Special Report

新しい時代を支えるソシオ・エコシステムのさらなる発展を目指して

矢野 誠
理事長

RIETI編集部:理事長ご就任にあたり、まずRIETIの役割・意義についてお聞かせいただけますか。

矢野 誠(RIETI理事長(以下、矢野)):RIETIは、「我が国の経済産業政策の立案に寄与するとともに、広く一般の経済及び産業に関する知識と理解の増進を図り、もって経済及び産業の発展並びに鉱物資源及びエネルギーの安定的かつ効率的な供給の確保に資すること」を目的として、2001年に設立された政策シンクタンクです。これまでもRIETIは、「霞が関の知的プラットフォーム」として理論的・実証的な研究成果と政策ニーズとをマッチングさせるとともに、エビデンスに基づいたさまざまな政策提言を行ってきました。世界の不確実性が高まり、不透明さが増す2020年代には、こうした政策ニーズと最新の理論を融合させるプラットフォームの役割が、これまで以上に求められるようになると思います。

RIETI編集部:RIETIでは今年度から第5期中期計画(2020年度〜2023年度)に入りますが、第4期中期計画(2016年度〜2019年度)の総括と第5期中期計画のねらいについてお聞かせください。

矢野:RIETIでは、4年間の第4期中期計画期間に、第4次産業革命が進む世界でのソシオ・エコシステムの構築についてさまざまな観点から分析を進めてきました。具体的には、現代の日本経済が直面する諸問題について、①マクロ経済と少子高齢化、②貿易投資、③地域経済、④イノベーション、⑤産業フロンティア、⑥産業・企業生産性向上、⑦人的資本、⑧法と経済、⑨政策史・政策評価という9つのプログラム・体系に整理し、多角的な検討を行いました。さらに、これら9つのプログラムの横串として「AIなど第4次産業革命が生み出す新しい技術と経済の関係」というテーマを設定し、「AI等に関する社会科学研究拠点」となることを目指してきました。今後AIやビッグデータは急速に社会に定着し、暮らしも働き方も社会も大きく変容すると考えられます。こうした新しい時代を支える技術と社会システムは、パーツの改善でなく総体として新しくデザインし直されるべきだというのが、第4期中期計画期間の研究活動全体を通じて生まれた総合的知見です。この「新しい時代を支えるソシオ・エコシステムのデザイン」は非常に大きなテーマですが、これまでの研究成果を基礎として今後も研究を発展させていきたいと考えています。こうした研究により、人間とAIがそれぞれの比較優位を生かして協働すれば経済学の創造性も大幅に高まる、という藤田昌久RIETI元所長が予見した世界が実現すると考えています。

第5期中期計画では、これまで推進してきたAIに関する研究(AIを活用した企業パフォーマンス、消費者行動の分析等)に、第4次産業革命関連の研究や近年急速に進展している行動経済学的アプローチなどを加え、1)文理融合研究を推進する、2)EBPM(Evidence-Based Policy Making:証拠に基づく政策立案)研究を推進する、3)政策実務者に役立つデータ等の整備を行う、という3つの取り組みに力を入れていくつもりです。

RIETI編集部:特に文理融合研究は、矢野理事長がずいぶん前から唱えられてきた構想ですよね。

矢野:以前京都大学経済研究所の所長をしていたのですが、部局長になると部局間の折衝のため理科系の先生方にお目にかかる機会が増えました。それまでは僕は経済学者だったので、純粋に経済学の研究の世界にいたわけですが、京大の部局長をやったことで理系と文系の相互関係から自分の考え方も進歩するし、自分の言っていることが少しは理科系の先生方にも影響力があるかなと最初に気が付いたんです。理系の先生方と話していると、文系は重要だとおっしゃるんだけれど、自分たちが作った物を売るにはどうしたらいいかというタイプの議論が多いんですよね。僕みたいな経済学者から考えると、そこにすごく違和感があって、その間の調整をしなくちゃいけないなと思ったわけです。以前出した本にも書いたんですが(注1)、理科系の人達はシーズがあるからニーズは必ず作れると考えているんですよ。京大の中期計画や各大学の中期計画等を見て感じたのは、理系の先生が書くと、持ってるシーズをニーズに転換しようという議論がすごく多い。経済学は逆で、ニーズがないところにシーズを作っていっても しょうがないというふうに思うわけです。 ああ、発想が全然違うなと。日本の大学は箱物ばかり作るけれども、その中にどうやってソフトウェアを作っていくか。教育のための授業の内容や教え方とか、本当の対人関係で出てくるようなソフトウェアをどうやって作っていくかという発想が少ない。それで、ニーズからシーズを探していくという、日本社会を転換する必要を感じるようになったわけです。

エディソンの言葉に「必要は発明の母」(I find out what the world needs. Then I go ahead and try to invent it.)というのがありますが、これがまさにニーズがシーズを作っていくっていうことです。米国の科学者にはニーズをどうやって捕まえて、それをシーズに作っていこうかと考える人達が多い。例えばものすごく基礎的なテーマを研究している研究者でも、どこにニーズがあるのかなってことから自分の研究を進めている人が多いと感じます。そこが日本と米国の研究者の違いだなと思うわけです。80年代の第3次産業革命のときから、日本の失敗はソフトウェアを作っていこうとしなかったことがあると思っていて、それがいまの日本の問題になっていると思います。

例えばパソコンって言葉を最初に使ったといわれるJohn Mauchlyのインタビュー記事が1962年にニューヨーク・タイムズ紙に出て(注2)、これからは子供がコンピュータを使う時代になると書いてある。最初から子供が使うってことを念頭において、子供のニーズに合わせたものを作っていこうと考えているわけです。そういう歴史を見ても、やはり科学技術の振興はニーズから出発している。そこが日本と米国の違いだなと思います。日本は、戦後すぐは発展途上国だったので、あまりニーズを考える必要がなかった。でも米国で技術開発をしていた人たちは、いま研究している技術に何の価値があるか分からなければ研究費がつかないし、ビジネスにもならないので、それが何に使える技術かを遠い将来から見て、現在までさかのぼって(バックキャスト)考えています。僕が経済学をやる時にも、何がいま社会のニーズなのかを考えて、それに合わせたやり方をしていたいと思っています。

RIETI編集部:確かに矢野理事長はいつもかなり先の未来を見据えた発想や発言をなさっていますよね。

矢野:研究者はかくあるべきだと思っており、それが役所とRIETIとの違いだと思います。われわれは物を考えることを仕事として任されていると思うし、そこに予算をつけてもらっています。他の人とは違う視野のレベルで考えていかなかったら、役に立つことは出来ないと思っています。

例えば、文理融合では、文系として理系を引っ張っていく研究をしていかなくてはならないと。緊張関係があって、両者が互いに綱引きをしているからいいのであって、理系が物を売りたいから文系の力を借りたいっていう発想ではなく、もっとニーズから社会を引っ張っていくような、そういう仕事を文系がしていかなきゃいけないと思うわけです。ただやはり日本の伝統的な文系の人たちは純粋な研究者が多く、社会との接点が少ない。これからはもっと社会の接点を作って、日本や世界の今後の技術の方向性やどうやって技術を使っていくのかということを先頭に立って社会に提示していく役割が経済学にはあると思うわけです。そこが文理融合をやろうと考えたきっかけです。

幸いRIETIは元経済産業省の技官の方で大学に残って一緒に研究してくださっている先生もいるし、理系と文系の垣根が比較的低い組織だと感じています。医学との共同研究もありますし、これを第5期ではもう少し組織立って打ち出していくのが重要だと思っています。

RIETI編集部:EBPMについてはいかがお考えでしょうか。

矢野:RIETIの強みとしてEBPMを推進していくことはとても重要です。われわれとしては政府の要請に応じて、できるだけ多くの資源を割いて政策の評価をしていく。研究としてのEBPMでは、政策評価の蓄積を踏まえた政策立案の助言をしていくことから、さまざまな政策評価を蓄積していくことが重要です。ただし、評価結果は正か負か0の3つしかない。時として負の結果も出てしまうことを政策担当者の方々に理解していただくことが大事だと思います。そこを理解してもらえるようになれば、われわれの組織としての研究、蓄積を通じた助言ができていくと思っています。

研究者と政策に携わっている人たちの物の見方の違いは、時間的視野の違いだと思います。当然、政策ニーズは来年ではなく今すぐ必要とされるものですし、今必要なことと明日必要なことが突然変わるかもしれないので、短い時間的視野で考えます。一方で、研究は長い時間的視野に立って物を考えるので、そのすり合わせが重要だと感じています。繰り返しになりますが、負の研究結果でも受け入れてもらえるようにすること、長期と短期の時間的視野が研究者と政策担当者では違うことを理解しつつ政策現場に役立つ情報提供をすること、さらにRIETIから価値のある研究が作られる研究体制を構築すること、この3つが長期的にはEBPMでわれわれの目指すところかなと思うわけです。欧米では政策評価に関する研究を蓄積した出版物がすごく整っているので、長期的な展望としてはそういったこともやっていきたいですね。

RIETI編集部:高品質なデータ整備と活用についてはいかがでしょうか。

矢野:RIETIは元々公的データを使った実証研究が多いですが、第5期は民間のビッグデータも用いて網羅性と即時性のある実証研究を行い、スピード感をもって政策に役立つような提言を行いたいと考えています。例えば、RIETIが従来持っているデータに加え、新規にデータを取得しアーカイブ化して霞が関と学術界のデータプラットフォームともなれればと考えています。

RIETI編集部:最後に、いま世界の最大の問題となっている新型コロナウイルスについてはいかがでしょうか。

矢野:こういう時こそ足腰を鍛えるべきです。今はわれわれの組織としての技術革新のチャンスで、具体的には在宅勤務とか、オンライン化をしていろんなところで仕事ができるようにしていくなど、必要に応じてあらゆる場所で仕事ができるような体制を作っていくことはすごく重要だと思います。長い間日本を見ていて感じるのは、箱物を作るのはすごく好きなんだけれども、箱物に魂を入れるのが日本の組織の弱いところだと。IT革命が始まったといわれる1985年に僕は日本に帰ってきたんだけれど、米国みたいな最先端の技術国と比べると、情報通信では本当に15年とか20年近く遅れている。今がそれを直すいいチャンスなのかなと思う。それはRIETIだけでなく、日本がもう一歩生産性を高めていくために、社会全体にとってやっていかなければならないことだと思います。研究会もオンラインでできるようにしなければいけないと思うし、女性の職場参加に対しても必要に応じて自宅で仕事ができるような体制を整えていくべきだと思います。RIETIのような「知のプラットフォーム」は、その先導役になっていくべきでしょう。

コロナウイルスに関してはまだデータが足りない状況ですが、データを集めてそれに基づいてさまざまなことをやっていきたいと考えています。今考えているのは、インターネット上でどれだけ正しい情報が提供されているかを判断した上で、情報の発信量が正しい対応を助けるのかといったことをやれないかと。インフラを作ってデータを集めると1年くらいかかるかもしれませんが、情報がどう広まり、それがどういった効果を世の中にもたらしたかを研究するための重要な機会だと考えています。

脚注
  1. ^ 『なぜ科学が豊かさにつながらないのか?』矢野 誠(著, 編集), 中澤 正彦(著, 編集)慶應義塾大学出版会(2015)
  2. ^ 1962年11月3日。John Mauchlyは、世界初の汎用電子デジタル計算機であるENIACや、米国初の商用コンピュータであるUNIVAC Iを設計・製造した人物。

2020年4月3日掲載

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