Special Report

新型コロナウイルスとEBPM(証拠に基づく政策作り)

山口 一男
客員研究員

筆者はここ数年RIETIやシカゴ大学を根拠地にして、多くの日本の行政官たちとEBPM(証拠に基づく政策)の重要性について語ってきた。だが仮に有効性のエビデンスが全くない政策、何のポジティブな効果も期待できず、かえって国民の生活に悪影響を与えることが自明と考えられる政策が場当たり的に押し進められようとする時、それに抗する行政官がいないのであれば、EBPMは単なる飾りものとなる。EBPMは政策判断に合理性を導入することに意図があるからだ。いつからか日本の行政組織が、命令系統の秩序を保つことを国民の安全や利益を守ることに優先させる組織に変質してしまったかのように見える昨今、国家公務員の矜持は国民の利益を第一に考えることではなかったのか、と改めて問いたい。

読者の中には、筆者がコロナウイルス問題について何が科学的で合理的であるかの議論をする資格を問うものがいるかもしれない。筆者はかつてコロンビア大学公衆衛生大学院の助教授であり、その時の研究領域は社会疫学(social epidemiology)であった。医療の専門家では全くないが、疫学については全くの門外漢ではない。もちろん、以下は一学者の私見であり、個人的責任における言であり、RIETIの意見を代表するものでは全くない。

疫病についてはまず感染の伝播を防ぐことが最重要となり、第2に感染者の重症化を防ぐことである。コロナウイルスの場合、感染はperson-to-person、つまり人と人との接触により起こることが知られている。ここで重要なのは、感染の伝播は「感染者と未感染者(未だ感染を免れている者)」の社会的接触の確率に比例するということだ。コロナウイルスの場合、感染者の感染力には個人差が大きい(特定の人が大きな感染力を持ち、多数は小さい)が、平均的には一人の感染者が2-3人の他者を感染させるので、感染者数が初めは幾何級数的に増大しやすい。これは中国、韓国、イタリア、フランスでの感染率増加のパターンに顕著にみられる、日本のパターンは、今のところ幾何級数的増加がみられないが、それは以下の理由で感染者の暗数化が起こっている可能性を示唆する。

感染の伝播を防ぐには、まず(1)誰が感染者であるかをできるだけ正確に把握することで感染者を隔離し、未感染者が感染者と意図せず接触する機会を少なくすることであり、(2)隠れた感染者が「被感染度(感染を受けやすい度合い)」の大きい未感染者と接触が起きやすい状況を減らし、さらには(3)感染したとき誰が重症化しやすいかをデータから特定し、資源に限りがある時は、重症化しやすい人への感染・治療対策を優先することである。

まず(1)であるが、日本の対策は非常に問題である。コロナウイルス検査機関を少数に特定化し、検査が可能な医療機関で広く検査ができる体制を取らなかったことと、検査費用の医療保険の適用を即時に行ってこなかったことも明らかだ。この結果、例えば一日当たり日本のほぼ十倍の検査を広く行った韓国に比べ、表に出てくる感染者数は少なくなるが、これは多くの感染者が暗数(実際には感染しているが把握されない数)化するためである。感染者のみに限らない、感染死亡者数も年間約12万にのぼる一般の肺炎による死亡者数のなかに隠れてしまう可能性も高い。だがこの暗数化には3つの大きな弊害がある。第一に、感染が初期に判明し、コロナウイルスには治療法は確立していないとはいえ、早期には発見されることで重症化のリスクが軽減されるであろう人たちの命を救えなくなることである。第二に感染者の特定化が遅れることで、感染者と未感染者の接触の確率が高まり、感染者を増やしてしまうことである。第三に感染者の多くが暗数化することで、感染の実態が正確に把握できず、将来同じような感染が起こった時への有効な対策の指針となるデータが得られなくなることである。偏ったデータからは誤った結論を得てしまう。例えば中東を中心に猛威を振るったMERSは感染者中34%が死亡するという高い死亡率で知られるが、その原因の一部は感染者の把握が不十分であったせいもある。実際、新型コロナウイルスの場合も感染者中の死亡者率は、現在(3月2日)時点で感染者数200人以上の5か国のうち感染者把握が最も遅れていると思われるイランが最も高く、逆に積極的に検査を進めている韓国で最も低い。

次に(2)の隠れた感染者と未感染者の接触を減らすことだが、重要なのは未感染者と未感染者の接触は感染伝播に影響しないという点である。政府は2月28日より小中高の一斉休校を要請したが、これは英断どころではないと筆者は思う。後述するが、年齢20歳未満の人々は被感染率においても、感染者の死亡率においても最も低い。感染死亡者数が1000人を超えた2月21日時点で中国における0-9歳の死亡者数は0、10-19歳は1人で、死亡者が2900人を超えた現在も0-9歳の死亡者数は0である。この事実は、学校はその学校に感染者が出ていない限り、未感染者である児童・生徒を半ば隔離している状態であり、電車通学の場合を別として、小・中学校での教育は感染について比較的安全な場所で児童・生徒を保護することを意味する。一方、休校にした場合、その時間をどう過ごすかによる不確定性によるリスクが生じる。もし休校になった中学生や高校生の一部が、自宅にこもらず町中に出て例えばゲームセンターなどに行くなら、学校に行くよりはるかに不特定多数の人との接触機会が増える。一方、多くの人が指摘しているように、休校に伴う社会的コストは非常に大きい。児童・生徒の学習機会の損失、児童保護のために仕事を休む親の所得損失(非正規雇用者の場合)や就業機会の損失などであるが、全国規模となればそのコストは計り知れない。

また、今回のケースは、日本の雇用や教育組織に他の先進諸国では普及している柔軟性のある雇用や教育の在り方の発達の遅れが、即日本の危機管理の制度的欠如として露呈した形になった。戸堂康之氏らの研究(注1)によると、東日本大震災による経済的打撃に関し、日本の製造業のサプライチェーンの途絶がそのコストを100倍にも増大させたという。一般に一つの機能がなくなったときに、その代替となる機能がすぐ用いることができるか否かかが、機能損失のコストに大きく影響する。原発事故でも、突然の電源損失に対する何重もの備えがなかったことが大きく災いした。感染者と接する機会の大きい行動の一つは言うまでもなく、電車・地下鉄などの利用による通勤・通学である。問題は仮に通勤・通学の機能停止をした場合の有効な代替えがあるか否かである。通勤については通常在宅勤務などを取り入れていた企業は、効率性を損なわずにその割合を増やすことで、通勤者を減らすことができるが、普段そのような制度を持っていない企業はできない。日本は欧米に比べ、在宅勤務の普及度が小さく、この点でワークライフバランスの達成しがたい社会であるだけでなく、今回の危機管理上リスクもコストも高くなる社会であることが判明した。また日本の教育におけるIT技術の利用はOECD諸国の中で極めて低く、この点での先進国との差は年々広がっている。しかし、IT技術の普及、特にスカイプなどを通じた遠隔教育を実験的にでも導入していたなら、休校などせずに遠隔教育に切り替えもできたはずである。

最後の「被感染度」と「感染者の重症化」については中国CDCウィークリーに2月21日に発表された報告が参考になる(表1)(注2)。しかし「被感染度」については不完全な情報である。各種分類別の感染者数のみ報告し、分母となる人口が示されていないからである。しかし年齢別の「被感染度」について、感染者の大多数が、湖北省(感染者数の約89%)の武漢市で起こったことを考えると、武漢市の年齢別の人口分布を勘案して、凡その「被感染度」を推計できる。その結果、表1で20歳未満の感染者数が少ない理由の一部はその年齢区分の人口が10歳区分平均で約半数であることが判明した。武漢市に就業を契機とした移住があるために20歳以降の人口が増えるためと思われる。しかしそのことを考慮しても、20代未満に比べ、20代では人口当たりの「被感染度」は4倍ほどになり、さらに30歳代ではさらにその倍近く(20歳未満の8倍)になる。その後、表1では40代、50代と年齢区分が上がると感染者数が増えるが、その間の武漢市の人口は40代ではやや増え、50代ではむしろ減るので、「感染しやすさ」は30-49歳代ではあまり変わらず、50代でさらに上がると考えられる。また表1では60代以降感染者数が年齢とともに減るが、人口もほぼ同様なペースで減っているため「被感染率」はあまり変わらない。ただし80歳代で感染者数が約3分の1になっているが人口は約半減なので、行動範囲が限定される80歳以上の高齢者はやや「被感染度」下がると思われる。

一方、感染した後の病状の重症化は感染者中の死亡率で測られる。表1から明らかなように、死亡率は50歳未満では極めて低く、それ以降年齢と共に大きく増大することが見て取れる。特に80歳代以上の死亡率はこの時点で15%と大きく、その後さらに上昇して現在20%を超えていると報告されている。また、年齢と相関するので、やや影響が多めに推定されているが、表1に見られるように既往症の存在、特に心臓病を抱える人々が、死亡率も高いことも判明している。

これらの事実は、感染予防に関しては特に30歳以上の就業年齢層に、また感染者の重症化対策には年齢50歳以上、特に70代、80代の高齢者や心臓病などの既往症のある人を優先して考える必要があることを示す。クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客のコロナウイルス検査では高齢者が優先されていたと筆者は記憶するが、日本におけるその他の検査においてそれは聞かない。新型コロナウイルス検査はできる限り広く、少しでも感染の疑いのあるすべての人に行うべきであるが、もし資源に限りがあり優先順位が必要ならば、感染リスクの大きい「感染者の濃厚接触者」に加え、熱・咳など関連症状保持者のうち、高齢者や心臓病・糖尿病・高血圧などの既往症のある人々の検査を優先することを行うべきであると思う。彼らは早期に感染が発見され重症化が防げるかどうかが、他の人々に比べ生死を決定する確率がより高いと思われるからである。

更には社会的接触についても、高齢者の外出や老人ホームへの業者の出入りや個人訪問の制限とそれに伴うサポートや、高齢者向けスポーツジムや娯楽施設利用などの一時停止をまず行うべきと考える。同時に多くの不特定の人々の集まる不急のイベントは延期や停止が妥当であるが、経済活動や社会・文化活動が絡む、従ってその停止や延期が多大な経済的あるいは社会的コストを生む可能性のある活動には、例えば原則60歳以上の高齢者の参加や既往症のある人々の参加自粛を要請し、それらの人々には政府は不参加に伴う補償をできる限り行うべきであり、また前述の雇用や教育同様、遠隔参加ができる催しならば、遠隔参加への切り替えも考えられるべきであると考える。一時的にせよ、数か月に及ぶと考えられる危機管理状況の対策として、重要な経済及び社会・文化活動を停止することは、コストがベネフィットをはるかに上回ると考えられるから望ましい政策ではない。

また一般に、今回の新型コロナウイルス対策への政策決定には専門家の関与が少なすぎると思う。米国CDCのように疫病対策政策と専門研究を共に行う機関の設立を訴える人もいるが、筆者は専門知識軽視に加え、行政組織における「ジェネラリスト」重視に問題があると思う。厚生労働省キャリアは医学の専門家でも疫病の専門家でもない。また官庁統計に携わる者が実際は近年の統計学の専門知識を全く持たない。一方専門家委員会が作られても、単に「専門家の意見を参考にして決めた」という口実にのみ使われ、既に決められている政策方針に一致しないものは採用されにくい現状がある。行政組織が専門職倫理のしっかりした職員を育てることにあまり熱心でないことにその一因がある。なぜなら、専門職倫理の高い職員、例えば設計のずさんな企画に反対する職員、などが融通性のない者として忌避される傾向すらあるからである。これは行政組織がきちんとした仕事をすることより、仕事をただこなして与えられた予算を予定期間内に使い切ることを優先する体質があるからである。単なるアウトプット(何をしたか)でなく、意味のある結果(アウトカム)を出せたか否かを問題にするEBPMは、このような行政の今までの在り方に対する反省から生まれたはずである。だが、もしその「反省」も、一種の飾りやポーズで終わり、不合理が明らかな政策に行政官庁がただ追従するならば、国民の信頼を回復する自主的な行政改革の芽を自らつぶしているといえよう。行政は専門性とそれに伴う専門職倫理を自らの強みと国民の信頼の土台とするよう改革を進めねばならない。

歴史でもそうだが、関連する記録やデータを意図的に消却したり、収集を阻止したり、改竄したりして作り出した虚構の上に成り立つ政策では合理的判断は不可能となる。日本は過去に何度も同じ誤りを政治において繰り返している。今回の感染者の暗数化もそういった弊害が表に出た氷山の一角と筆者には思える。

表1:年齢別および既往症別感染者数、死亡者数、感染者死亡率
感染者数
(構成比 %)
死亡者数
(構成比 %)
感染者死亡率
(%)
総数 44,672 1,023 2.3
年齢
0-9 416 (0.9) 0 (0.0) 0.0
10-19 549 (1.2) 1 (0.1) 0.2
20-29 3,623 (8.1) 7 (0.7) 0.2
30-39 7,600 (17.0) 18 (1.8) 0.2
40-49 8,571 (19.2) 38 (3.7) 0.4
50-59 10,008 (22.4) 130 (12.7) 1.3
60-69 8,583 (19.2) 309 (30.2) 3.6
70-79 3,918 (8.8) 312 (30.5) 8.0
80以上 1,408 (3.2) 208 (20.3) 14.8
既往症 「不明」を除く感染者総数N=20,812
高血圧 2,683 161 6.0
糖尿病 1,102 80 7.3
心臓病 873 92 10.5
気管支疾患 511 32 6.3
107 6 5.6
既往症なし 15,536 133 0.9
注:既往症は複数の場合、主なもので特徴づけている。既往症の構成比は原表に誤りがあると思われ省いた。
脚注
  1. ^ Inoue, H., and Todo, Y., 2018. "Firm-level simulation of supply chain disruption triggered by actual and predicted earthquakes." RIETI Discussion Paper, No. 18-E-013.
  2. ^ 「新型冠状病毒肺炎流行病学特征分析」中华流行病学杂志, 2020,41:网络预发表. DOI: 10.3760/cma.j.issn.0254-6450.2020.02.003. ウェブサイトはhttp://rs.yiigle.com/yufabiao/1181998.htm.

2020年3月4日掲載