2022年に、日本と米国のプライベート・エクイティ・マーケット(未上場株式市場)を比較するPDPを発表した(注1)。その後、このスペシャルコーナーにPDPの補足説明としてパワーポイント形式のレポート(注2)を複数掲載してきた(注3)。これらに記述した政策課題に対する取り組みも、一定の進展を見せた。そこで、最近の研究成果も盛り込んで、標記のタイトルで資料をまとめ直し、本日掲載する。
日本では、証券取引所に上場していない株式は『未公開株」や『非上場株」と呼ばれている。上場等を目指す企業の株式という意味も含む『未上場株式」という言葉も、ここ数年、新聞紙面等で使われることが増えてきた。
直接金融が不活発であることが日本の経済成長に悪影響を与えているという主張は、バブル崩壊以降、一般的な考えとなっている。その要因には、規制改革の遅れがあり、主要国の中で唯一日本だけ、プライマリーとセカンダリーの両方の未上場株式市場(プライベート・エクイティ・マーケット)が未発達であることが挙げられる。企業の発行募集に対する制約が厳しく、加えて証券会社が未上場株式の仲介を行うことも規制されているため、成長企業の資金調達(エクイティ・ファイナンス)を投資銀行として支援することも大変難しい。さらに、ベンチャーファンドやグロースファンドの資金規模が小さいこともあり、スタートアップや成長意欲の高い中小企業は十分なエクイティを調達できない。このため、人材、設備、システムなどへの成長投資や、それによる事業の拡大が困難な状況にある。日本では、ユニコーン(創業後10年以内で時価総額10億ドル超の企業)が少なく、小粒のIPOが多いことの要因も、成長段階に応じた市場での調達額の増加、株価の上昇と時価総額の拡大が起こらないことにあるとの理解も広まっている(注4)。
上述の資料等も参考にして、日本ベンチャー学会と日本ニュービジネス協議会連合会をはじめ(注5)、新経済連盟(注6)や日本商工会議所(注7)が、プライベート・エクイティ・マーケットと企業成長・経済成長を巡る日本の現状に対する理解を深め、それぞれの立場で政策提言書を作成し、発表している(注8)。今年、4月には、規制改革推進会議スタートアップ・投資ワーキンググループにおいて、新経済連盟と日本商工会議所が未上場株式市場整備の規制改革要望について説明している(後述)(注9)。最近では、経済同友会による政策提言書にも盛り込まれた(注10)。
経済産業省の産業資金課においても、スタートアップ・ファイナンス研究会を開催し、ファイナンスの多様化を提言する報告書をまとめたが、その中で未上場市場の制度改革について提言している(注11)。なお、中小企業庁では、「中小企業者のためのエクイティ・ファイナンスの基礎情報」(注12)や、「中小エクイティ・ファイナンス活用に向けたガバナンス・ガイダンス」(注13)を策定し、ウェブサイトで発信している。
政府では2022年、総合科学技術・イノベーション会議の「イノベーション戦略2022」において、「特定投資家等による未上場株式への投資促進」や「諸外国で導入されている未上場株式の取引を目的とした市場等の創設」に向けた環境整備を記載し、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画(新しい資本主義2022)」に「未上場株のセカンダリーマーケットの整備」が盛り込まれた。
2022年7月には、日本証券業協会(日証協)が「特定投資家向け銘柄制度(特定投資家私募・私売出し)」を開始した。さらに、日証協は2023年7月に私設取引システムにおける非上場有価証券の取引等に関する規則を施行し、従来は事実上、上場株式に限られていたPTSにおいて、非上場株式の取り扱いも可能とした(認可対象)。
翌年の「新しい資本主義2023」では、セカンダリーマーケットの整備に加え「株式投資型クラウドファンディングの活用」や「少人数私募制度の在り方(人数制限や投資家の人数算定方法の変更等)・資金調達の在り方の検討」が取り上げられた。さらに、「骨太の方針2023」にも「株式投資型クラウドファンディングの環境整備、未上場株の取引環境の整備、特定投資家私募制度等の見直し」が盛り込まれた。
これを受け、2024年には金融商品取引法の改正が行われ、PTS(私設取引システム)の認可対象が一定の場売買高以上に限定され、特定投資家向けの私募・私売出し等に特化した第1種金融商品取引業の登録基準が緩和され、プラットフォーマー等の参入促進が図られる(注14)。プロの投資家である特定投資家向けの私募・私売出しに特化した店頭市場の整備が進んでいる(注15)。
特定投資家向け銘柄制度では、ようやく、今年2月から具体的な資金調達ラウンドが実現している。日証協の公表データによれば、すでに7月末時点で12件、150億円弱に達しており、平均で10億円を超え、50億円の大型案件もある。特定証券情報や発行者情報等の簡易な開示資料を作成し(注16)、これを投資家に提供し、または公表する義務の下、証券会社が既存の顧客網の中から特定投資家に募集を行うことで、現状の日本の平均的なIPOよりも大規模なものを含むエクイティの調達が効率的に実現している(注17)。
特定投資家向け私募・私売出しのプラットフォーム(認可対象外のPTS)を運営する事業に新規参入する企業も現れ、日本で1980年代から事実上凍結していたエクイティの店頭市場の復活やマーケットプレイスの発展の兆しが見えてきた。
一連の政策対応は、セカンダリー市場に重点を置いているが、今年の規制改革推進会議スタートアップ・ワーキンググループでは、新経済連盟、日本商工会議所経済団体等が、少額公募やクラウドファンディング、少人数私募等のプライマリー市場の改革について政策提言を行っている。この結果、5月の規制改革推進会議答申(注18)や6月の規制改革計画(閣議決定)(注19)にも、少額公募及び少人数私募の規制上の課題が盛り込まれた。
プロ投資家の投資対象は、レイターステージ向けの大規模な投資となる傾向があり、事業の成功が実証されていて成長見込みの高いレイターステージの未上場株式は、優良な投資対象となり得る。アーリーステージやミドルステージのスタートアップや成長志向の中小企業向けのプライマリー投資については、リスクが高く、又は成長に時間がかかり、投資額も小口であるため、運用益の最大化を図る機関投資家や金融のプロの投資家にとって優先順位が低くなる。そのため、余裕資金で投資する企業経営経験者やビジネスマンなど多様な一般投資家の市場参加が求められる。米国やEU等では、スタートアップや中小企業のエクイティ調達を促進するため、特定投資家以外の一般投資家(リテール顧客)にもオルタナティブ等の金融商品や、未上場株式等への投資機会をより積極的に提供する動きが進んでいる。
日本でも、リテール投資家にプライベート・エクイティ・マーケットをどのように開放し、投資機会を提供するかを検討する時期に来ている。
今回掲載したレポートが、こうした動きを速やかにより良い方向へと進める一助となれば幸いである。
- 日本の企業成長を加速し経済停滞を打破する資本市場改革
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