Special Report

日本の株式市場改革の遅れと中堅・中小企業、ベンチャー企業の成長停滞―未上場株式市場(プライベート・マーケット)の整備の方向性―(改訂増補版)

田所 創
コンサルティングフェロー

添付の資料は、Policy Discussion Paper「JOBS Acts による米国の株式資本市場改革と周回遅れの日本(2020年9月) 」の概要を説明するものである。データ等を追加しつつ、より政策提言的にまとめてある。このたび、2021年1月15日に掲載したものを一部修正し、サブタイトルにあるプライベート・マーケットの整備の方向性などの内容を追加した。補足データ集も、タイトルを「米国企業の資本形成(Capital Formation)―プライベート・マーケットにおける資本調達と企業価値・時価総額の拡大―」に変更し、一部データを追加している。

PDPでは、米国及び日本の株式市場の実態をデータで比較して示すとともに、JOBS Acts等による米国の株式資本市場改革の骨格と、これと比較した日本の規制の現状について概観している。
データで示した市場の実態は、米国では株式市場が多数の証券取引所を最上層として未上場株式の店頭市場・店頭取引等までに裾野が広がる多層的・多極分散型の市場構造、一方、日本では未上場株式市場(プライベート・マーケット)全体がM&Aやファンド関連を除きほぼ未発達のままの東京証券取引所一極集中構造という非対象的なものであった。
この背景にある日本の金融商品取引法の規制は、米国の証券取引法等と比べた場合、企業への資本調達手段の提供よりも投資家保護を重視した事前防止型の厳格な規制となっているようにみえる。未上場株式の取引や投資家の勧誘活動等に対する厳重な、厳格な規制が存在し、米国と比べ、未上場株式の店頭取引・相対取引が不活発で、証券会社が介在する店頭市場も育っていない。組織化された店頭市場(店頭登録市場)では、一部に極小規模な制度はあるが、OTC Marketsのような未上場株式の電子市場は存在せず、株主・投資家が相対で売買するオンライン・プラットフォームの未上場株式マーケットプレイスも未整備となっている。このような状況では、企業がオンラインで直接投資家から資本を募る株式投資型クラウドファンディングも容易には発展しない。

このようにプライベート・マーケットが未発達の日本では、中堅・中小企業、スタートアップ・ベンチャー企業等が未上場株式による資本の調達とこれによる投資を十分には行えずに、米国、中国等他国の成長企業と比べ、株式資本主導型の成長が困難となる。

改訂増補版で特に強調していることは、プライベート・マーケットの果たす企業価値・時価総額拡大の機能である。
米国では、プライベート・マーケットで、スタートアップや中小企業が資本を調達して、投資し、その成長期待が高まると、株式の評価額や取引価格が上昇して、資本の調達額累計以上に企業価値・時価総額が増加する。これが投資家の資産を拡大させて、さらに投資を集めて、次の資本調達額を拡大させる好循環となって、時価総額が加速度的に拡大していく。
一方、日本では、M&Aやファンド関連以外では未上場株式がほとんど取引されずに、株価がないままであり、この好循環が生じない。ユニコーン企業への成長は困難を極め、その数は経済規模に比べて著しく少ない。資本調達さえほぼできない中堅・中小企業がエクイティ・ファイナンスで成長投資に取り組み、生産性を向上させ、事業を拡大して、大企業へと成長することも大変困難となっている。

日本のプライベート・マーケットが未発達で、成長企業がエクイティ・ファイナンスを活用した大胆な投資を十分実施できない状況は、株式市場における企業価値・時価総額と個人資産の拡大も生まず、成長企業への投資額も増えずに、イノベーションの停滞と経済成長の鈍化を生じさせ、失われた30年といわれる事態を生み出す要因となっている可能性も示唆されよう。

2021年9月3日掲載