Special Report

M&Aによる企業価値の創造と経営者および組織のコンピテンシー

佐藤 克宏
コンサルティングフェロー

日本企業によるM&Aの活用が年々進んできている。日本企業は、中期経営計画の策定に合わせてM&A投資金額枠を設定することや、M&A専門チームを組成することなどによって、M&Aの活用をますます活発化させている。最近のM&Aの件数は2018年において年間4,000件に近づいており、M&Aの金額も年間数十兆円規模に達している(図1および図2)。このように、M&Aは件数も金額も大きく増加してきているものの、M&Aに取り組んでいる企業、あるいはいまだM&Aには取り組んでいない企業のどちらの経営者からも、M&Aを成功に導くのは容易ではないという声をしばしば耳にする。本コラムでは、そもそもM&Aは企業価値の創造につながっているのか、そしてM&Aの活用についての経営者のコンピテンシーにはどのような特徴があるのかを、筆者の最近の研究に基づいて議論する。これらの問いは、研究だけでなく企業経営の実務にとっても極めて重要になってきている。

図1:日本企業によるM&A件数
図1:日本企業によるM&A件数
出所:レコフ社のM&A専門誌「MARR」(統計・データ)
図2:日本企業によるM&A金額
図2:日本企業によるM&A金額
出所:レコフ社のM&A専門誌「MARR」(統計・データ)

1.M&Aは企業価値の創造につながっているのか

東京証券取引所の第一部・第二部・マザース・ジャスダック市場に2016年度末の2017年3月31日時点で上場していた3,594社のうち、金融・保険関連企業を除いたうえで、現行の連結会計基準が施行された1999年度から2016年度までの18年度間にわたって財務会計および株価のデータを連続して取得できた1,573社を対象として、M&Aが企業価値の創造につながっているかの実証分析を行った。

まず、各年度の企業価値創造Economic Value Creation(EVC)の金額を税引後営業利益金額から加重平均資本コスト金額を控除したものとして算出した(図3)。

図3:EVC金額の各年度における平均値・中央値の推移
図3:EVC金額の各年度における平均値・中央値の推移
出所:筆者作成

そのうえで、東京証券取引所33業種分類による区分によって各年度のEVC金額の業界平均値を計算し、各社の各年度のEVC金額から業界平均値を控除した各社の各年度の業界平均調整後EVC金額を算出した。そして、この業界平均調整後EVC金額を被説明変数とし、各社の各年度のM&A件数に加え、売上高、売上高営業利益率、投下資本金額、投下資本利益率等のいくつかのコントロール変数を説明変数とする大規模なパネルデータを構築した。なお、M&A件数は、レコフ社が提供しているM&Aデータベースにおいて、「買収」「営業譲渡」「事業譲渡」として区分されている案件の件数であり、「資本参加」「出資拡大」「合併」とされている案件の件数は、それらが本稿で意図するM&Aとは意義が異なるため、含んでいない。

この大規模なパネルデータに対して、Poolingモデル、Within効果モデル、Between効果モデル、ランダム効果モデルという4つの統計モデルを推定した。これらのうち、Within効果モデル(それぞれの企業の中での時系列方向での時間に依る変化に着目する分析)は、例えば「企業がM&Aを活用するようになると、企業価値創造の金額が大きくなる」というような仮説の検証ができる。また、Between効果モデル(異なる企業間でのクロスセクションでの異質性に着目する分析)は、例えば「M&Aを活用している企業は、そうではない企業よりも企業価値創造の金額が大きい」というような仮説の検証ができる。これらの統計モデルによる分析の結果は、表1の通りである。

Poolingモデル: \(Y = α + β_{pool}\ X + ε\)

Within効果モデル: \(Y_{it} = α_i + β_{within}\ X_{it} + γ_i + ε_{it}\) \(i = 1,\cdots,1573;\ t = 1, \cdots18\)

Random効果モデル: \(Y_{it} = α_i + β_{random}\ X_{it} + γ_i + ε_{it}\) \(i = 1,\cdots,1573;\ t = 1, \cdots18\)

Between効果モデル: \(Y_i = α + β_{between}\ X_{i\_average} + ε_i\) \(i = 1,\cdots,1573\)

ここで、\(i\)は企業を表し、クロスセクション方向の情報である。\(t\)は時間を表し、時系列方向の情報である。\(γ_i\)は観察不可能な企業独自の個別効果を表している。そして、\(ε\)は誤差項を表している。

有意水準5%の下で統計的に有意となったBetween効果モデルの推定の結果からは、年間M&A件数の係数の推定値は-89.899億円/件であり、企業間の横断的な比較では業界平均調整後EVC金額に対してM&A件数はネガティブに作用している。これは、M&Aを行っている企業は、そうではない企業と比較して、企業価値としての業界平均調整後EVC金額の大きな毀損につながっていると解釈できる。図3のとおり、2016年度の(業界平均調整前の)EVC金額の平均値が78億円であるので、この結果は企業価値のとても大きな毀損であるといえる。M&A案件の多くが失敗に終わると言われていることとも合致するものである。

同じく、有意水準5%の下で統計的に有意となったWithin効果モデルの推定の結果からは、年間M&A件数の係数の推定値は5.686億円/件であり、同一企業内での時系列的な変化では業界平均調整後EVC金額に対してM&A件数はポジティブに作用している。これは、企業がM&Aを行っていくにつれて、次第に企業価値としてのEVC金額を創造していくということであると解釈できる。

このように、企業間の比較においては、M&Aを行うと企業価値の毀損につながるが、同一企業内ではM&Aを行ううちに企業価値の創造につながることが明らかになった。M&Aを行っている企業では、そうではない企業と比較して、経験的にも不慣れなM&Aによって企業価値の毀損が起こりやすいことを示唆しており、その一方で、企業それぞれがM&Aの経験を重ねるうちに、経営者あるいは企業の組織として学習していき、M&Aを活用した企業価値の創造ができるようになっていくということを示唆しているともいえる。

表1:業界平均調整後EVC金額についての統計モデルの推定結果
表1:業界平均調整後EVC金額についての統計モデルの推定結果
出所:筆者作成

2.M&Aの活用における経営者のコンピテンシーにはどのような特徴があるのか

長期間にわたって継続して企業価値EVCを創造している企業のうち、この18年度間のM&A件数が最も多い企業であった日本電産の永守重信社長(当時)について、経験学習理論のうち、「具体的経験→内省的観察→抽象的概念化→能動的実験」によって経験からの学習が進むという経験学習モデル理論(注1)を当てはめて、どのように経験学習が進んでいるかの実証分析を、日本における主要なビジネス関連のメディアである日本経済新聞朝刊、日本経済新聞夕刊、日経産業新聞、週刊日経ビジネス、週刊ダイヤモンド、週刊東洋経済、週刊エコノミストにおける社長インタビュー記事を中心とする公開情報を分析することによって行った。企業による組織的な知識創造についてはSECI理論(注2)もあるが、この理論が企業の組織としての経験からの知の創造を「共同化socialization→表出化externalization→連結化combination→内面化internalization」によって理論化するものであり、必ずしも企業の経営者の経験からの学習を議論するものではないため、本稿では経験学習モデル理論によって分析している。

その結果、永守社長の中では、日本電産によるM&Aの経験から「具体的経験→内省的観察→抽象的概念化→能動的実験」という経験学習モデル理論によるステップでの経験学習が進んできていることが示唆された(図4)。

図4:日本電産社長のM&Aからの経験学習
図4:日本電産社長のM&Aからの経験学習
出所:日本経済新聞朝刊、日本経済新聞夕刊、日経産業新聞、週刊日経ビジネス、週刊ダイヤモンド、週刊東洋経済、週刊エコノミストの社長インタビュー記事などから著者作成

「具体的経験」としては、日本電産は、M&A案件を1980年代から合計60件以上も手掛けてきている。また、M&A案件の精査も徹底しているため、実際に買収するのは数十件のうち1つあるかないかとしている。そのため、毎年、M&Aディール1件に至るまでに、その背後でかなりの数のM&Aの検討を進めていることになる。「内省的観察」としては、こうした具体的な経験を振り返ることによって、M&Aでは価格が成否を分けるため高値づかみをしないこと、買収後の統合こそ重要であること、シナジーを重視することを述べている。「抽象的概念化」については、これらの内省的観察をもとに、「任せて任せず(現場に権限移譲を進めつつ厳格な進捗管理を行う)」「千切り経営(複雑で難しい課題を小さく切り分けて解決していくこと)」「井戸掘り経営(課題解決においてアイデアが湧き出るまで徹底的に掘り続けること)」「家計簿経営(収支管理を徹底すること)」など、わかりやすいフレーズでの言語化や仕組化を行っているところに特徴がある。「能動的実験」については、こうして抽象的概念化したものを次のM&Aのディールに適用して、さらなる進化を継続している。こうした経験学習の一例として、永守社長による下記のコメントも印象的である。

(買収後の企業統合であるPMIは)「非常にシンプルで、将来の夢を語るんですわ。まず利益を出して、それを投資に回して会社を大きくしましょう。そうすれば、あなた方の年俸も増えるし、人も採用できるよと」「いや、すぐには変わらんよ。『千回言行』と呼ぶんだけど、要は1000回言う。飽き飽きして辞めていく連中もいれば、理解してくれる人もいる」(日経ビジネス 2016年10月24日号,pp. 45-48)

3.おわりに

本コラムで指摘してきた通り、企業間の比較で横断的に見るとM&Aは企業価値の毀損につながっているが、同一企業内で時系列方向での変化を縦断的に見るとM&Aは企業価値の創造につながっている。そして、長期間にわたって継続して企業価値を創造している企業の経営者は、M&Aについての経営者の経験学習も進んでいる。

企業がM&Aの活用を重ねるうちにM&Aが企業価値の創造につながるようになるという点は、企業経営の実務にとっても朗報である。そのためには、経営者が、そして企業の組織も、M&Aの経験から経験学習および組織学習の枠組みで学習していくことが大切になる。

日本市場が成熟期にあり、国内での業界再編や海外での成長を求めていく中では、 M&Aを活用して長期間にわたって継続して企業価値を創造していける経営者のコンピテンシーや企業の組織のコンピテンシーの構築がますます重要となってくる。いまこそ、企業単位で、あるいは業界単位で、さらには日本全体として、M&Aの活用による長期間にわたる継続した企業価値の創造のための経営者のコンピテンシーや組織のコンピテンシーの構築のためのシステマティックなプログラムを実施していくべき時期になっている。そのためには、そのような経営者のコンピテンシーや組織のコンピテンシーの構築のためのプログラムが開発されることが前提となるが、企業内大学、エグゼクティブ教育を推進するビジネススクール、業界団体などが、かかるプログラムの開発および実施において積極的にリーダーシップを取っていくべきである。

※本コラムは、筆者の下記の論文に基づいている。詳しくは、当論文を参照いただきたい。
佐藤克宏 (2019) 「M&A は長期間にわたる継続的な企業価値の創造につながっているか – 日本企業の大規模パネルデータによる実証分析 –」『BMAジャーナル』, 第19巻第2号, 2019年10月, 3-22ページ。
https://biz-model-journal.org/20191003.pdf

脚注
  1. ^ Kolb, D. A. (1984). Experiential Learning: Experience as the Source of Learning and Development, New York: Prentice Hall.
  2. ^ Nonaka, I. (1994), "A Dynamic Theory of Organizational Knowledge Creation," Organizational Science, Vol. 5, pp. 14-37.

2020年5月29日掲載

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