新春特別コラム:2022年の日本経済を読む~この国の新しいかたち

2022年を変革元年に!

佐藤 克宏
コンサルティングフェロー

ノイズ、シグナル、そしてトレンド

2022年の日本経済を展望するとき、COVID-19の影響は引き続き無視しえないであろう。消費者の意識や行動が変容してきており、働き方はテレワークを含むようになるなどライフスタイルも変化を始めている。企業においても、例えばサプライチェーンの進化などが求められるようになってきている。コロナ禍後にやってくるであろう平時の状態を指して「ニューノーマル」や「ネクストノーマル」という言葉さえ生まれている。

世の中には「ノイズ」と「シグナル」という考え方がある(注1)。未来を予測するときに、何らかの情報や事象が単なる一時的な雑音なのか、将来につながる信号なのか、ということである。もちろん、コロナ禍がこれからの世界経済や日本経済にとってのノイズなのかシグナルなのかは、いまだ明らかとはいえない。それでも、世界の経済規模としてGDPの推移をみると、戦争や金融危機さえもノイズであったかのように、指数関数的な成長がトレンドとして続いてきている。

世界のGDP成長
図:世界のGDP成長
出所:Our World in Data。筆者が作成

企業が経済成長を牽引する

それでは、経済がトレンドとして成長してきているのは、なぜであろうか。もちろん、国家レベルでの経済政策、産業政策、財政政策などの効果もあるが、企業それぞれが成長を追求してきていることによる効果も大きい。

そうした企業の成長は、そのおよそ3分の2が成長する市場を獲得することによって、およそ3分の1がM&Aによって、実現されていると言われている(注2)。そして、成長する市場は、ノイズやシグナルを超えて、社会や産業についての明らかに大きなトレンドからもたらされている。それは、メガトレンドといわれるものであり、例えば、世界の人口が2060年にかけて100億人に増加していく中でのアジア・南米・アフリカでの新興国の台頭、消費者たる中間層の増加、都市化の進行、農業・食料・栄養の必要などがある。また、サステナビリティの不可逆的な流れの中での脱炭素化の必要性やクリーン・エネルギーへの転換などがある。さらには、データの活用によるデジタルやアナリティクスといった流れも含まれよう。これらのメガトレンドを引き寄せて、自社の強みを活かして事業機会とすることによって、企業は中長期にわたる持続的な成長を実現できるのであって、それが経済の成長にもつながるのである。

一方で、日本企業は、現在、その手許に約260兆円ものキャッシュを抱えたまま、成長のための一歩を踏み出せないでいる。日本国内では人口減少が静かに進んでいく一方で、世界では脱炭素化をはじめとするメガトレンドがさらに加速化していく、そのような2022年は、日本企業にとって、次なる大きな成長を希求して、これまでにない大胆な経営の舵取りを行っていくための正念場になるといえよう。

日本企業の新しいかたち~事業ポートフォリオのアップデート

多くの日本企業は、第2次世界大戦後に日本の人口が増加するにしたがって国内需要も増加する中で、事業領域を次々に拡大してきた。そして、大企業を中心に、いまでは多数の事業を抱えることになっている。ただ、そうした事業が、今後の成長を期待できない、あるいは十分な稼ぐ力を見込めない状態に陥っており、踊り場に立つというところを超えて、袋小路に入り込んでしまっている。

その一方で、複数の事業を抱える企業の多くでは、それぞれの事業部門がいわば組織縦割りで独立に経営されてきている。そのため、企業にとって全体最適となる大きな経営の舵取りができないまま、それぞれの事業部門が部分最適として何とか凌いでいくという手詰まりの状態が続いている。まさに、日本企業に事業戦略はあっても企業戦略(注3)がない、と言われる由縁である。

2022年の日本企業に求められるのは、メガトレンドのもとで成長していく市場に軸足を大きくシフトし、そこで自社の強みを活かして事業機会を獲得して、中長期にわたる持続的な成長を実現していくための、事業ポートフォリオのアップデートである。これまでのコア事業がキャッシュを生み出していて経営の屋台骨を支えているうちに、成長する事業領域における次なるコア事業へのシフトを図り、将来性が見込めない事業からは退出さえも行っていく。最近では、よく知られているように、世界屈指のヘルスケア・カンパニーを目指す富士フイルムや社会イノベーション企業を目指す日立製作所が、自社なりの強みを活かしてメガトレンドを捉えながら、M&Aや事業売却も活用して、このような事業ポートフォリオのアップデートを行ってきている。日本企業には、こうした今後の持続的な成長のための事業ポートフォリオのアップデートが必要になっている。骨太な企業戦略によって事業ポートフォリオのアップデートを行っていくことが、日本企業の新しいかたち、ひいてはこの国の新しいかたちを創っていくのである。

2022年は事業家であり投資家である経営者による変革元年

こうして、企業戦略を打ち立て、そこで描いた道筋に沿って事業ポートフォリオをアップデートすることによって、メガトレンドのもとでの持続的な成長を実現していく経営者は、まさに事業を創造していく「事業家」といえる(注4)。ミッションやビジョンのもと、強烈な情熱さえも持って、企業戦略を羅針盤として、成長する事業を創造していくのである。それと同時に、企業は資本を投資して事業を行っているものであることから、「投資家」としての厳格かつ冷徹な眼も持って、投下資本のもとで事業から十分な水準の利益を生み出して行くのである。

このような事業家であり投資家でもある経営者は、これまでの日本企業においては生まれづらかった。事業部門による組織縦割り経営の中で担当する個別の事業だけを見て、その結果として最後の昇進のように経営幹部になっていくという慣行が、大企業を中心に長らく続いてきたからである。これからは、経営幹部になってからでさえも事業分野・機能分野・地域の担当をローテーションするなどして、出身部門だけでなく自社全体を見る眼を養い続けること、そうする中で、メガトレンドを捉えた中長期にわたる成長の実現および投下資本と対比して十分な水準での稼ぐ力の実現を強く意識してアクションを取ることから始めてみるべきである。そして、アクションを取ることを通じて、日本企業にとっては新しい姿の経営者としての自信もつけながら進んでいくのである。強い意識のもとでの実践の積み重ね、そして自信こそが、事業家であり投資家でもある経営者を育てていくことになる。

2022年は、このような事業家であり投資家である経営者が一人でも多く増え、メガトレンドのもとでの大きな成長の道筋としての企業戦略を描き、事業ポートフォリオをアップデートしながら、事業機会を獲得して中長期にわたって持続的な成長を実現する経営へと舵を切っていく「変革元年」となるべき年である。それによって、日本経済もまた、次なる成長の軌道に乗っていくことができる。そして、この国の新しいかたちが生まれるのである。

脚注
  1. ^ ネイト・シルバー (西内啓・川添節子 (訳))「シグナル&ノイズ 天才データアナリストの『予測学』」、2013年11月、日経BP 社刊
  2. ^ Viguerie, P., Smit, S., and Baghai, M. “The Granularity of Growth”, Hoboken NJ: Wiley 2008
  3. ^ 全社戦略とよばれることもある。企業戦略や全社戦略はcorporate strategy、そのもとでの個々の事業の事業戦略はbusiness strategyとして区別される
  4. ^ 佐藤克宏「戦略としての企業価値」ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビューのネット版 dhbr.net連載 (全16回、2021年10月)
    https://www.dhbr.net/articles/-/7910

2021年12月22日掲載

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