなかった。WTO交渉の対象は従来の財とサービス貿易と知的所有権の保護に止まらず、労働基準、環境保護、国際競争政策なども新たに加えられることから、中国にとって、新たな交渉ラウンドに積極的に参与することで自らの利益(ひいては途上国の利益)を守ることは益々重要である。

WTOに加盟する際の中国のコミットメントに関する最終合意はまだ決着がついていないが、1999年11月に達した中米間の合意を軸にまとめ上げられていくだろう。この合意の下で、中国は工業部門のみならず、農業部門やサービス部門など広範囲にわたって、市場開放を確約している。

まず、中国はWTO加盟後、輸入障壁を大幅に削減することを約束している。一次産品に対する平均輸入関税は2005年までに17%に引き下げられる一方、工業製品に対する平均輸入関税も9.4%にまで引き下げられる。工業製品に対する輸入数量制限は5年以内に撤廃されることになる。中国もITA(情報技術合意)に参加することになり、ほとんどのIT製品に対する関税を撤廃することを約束している。加えて、外資系企業は販売など国内市場に参入する権利を得ることになる。

第二に、中国への直接投資に対する制限が緩められることになる。外資系企業にも流通、通信、金融、ビジネスサービス、観光といった主要なサービス事業に参入する権利が与えられることになる。特に米国の電話会社は、電気通信サービス事業に対する株の保有率が49%まで認められるようになり、2年後にはさらに50%にまで拡大される。外資系の銀行は中国のWTO加盟を機に向こう2年間、中国の大企業を相手に人民元ビジネスに参入していき、加盟後5年間、個人を対象とする業務を進めていくことが認められる。

最後に、中国は外資系企業に対する部品の現地調達の最低比率と輸出義務に関する規定や外貨をバランスさせる要求をも撤廃するなど、貿易関連投資措置(TRIMs)の自由化を約束している。

これらのWTO加盟に伴う権利と義務は中国経済にプラスとマイナスの効果を同時にもたらすことになる。プラスの面では、貿易と対外投資を妨げている障壁を取り除くことにより、比較優位に基づいて国際分業が進んでいき、また経済改革のスピードが増すであろう。一方、マイナスの面では、競争が激しくなる中で、非効率な企業が倒産し、短期的に失業者の増大が予想される。

中国は貿易障壁を削減することによって「交換の利益」と「特化の利益」を得るべきである。消費者がより安い製品を外国から買うことができ、一方で資本や労働といった生産要素が比較優位のある部門にシフトするにつれ、資源配分の改善により、効率が高められる。その結果として、輸出も輸入も拡大していくことが期待される。繊維・衣類において圧倒的な競争力を誇る国として、中国はMFAの段階的撤廃による利益をとりわけ得やすい状況となっている。中国は自国の産業構造の発展に必要な資金、科学技術、マネジメント・ノウハウをもたらしてくれる直接投資の流入を増加させ、その恩恵を受けることになろう。このことは製造業のみならず、新たに自由化の対象となるサービス部門にも当てはまる。

同時に、WTO加盟は、外圧と国際条約を通じて国内の改革に対する反対勢力を抑える役目を果たすことになるため、WTO加盟は経済改革に向けての新たな起爆剤として機能することが期待される。WTOのメンバーとしての資格を得るために課された義務が、中国が目指している市場経済へ導く指針としての役割を果たすであろう。この先、貿易とグローバル競争の進展により、国営企業のリストラが加速したり、国際競争力のある産業への資本流入を促進したりするなど、中国が長期的に持続可能な経済成長を果たすための土台が出来上がっていくと考えられる。

しかしながら、こうした貿易と投資の自由化による利益を実際に享受するためには、短期的に痛みを伴う経済調整のプロセスを経なければならない。これまで海外との競争から保護されてきた産業(自動車産業がその典型例である)に従事している企業(とりわけ国営企業)は、過剰雇用の削減などを通じてリストラを強いられるであろう。同様に中国の農業部門も、安価な輸入品が中国市場に出回るにつれ、規模の縮小を余儀なくされるであろう。

3. 中国のWTO加盟とアジア経済

WTO加盟を経て、中国は輸入関税を大幅に引き下げなければならないため、国内企業にとって、生産を輸入品と競合する資本集約部門から国際競争力のある労働集約部門にシフトした方がいっそう有利となる。中国が労働集約型製品に特化する結果として、国際市場において、労働集約型製品の供給が増大する一方、資本集約型製品に対する需要も増える(中国の国内生産が減少する分を補う形で)。この需給関係の変化は労働集約型製品の資本集約型製品に対する相対価格の低下、ひいては中国の交易条件(輸出価格と輸入価格の比率)の悪化と、中国を除く世界の交易条件の改善をもたらす。この相対価格の変化を通じて、他の国々も中国のWTO加盟に伴う利益を享受することができる。これまでの中国経済の高成長は、労働集約型製品の輸出拡大に牽引されてきたことを考えれば、このメカニズムは中国のWTO加盟を待たずに、すでに働いているはずである。

しかし、中国の台頭とWTOの加盟の影響を受ける諸外国の間で、勝ち組みと負け組みが分かれることになる。中国と補完関係にある国(すなわち、中国とは逆に労働集約型製品を輸入し、資本集約型製品を輸出する国)では、中国の交易条件の悪化が自国の交易条件の改善を意味するが、中国と競合する国(すなわち、中国と同じように、労働集約型製品を輸出し、資本集約型製品を輸入する国)では、交易条件が逆に悪化する。

アジア各国は貿易構造の面において中国とは補完関係にあるのか、それとも競合関係にあるのかを確認するために、それぞれの主要産業の特化係数を計算し、中国のパターンと比較してみよう(表1)。これによると、中国産業の競争力は衣料品をはじめとする雑製品(国連SITC8部)が強い(特化係数が高い)のに対して、化学製品(同5部)が弱く(特化係数がマイナス)、原料別製品(同6部)と機械類(同7部)がその中間に位置づけられる(特化係数が若干のマイナス)。ほぼ同じような産業別の競争力構造を持つタイは中国と競合関係にあると言えよう。これに対して、日本の主要産業の競争力を表す特化係数は中国のそれと負の相関を示しており、両国が補完関係にあることは明らかである。一般的には、経済発展の水準が近い国ほど競合関係が強く、レベルの差が大きい国ほど補完関係が強くなる(図2)。発展段階の差にほぼ比例して、中国はASEAN諸国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ)といった低所得国との競合性が強く、逆に日本やNIEs(シンガポール、韓国、台湾、香港)といった発展段階の進んでいる国・地域との補完性が高い。

表1 アジア各国の主要製品別特化係数(1999年)
表1 アジア各国の主要製品別特化係数(1999年)
(出所)ADB, Key Indicators of Developing Asian and Pacific Countries ,2000などより作成
図2 中国とアジア各国との競合度(1999年)
図2 中国とアジア各国との競合度(1999年)
注1)アジア各国と中国との競合度は、製品別特化係数の各ベクトルの相関係数として計算。工業部門に焦点を当てるため、「化学製品」(SITC分類5部)、「原料別製品」(SITC分類6部)、「機械類」(SITC分類7部)、「雑製品」(SITC分類8部)の4つを用いた。
注2)香港の数字には再輸出を含むため、競合度が的確に反映されていない。
(出所)ADB, Key Indicators of Developing Asian and Pacific Countries ,2000などより作成
図3 高まるアジア各国の対中輸出依存度
図3 高まるアジア各国の対中輸出依存度

中国のWTO加盟がアジア諸国にどうのような影響を与えるかを考えるときに、貿易に加え、直接投資の流れの変化も重要である。中国はWTO加盟に際して、外資企業に課せられるローカル・コンテント規定や輸出入バランス義務、外貨均衡義務、輸出比率義務など、投資自由化に反する規則を撤廃しなければならない。その上、通信、金融、流通など多くのサービス分野においても思い切った対外開放策を約束している。これらの措置は中国の投資環境を一層改善させ、直接投資の流入を促進するであろう。

中国との競合関係と補完関係は、貿易面だけでなく、直接投資の面においても、勝ち組みと負け組みを見分けるときの最大のポイントとなろう。すなわち、中国は豊富な資金力と高い技術力を持つ日本とNIEsにとっては有望な投資先であるのに対して、資金力、技術力がともに乏しいASEAN諸国にとって競争の相手である。事実、既に中国の直接投資受け入れ金額は、1993年以来ASEAN諸国を上回るようになり、1997年から98年にかけてのアジア通貨危機を機にこのギャップがさらに拡大している(図4)。中国のWTO加盟に伴う直接投資のさらなるチャイナ・シフトが、地域経済発展にとってマイナス要因になるという懸念をASEAN諸国は抱えている。直接投資の受け入れ先としての魅力を高めるために、ASEAN諸国は規制緩和と国内の構造問題の解決を進めている。さらに、2002年までにASEAN自由貿易地域(AFTA)を設立することを目指している。その狙いは、域内の貿易の自由化を通じて、多国籍企業による国境を越えた生産ネットワークの構築を容易にし、生産コストを抑えることである。

図4 ASEANから中国にシフトする直接投資
図4 ASEANから中国にシフトする直接投資

4. グローバル大国への課題

現在の中国の位置付けはあくまでも地域経済大国であり、グローバル経済大国ではない。しかし、過去20年間の高い成長率が今後も続けば、そう遠くない将来、中国も日米欧に並ぶ世界経済のメジャー・プレイヤーとなるであろう。戦後日本の経済大国化の過程と同じように、中国の台頭も世界経済に多くの機会と挑戦をもたらすであろう。具体的に、①中国の工業化によって世界規模にわたる産業調整が余儀なくされ、先進国と中国の間の貿易摩擦がいっそう深刻化するのではないか、②中国は世界経済を牽引する成長の軸となることができるのか、③中国の資金需要は世界金利の上昇要因になるのか、④中国の工業化は地球規模の環境・資源(特にエネルギー、食料)問題に拍車をかけるのか、⑤中国の経済大国化は軍事大国化につながるのではないのか、などといった問題への対応は、各国の共通政策課題となろう。

これらの問題に対処するために、各国は中国を孤立させるのではなく、国際社会の一員として暖かく迎えなければならない。一方で、中国は国際的なルールを遵守し、政治の透明性を高めていく努力をすべきである。中国のWTO加盟はこうした努力の一環として評価すべきであろう。中国は全世界の5分の1の人口を有する大国であり、その国民が貧困から解放され、生活水準が向上すること自体は人類全体の幸福の向上を意味すると言っても過言ではないであろう。

2001年7月30日掲載

2001年7月30日掲載