Special Report

花粉症対策と森林資源維持の両立のために 〜 政府は森林を破壊する林業政策を転換すべき

山下 一仁
上席研究員(特任)

戦後自然林を伐採して植林したスギやヒノキは、30年以上も多くの国民に花粉症の被害を与えてきた。それなのに、十分な対策は講じられてこなかった。花粉の少ない苗木は最近増加しているが、今でも苗木生産量の5割にすぎない。今植林される全ての苗木を花粉の少ないものに転換したとしても、昨年植えた苗木が伐採される50年後まで、国民は花粉症に悩まされ続けることになる。

2023年4月14日に花粉症に関する関係閣僚会議の初会合が開かれ、岸田総理は今後10年を視野に入れた対策の全体像を取りまとめるよう指示した。これを受けて、5月30日の関係閣僚会議では、次の対策が決定された。

  1. 花粉の発生源対策として、ア.スギの人工林の伐採面積を現在の年間5万ヘクタールから7万ヘクタールに広げ、10年後にはスギの人工林を2割程度減少させる、イ.住宅などに使う木材のスギ材への転換を促すなどで、伐採したスギ材を活用する、ウ.花粉の少ないスギの苗木やスギ以外の樹種への植え替えを進め、10年後にはスギの苗木の生産のおよそ9割以上を花粉の少ないものにする、
  2. 飛散対策として、薬剤の改良や散布技術の開発を促進し、5年後に実用化のめどを立てる、これらの取り組みによって、30年後には花粉の発生量の半減を目指す。

しかし、なぜか、スギと同様花粉の発生源となっているヒノキの対策はない。

林野庁は、戦後植林した木が伐採期を迎え、国産材時代が到来したと主張し、木材の自給率向上、林業の成長産業化というスローガンを掲げ、伐採を促進してきた。これまでの政策をさらに拡充できる。

5月の関係閣僚会議後の記者会見で、農林水産大臣は、記者の質問に対し「当然、これには予算が必要ですが、林野庁の予算は、現在、約3,000億円の予算ですから、これでは足りませんので、10年間の長期計画の(作成の際には)予算的な裏付けをどうしていくかということも大きな議論となります。こういったことも、今回の花粉症対策としてやっていこうと考えているところです」と発言している。花粉症対策で林野庁の予算は増えそうだ。

花粉症対策を追求するなら災害が多発

しかし、これは、現在の国民だけでなく、将来の国民にも、大きな負担増となる。

林野庁は、多くの木を効率的に伐採するため、林地にある木を全て伐採するという“皆伐”を推進してきた。これは、自然や環境に悪影響を与えるため、欧州では禁止されている方法である。欧州で行われているのは、部分的に伐採する“択伐”というやり方である。これだと、大きな木も残るので、国土保全などの機能を維持できる。しかも、わが国の皆伐跡地では、3割しか再造林(苗木を植えて林を育てること)されていない。伐採された林地のほとんどが植林されず裸地となっているのである。

林野庁は、花粉の少ないスギの苗木やスギ以外の樹種への植え替えを進めると言っているが、植え替えるのは森林所有者である。しかし、森林所有者にとっては収入源となる森林の立木(山に植えてある状態の木のことで、これを伐採した丸太が製材される)の価格が大きく低下しているため、林野庁等が再造林の費用の8割ほどを補助しても、ほとんどが再造林されないで放置されている。花粉症対策としてたくさんの木を切れば、今以上に、はげ山が増える。これによって、2つの大きな問題が生じる。

1つは、国土保全、水源涵養、生物多様性、地球温暖化防止という森林の機能を損なうことである。

木は根を張ることによって、水や土を保全している。

樹冠(木の葉が茂っている部分)が大きければ、雨水はいったん樹木に受け止められた後、一部は土壌表面をつたって流出するが、一部は土中にとどまる。土壌中に浸透した水は、あるものは根から樹木に吸い上げられた後蒸散し、残った雨水も時間をかけながら地下水として流出することになる。これは水資源の涵養や洪水防止という機能である。

植林しても数年間は樹冠が小さいので、雨は直接大地に降り注ぐ。木が根を張る範囲はほぼ樹冠の大きさに等しいので、若い木のうちは土壌の保持能力は少ない。皆伐によって水や土は短期的に多く流出するので、洪水や土砂災害の被害が大きくなる。再造林しなければ、問題はさらに悪化する。

魚(うお)つき保安林という伐採が規制される森林がある。森林から地下水を通じて海に流れる栄養分はプランクトンの発生を促し、豊かな海を作る。魚つき保安林は、この森林の機能を評価した先人の知恵である。さらに、森林は温暖化ガスを吸収し固定する機能を持つ。

花粉症対策をはじめ林野庁が推進している皆伐は、森林が持っている多様な機能を失わせる。欧州で皆伐が禁止される理由である。

スギ、ヒノキなどの針葉樹は、成長が早く建築資材等に利用できるため、高度成長期に大量に植林された。問題のスギ、ヒノキは人工林の7割、森林全体の3割、国土の2割を占める。択伐なら問題ないが、現在のように、スギ、ヒノキを皆伐して再造林しなければ、これらの森林について、国土保全などの機能を損ないかねない。

木材自給率向上論は正しいのだろうか

スギを大量に伐採することのもう1つの問題は、将来世代が利用可能な森林資源が大きく減少することである。木が成長するためには、長い期間が必要となる。一般的には、植林して50年後に伐採する。さらに、伐採した後に植林(再造林)しているのは3割にすぎない。50年後でも、利用可能な森林資源は大幅に減少していることになる。

これまで林野庁は木材自給率向上を主張してきた。これは、スギなどの木材を皆伐して伐採量を増やすことを目的としているので、花粉症対策としては効果的かもしれないが、将来利用可能な森林資源を減少させてしまう。

2025年に木材自給率を50%以上にするという目標は民主党政権の時に掲げられたものだが、政権交代後も引き続き唱えられている。しかし、林業の自給率向上論には、食料自給率向上のような意味はない。食料危機というケースはあっても、木材供給危機というケースは想定できないからである。

軍事的な紛争によってシーレーンが破壊され、食料や木材の輸入ができなくなることを考えよう。食料については毎日消費しなければならないので、食料危機は起きる。しかし、国民が住居に困ることはない。現在住んでいる住宅に住めばよいだけである。木材は毎日消費しなければ生命・身体を維持できない食料とは異なる。

さらに、農業の場合、生産量を増やせば、農地などの農業資源を維持することができ、翌年以降の供給力を確保することができる。ところが、林業の場合、林地を伐採して木材供給を増やしても、苗木から成木になるまで長期間維持管理しなければ、将来の供給は保証できない。今年収穫した水田は来年も米を実らせる。しかし、今年伐採した林地は、来年どころか植林しても50年も待たなければ伐採できない。それどころか、現在、伐採後の跡地では、ほとんど再造林が行われていない。現在の自給率が低い方が将来の森林資源の維持につながる。

具体的に見ると、現在の日本の森林(国有林と民有林の合計)の齢級構成は、伐期を迎えていると言われる50年生以上の10~12齢級(1齢級は5年)が多く、20年以上も再造林されていない結果、1~4齢級はほとんどないといってよい状況である(下図参照)。今自給率向上のため、10~12齢級を伐採してしまえば、30年後以降に伐採できる木はほとんどなくなる。今の自給率向上は将来の自給率の大幅低下を招く。木材を輸入できないことはない。将来の森林資源確保のためには、林業生産を行わないことも選択肢の1つである。

人工林の齢級別構成(2018)
林野庁「森林資源の現況(平成29年3月31日現在)」

林業問題のパズル

森林所有者が所有する林地の立木を伐採業者が伐採して丸太にし、これを製材・合板業者が製品に加工して住宅メーカー等に販売する。これが木材製品のサプライチェーンである。

森林・林業の最大の問題は、山林に植えてある状態の立木の価格が低迷して山林経営が悪化していることから、伐採後再造林されている面積は3割にすぎないことである。多くの木が伐採されるのに、再造林されない。森林の国土保全機能などが損なわれるとともに、将来の森林資源がなくなってしまう。花粉症対策による伐採の促進は、これをさらに悪化させる。

国産の製材・合板の供給は増加している。これで価格は低下するはずなのに、製材・合板価格は高位安定し、最近では上昇している。逆に、丸太については、供給増加によって、その価格は低迷している。かつては「国産丸太は安い輸入丸太に勝てない」というのが林業関係者の不満だったが、今では逆に、国産丸太が輸入丸太より安くなっている。

製材用素材丸太価格
(出所)農林水産省「木材需給報告書」より筆者作成
注)米つが丸太、北洋えぞまつ丸太に関しては2019年で統計が終了

立木価格は丸太価格以上に低下しているために、森林所有者による再造林への投資は不可能となっている。立木価格は、製品価格の1割程度であり、また丸太価格に占める立木価格の割合は1980年代の6割から2割程度へ低下している。山林経営者の平均所得は11万円にすぎない。

全国平均山元立木価格の推移
(出所)2021年度森林・林業白書

しかし、丸太価格が低下しても、国産の製品価格は高位安定で下がらない。消費者は丸太価格低下の恩恵を受けない。製品の価格が安定して原料の丸太価格が低下していることは、製品の生産者の利益が増加していることを意味している。

1955年を100として、スギの立木、丸太、製品の価格指数の推移を見たのが、次の図である。図で、スギとあるのが立木、スギ中丸太が丸太、スギ正角が製品である。1985年まで、立木、丸太、製品の価格指数は同じ動きをしていた。ところが、1990年以降製品価格は高値圏で安定しているのに、丸太価格は低下、立木価格はさらに低下している。現在の水準は、製品価格はバブル時期に相当するのに対し、丸太価格は高度成長期の1960年代前半、立木価格は戦後の水準まで落ち込んでいる。

この図から、1990年頃に、木材について大きな変化があったことが推測できる。

スギの価格指数推移(1955年=100)

1990年頃から何が変化したのか?

以前は、製品についても丸太についても、木材製品について見た目が重視され、“役物”(やくもの)と呼ばれる節のない柱用の無垢材など、ヒノキを中心に国産材の方が品質を高く評価されていた。このため、原料となる国産丸太の価格は輸入丸太の価格を上回っていた。輸入材に対抗するため、国内の林業が差別化を行ったのである。製品も同じく差別化されていたので、国内の丸太価格は製品価格と連動していた。

しかし、1990年代以降、和室が少なくなるとともに、和室があっても床の間は少なくなった。さらに、木材住宅でも柱を表に出さない工法(大壁工法と呼ばれる)が主流になった。壁に隠れるので、見た目の良さは問題とならない。構造的に問題がなければ、節の多い並材で十分である。こうして役物が活躍する場が消滅した。

さらに、阪神淡路大震災以降、木材製品に見た目の美しさより強度、反りのなさ、正確な寸法などの機能性が求められるようになった。また、住宅建設の太宗を占める木造軸組工法でプレカット加工が使用されるようになった。プレカットとは、建設現場で大工職人が加工するのではなく、工場で住宅部材を生産し現場に搬送する方法である。

現在丸太に要求される最重要の品質は“乾燥”である。乾燥すればするほど、強度、硬度は高まる。しかし、国産材中乾燥材の割合は3~4割程度にすぎない。無乾燥材は、割れる、縮小する、曲がる、カビが発生する、腐りやすいなどの難点がある。縮小し、曲がるので、実際の寸法は表示されたものよりも小さく、歩留まりが悪い。工場で機械が大工仕事を行っていると言ってよいプレカット加工が主流となるなかで、乾燥が十分ではないため寸法精度が悪い国産材は品質的に劣ると評価されるようになった。

木造軸組構法におけるプレカット率の推移
(出所)2021年度森林林業白書

丸太ではなく製品による輸入が主体となった(輸入量全体のうち丸太1割、製品9割)のも、木材需要の変化のためである。一般の商品に比べ、木材や木材製品については輸送コストが大きくかかる。できれば、バルキーな丸太を輸入するより製品を輸入した方が輸送コストを削減できる。未乾燥でもよかった時代は、海外で未乾燥製品を作ると輸送期間中に反りが出たりするので、輸送コストの問題はあっても、丸太を輸入して国内で加工していた。ところが、製材品についても乾燥が求められる時代になると、海外で乾燥させた材から作られた集成材製品または集成材の原料となる半製品を輸入した方が有利になった。

林業政策が再造林を困難にしている

では、どうして製品価格は高位安定しているのに、丸太価格は低下し、立木価格はされに低迷するのだろうか?

林野庁は、[丸太価格から伐採・運材コストを引いたものが立木価格]なので、伐採・運材コストを下げれば、立木価格は上昇して再造林が可能となると考え、伐採業者に対して高性能機械の導入を補助した。しかし、これが逆効果となった。

高性能機械の導入は、これまで加速度的に進展している。政策に支援された伐採業者が丸太生産を増加したので、丸太の価格は低下した。これにより、丸太の原材料である立木への需要が減少し、立木価格も低下する。しかし、立木価格が丸太価格以上に低下するのはなぜだろうか?

重要な点は、丸太については、広域的な市場が存在するが、立木については、そのような市場はないことである。立木が存在する林地ごとに森林所有者と伐採業者の間で取引が行われる。取引価格は、林地の傾斜度や林道へのアクセスなどの伐採の容易さ、間伐など林地の手入れの違い等による立木の性質等によって、林地ごとに決定される。勾配が急だったり林道が整備されていなかったりする条件の悪い林地では、立木の価格が付かないものも存在する。丸太にした時の価格を伐採等のコストが上回る場合があるためである。これまで示してきた立木価格というのは、こうして形成されたさまざまな価格について、市町村役場や森林組合等から回答を得たものを日本不動産研究所が平均した数値である。全国統一の立木の市場や価格があるのではない。

丸太価格が低下すると、立木価格がゼロでも伐採業者が引き取らない場合も出てくる。ところが、林野庁の補助によって伐採業者のコストが低下すると、かつては伐採業者が引き取らなかった立木も伐採で利益が出るようになる。また、不在村地主のように、林業経営に関心のない所有者が増加している。かれらは、少しでも代金を回収できればよいと考え、再造林などを考えずに立木を投げ売りする。これで多くの立木が伐採され、丸太生産が増加すると、丸太価格が下がるので、立木価格もさらに引き下がる。

さらに、林野庁の伐採機械への助成により、伐採業者の大型化が進んでいる。1万立方メートル以上の丸太生産を行う規模の大きい伐採業者は、数では12%にすぎないのに、丸太生産量では60%を占めている。

地域において、少数の大型化した伐採業者は、立木の購入という点では独占的な買い手となる。しかも、森林所有者にはどれだけ伐採にコストがかかるか分からない。伐採業者に有利な情報の非対称性が存在する。伐採業者は独占力や情報の非対称性を利用して、立木を買いたたく。立木価格の大幅な低下の背景には、以上の事情がある。

他方、伐採業者は、丸太価格は低下しても、林野庁の政策による伐出・運材等のコスト低下という利益とともに、原材料である立木価格が丸太以上に低下しているという利益を受ける。損はしない。さらに、広範囲で盗伐を行う業者もいる。この場合は立木に価格を払わなくてもよい。

製品(製材)業者でも同じである。木材輸入の形態は丸太から製品に変化した。一物一価なので、国産の製品の価格は、上で見たように、大きな世界市場で決定される輸入品の国際価格とほぼ同じになる(日本は国際経済学でいう“小国”= price takerである)。林野庁は、製材工場についても補助事業で大型化を推進してきた。製品業者は、高位安定の製品価格、政府の援助による生産コストの低下、原料である丸太価格低下の三重の利益を受けた。

伐採業者や製材業者への林野庁の支援は、かれらの利益を増大させるだけで、林野庁が予定していた再造林のための森林所有者への利益還元という効果を生まなかった。それどころか、林業成長化論に基づく政策が立木価格を大きく低下させ、再造林を困難なものとしている。

正しい林業政策を考えよう

森林所有者の収益を向上させ、持続的な林業とするためには、立木価格の上昇が必要である。しかし、林野庁の政策によって立木価格が低下するので、伐採後の林地の大部分が、高率の造林補助金が用意されても再造林されずに放置されている。将来利用されるべき森林資源は確保されるどころか、減少している。花粉症対策としてさらに多くの木を伐採すれば、事態はさらに悪化する。林野庁が花粉の少ないスギの苗木に植え替えると主張しても、森林所有者は、経営が悪化しているので、そのような対応はしない。

経済政策の基本からすれば、再造林が行われないという問題に直接対処すべきである。再造林を行うのは森林所有者である。伐採業者ではなく森林所有者の収益を直接増加させる政策に切り替えるのである。適切な政策は、伐採業者への補助を止めて、森林所有者に対し、間伐や択伐など適切な管理をすることを条件に林地面積あたりいくらという直接支払いを交付することである。この際、実際の育林や伐採などの管理は、森林所有者が組合員である森林組合に委託してもよい。

これによって、森林所有者自身(森林組合への委託も含む)が林地を択伐するなど適切に管理しようという意欲を持つようになる。伐採業者に伐採を委託したり、立木を販売したりするのは、自身で管理できない林地(およびその立木)となる。こうして伐採業者に対する立木の供給が減少すれば、立木価格は上昇する。

これまでの伐採業者に対する補助は丸太の供給を増やし、丸太価格を低下させ、製材業者と伐採業者を利しただけで、再造林の主役となる森林所有者の収益を減少させてしまった。今と将来の国民のために政策を大転換すべきである。

参考文献

2023年7月6日掲載

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