Special Report

女性の活躍推進法(案)および関連する労働時間に関する法改正や雇用機会均等法の再改正についての意見

山口 一男
客員研究員

I. 女性の活躍推進法(案)の一般事業主行動計画の策定(第8条、16条関係)について

女性の活躍推進法(案)では第8条で常用雇用者が300人を超える一般事業所に対し、女性の活躍推進に関する行動計画の策定を義務づけている。これは法案中最も重要な事項と考えられるが、その運用次第で結果に大きく差が生じることが考えられるので、まずそれについて意見を述べたい。

1. 正規雇用、非正規雇用別の具体的行動計画策定の指針について(第8条関係)

法案第8条で、行動計画策定に関しては、「職員」と一律に考えず、正規雇用(あるいは無期雇用)と非正規雇用(あるいは有期雇用)の別に策定することが以下の理由で重要と考えられる。

正規雇用について、女性の活躍が遅れているのには(1)女性が男性と同等の正規雇用(無期雇用)の機会を与えられていないこと、(2)職場で女性が男性と同等の仕事の質の向上の機会を与えられていないこと、(3)達成の評価基準が女性に不利であるため、女性の活躍が男性と同等に評価されにくいこと、(4)仕事の達成やその評価が男女で同等でも、女性の管理職昇進率が男性より著しく劣ること、の4点が原因である。つまり「雇用」「経験」「評価」「昇進」の4面で女性がハンディキャップを負っていることが正規雇用における女性の活躍が進まない主な理由である。

(1)については新卒雇用機会の性差以上に、育児離職後の再雇用に正規雇用の機会が著しく少ないことが原因である。(2)については企業内研修への女性の低い参加率だけでなく、より「易しい」「責任の低い」仕事に女性が優先的に配置されやすく、その結果経験を通じて仕事能力を向上させていく機会が女性に少ないことが重要な要素である。またこのことは育児離職後の再就職についても、彼女たちの市場価値を低めている。(3)については、元資生堂副社長の岩田喜美枝氏も指摘しているが、評価基準上長時間労働をする人が有利になっている多くの企業の現状がある。それは業務の成果が、かかった時間にかかわらず目標をどれだけ達成したかで評価され、また長時間労働ほどその目標達成は可能なため、残業時間の少ない女性が低く評価されやすいという点である。この是正には、私が長らく主張していたように、企業は時間当たりの生産性、あるいは時間当たりの目標の達成度を、達成評価基準にする必要がある。(4)については加藤隆夫コルゲート大教授・川口大司一橋大学教授・大湾秀雄東大教授による経済産業研究所での研究に示され、私も関連事実を明らかにした。私の分析ではこれは職の配属上(特にホワイトカラー職では女性に事務職が非常に多い)女性は特定の職に集められやすく、そこでの高い評価は他の職ほど管理職昇進と結びつきにくいという結果があり、(2)の問題と同様、女性を特定の職に配置し広く活用しないことに原因がある。それで、法の運用規則において、正規職員については「雇用」「経験」「評価」「昇進」の各側面について、企業が女性の活躍推進について行動計画に盛り込むことを義務付けることが重要と思われる。

一方、女性に多い非正規雇用者については、正規・非正規の区別に中立的な評価基準で均等待遇を実現し、非正規雇用者の質の向上についてのインセンティブを高めることが重要で、この点についての企業の実行計画の策定が必要と考える。また優秀な非正規雇用者から正規雇用や直接雇用(非正規雇用者が派遣職員の場合)への道を開く具体的行動の行動計画策定義務も必要と思われる。非正規雇用の「使い捨て」は、一般に外部労働市場には人材が育たないという外部不経済を生み、特に優れた女性人材が埋もれてしまう可能性が大きくなる。結論として、非正規雇用女性の活用には企業が(1)報酬に関して、雇用形態に中立的な均等待遇の実現、(2)評価が高く、かつ希望する者に対する正規雇用・直接雇用への移行の積極的取組をすることが重点となる。

2. 事業計画策定の事後フォローアップについて

行動計画策定は数値目標を上げることを対象企業に義務付けているが、実は行動計画策定以上に、目標をほとんど達成できない企業や女性の活用度の著しく低い起業についての行政指導(アドバイス)の機能を制度化させることが極めて重要である。実は女性活躍の推進には優良企業の表彰以上に、「劣等企業」の底上げが重要なのである。強制性のない形で、女性の活躍の進まない(行動計画のフォローアップで実現値が数値目標より著しく劣ると判明した企業、および同種の業種の他企業に比べ、女性管理職割合が著しく低い企業、など)従業員数300人以上の企業について、地方自治体(指導方針の統一のためには中央官庁の方が望ましいが、法が地方自治体に行動計画策定を義務化しているので、自治体が適当と考えた)から担当職員を拡充の上企業に派遣して、女性活躍が進まない理由について、聞き取りと必要なアドバイスを行うことを制度化・義務化することが考えられる。なお中央官庁によるこのような自治体の制度化の調整も必要と考えられる。

韓国の2006年の男女の機会の平等に関する積極的措置方法(従業員500人以上企業に適用)は、法の対象企業に年々約1%の割合で女性管理職を増やすことに成功しているが、その有効性の主な原因は上記のような行政指導・監督を含む方法で女性活躍「劣等企業」の底上げに成功したからであると理解している。

3. 企業の女性の活用指標の「見える化」について(第16条関係)

8条3項で「一般事業主は、一般事業主行動計画を定めようとするときは、内閣府令で定めるところにより、採用した職員に占める女性職員の割合、男女の継続勤務年数の差異、管理的地位にある職員に占める女性職員の割合等のその事務及び事業における女性の職業生活における活躍に関する状況を把握し、女性の職業生活における活躍を推進するために改善すべき事情について分析した上で、その結果を勘案して、これを定めなければならないこと。この場合において、2の目標については、定量的に定めなければならないこと」とされている。

これらの数値について、「情報開示」は大きな意味を持つ。これは第16条(案)で、「厚生労働省令で定めるところにより、その事業における女性の職業生活における活躍に関する情報を定期的に公表しなければならない」という一般原則が示されているが、具体的には別途施行規則などで定めると理解している。その場合上記8条3項で示した「採用した職員に占める女性職員の割合」「男女別平均継続勤務年数」「役員、部長以上、課長待遇、係長待遇、一般社員」などの区分別の「管理的地位にある職員に占める女性職員の割合」に加え、「正社員1人あたりの年間総労働時間」「1カ月あたりの所定外労働時間」「年休の平均取得日数」など、労働時間にかかわる項目について改善努力および情報開示を義務づけることが重要と考える。また「育児離職後の採用正社員(不定期雇用者)数」も改善努力と情報開示の義務を課すことが女性活躍の推進上極めて重要と考える。なお「採用した職員に占める女性職員の割合」が公正であるか否かの行政判断には企業が職員の職種別の「応募者」と「採用者」数を男女別に記録し、これは情報開示の義務からは外してもよいと思うが、必要に応じて担当行政部局に提出の義務を負うことを運用上定める必要がある。

なおこれらの統計は正規雇用者(無期雇用者)についてであると理解するが、非正規雇用者についても、臨時雇用や短期派遣など一定期間未満の雇用者は別として、男女別の数と女性割合について、また「過去3年間において定期雇用から不定期雇用に雇用形態が変わった者の「数」と、男女別「雇用形態変化割合」について改善努力と情報開示を義務づけることも重要である。

4. 中小企業対策

今回の法は従業員300人以上が対象で義務を負い、従業員300人未満は努力義務となっているが、中小企業に関する女性活躍の推進は中央官庁や経団連の「指導」には限界があり(あまり有効ではなく)、たとえば厚生労働省の地方機関(労働局)が個別に中小企業に働きかけることや、地域の商工会議所などに働きかけることが重要となると考えられる。

II. 最大労働時間についての労働基準法改正案

女性の活躍の推進法とは別個に、関連法として、恒常的長時間労働防止についての法(労働基準法改正?)が考えられ、平均週休2日制である年間104日の休日を与える企業義務などが具体策として考えられている(八代尚宏氏談)と理解している。一方残業を含む最大労働時間についてはEU並みの週最大48時間(40時間を所定内労働時間とすると所定外労働最大週8時間、月32時間)などは、経団連など業界の抵抗が大きく、ある著名な経済学者は所定外労働時間最大、月100時間、3カ月240時間、という案を経済産業研究所のシンポジウムで報告していた。しかし私はその案はいわゆるブラック企業が、残業平均月80時間という家庭役割との両立を考える男女には全く不可能な労働時間を、正当化することに結びつきかねないと考える。現在労働基準法の36協定に基づく、時間外労働の限度時間は週15時間(所定内労働時間を入れて週55時間)、月45時間、年360時間、などとなっている。つまりこれが労働基準法における健全な就業に関する最大労働時間の目安である。私見だが、私はこの限度時間内で働けることが、労働者の基本的人権と考えている。しかし現行法では36協定に付帯する特別協定を労使が結べば、この限度時間を守らなくてよいことになっており、事実上限度時間の考えは空洞化している。問題は、この法が通常法律には例のない、包括的ポジティブリスト形式になっている点である。つまり原則は残業は限度時間以内とすべきなのに、36協定の特別協定があれば、包括的に限度時間の制限を受けないことになる。これでは法律が「ザル法」になるのは当然である。私はこれを通常の個別的ポジティブリスト形式にすべきだと考える。つまり、労働基準法による限定時間の順守を原則として、具体的に個別的な例外を認めるということである。一案であるが
1)管理職者、裁量労働制労働者などで、企業が超過勤務手当の支払いを法的に免除され、かつ残業時間について自由裁量度の高い労働者。
2)労働需要に年間で緩急のある職務についている労働者で、労働時間の割り振りにつき労使で合意のある場合。ただしこの場合、週当たり・月当りの限度時間の遵守義務からは免除されるが、1年の限度時間について雇用主の順守は義務となる。
などをポジティブリストに含めることが考えられる。

III. 雇用機会均等法の再改正案

雇用機会均等法改正で間接差別は「性別以外の事由を要件とする措置であって、他の性の構成員と比較して、一方の性の構成員に相当程度の不利益を与えるものとして省令で定めている措置(※以下の(1)~(3))を、合理的な理由なく、講じることをいいます。(1)労働者の募集または採用に当たって、労働者の身長、体重または体力を要件とするもの、(2)コース別雇用管理における「総合職」の労働者の募集または採用に当たって転居を伴う転勤に応じることができること(「転勤要件」)を要件とするもの、(3)労働者の昇進に当たって、転勤の経験があることを要件とするもの」とされ、昨年からは項目(2)について施行規則により「(2)労働者の募集もしくは採用、昇進または職種の変更に当たって、転居を伴う転勤に応じることができることを要件とするもの」と更に改正された。「転勤要件」が、より一般化されたことは評価できる。

しかし、女性の活躍が進まないのは「転勤要件」以上に「長時間労働要件」ともいうべきものが、総合職採用の条件や昇進要件となっていることである。これが女性に対する間接差別の最も大きな仲介要因であると、私は実証研究結果から考えるに至っている。また「柔軟に働ける働き方」の選択も、管理職登用や総合職採用の妨げとなっており、育児休業後、一時的に短時間勤務や、残業なしフルタイム勤務に移ろうとする女性が、それまでは総合職であったのに一般職に変えられるという事例も報告されている。したがって、間接差別をネガティブ・リスト形式で定義するには、現行法をさらに改正して以下の6項目をネガティブリストに加えることが極めて重要と考える。

(4)コース別雇用管理における「総合職」の労働者の募集または採用に当たって恒常的に所定時間外労働に従事できること(「所定時間外労働要件」)を要件とするもの
(5)労働者の昇進にあたって、恒常的に所定時間外労働に従事していたか否かを評価基準に含むこと
(6)育児・介護に関連する労働者の勤務時間の変更に伴って、コース別雇用管理における「総合職」の労働者を本人の意思に反して「一般職」に変更すること
(7)労働者の昇進にあたって、育児・介護に関連する労働者の勤務時間の変更を評価基準に含むこと
(8)コース別雇用管理において、労働者が在宅勤務、フレックスタイム勤務、など柔軟な働き方を選択することを、コースの振り分けの基準に含めるもの
(9)労働者の昇進にあたって、労働者の柔軟な働き方の選択の有無を評価基準に含むこと

IV. 女性の起業―特にベンチャー起業―の支援について

現在の女性活躍推進法(案)では暗黙に雇用における女性の活躍を念頭に置いていると思われる。これは同法(案)が雇用機会均等法、男女共同参画基本法の延長線上に捉えられているからであると考えられる。一方安倍政権の「第三の矢」の柱の1つに「産業の新陳代謝とベンチャーの加速」が含まれ、具体的には「(1)『ベンチャー創造協議会』の創設によるオープンイノベーションの推進(大企業からのベンチャー創出を含む)、(2)政府調達の増加や創業者向け雇用保険等の制度改革、(3)起業家教育の強化やベンチャー表彰(内閣総理大臣賞)の創設等による国民意識の改革」が挙げられている。問題はこの計画と女性の活躍推進法が有機的に結びついていないと考えられる点である。現在女性の起業は個人サービスと小売りに偏るが、専門サービスでは女性割合は18%で、大企業の管理職の女性割合(5%未満)より遥かに大きいが、専門職雇用者における女性割合(45%以上)より遥かに少ない現状があり、専門分野の起業の社会的機会は男女平等とはいいがたい状況である。ベンチャー事業家については女性割合は不明だが、最近AERA(2015年6月1日号)が、これからの「日本を変える最強の人脈」というベンチャー事業家の社会的ネットワークの図を乗せたが、約80人の1割に当たる8人が女性となっており、DeNAの南場智子氏、iemoの村田マリ氏、(株)コラボラボの横田響子氏、(株)ワークライフバランスの小室淑恵氏らの名が見られる。事業で見ると、南場氏は携帯ゲームのプラットホーム化(モバゲー)、村田氏はマイ・ホームのキュレーションのプラットホーム化(イエモ)、横田氏は女性社長のSNS、小室氏は企業をクライアントとするコンサルティングサービスと多様である。

女性の起業家が少ない理由の1つは資金調達のハンディキャップである。男性に比べクレジットが少ないため、金融機関の融資が得られにくい点であるが、ベンチャーの場合にベンチャーキャピタル(VC)の投資を受けにくいことでもある。2つ目が起業、特にベンチャー起業に必要なノウハウを学ぶ機会が男性に比べ少ないことである。上記の人々でいえば、南場氏はマッキンゼー出身、村田氏はサイバーエージェント、横田氏はリクルート、小室氏は資生堂出身である。非営利だがワーキングマザーのSNSである「ムギ畑」を立ち上げた経済評論家の勝間和代氏もマッキンゼー出身であった。つまり外資系コンサルティング・ファーム(南場、勝間)、ベンチャー企業(村田)、キャリアの自立支援制度を持っている数少ない日本企業(横田、小室)などみな就業経験を通じて起業のノウハウ―を学べる職場環境にいた人たちである。一般にベンチャー起業のノウハウの獲得と資金調達の問題が克服できれば、女性にはIT化したコミュニティ・サービス、SNS、コンサルティング、ソーシャル・ビジネスなどの分野に秀でた潜在人材が多くおり、成功する起業家が多く輩出される可能性がある。

問題は、国が女性の起業、特にベンチャー起業の支援に何ができるかである。私はこの分野の専門家ではなく何が最も重要かは判断できない。しかし私は現在の起業に対する補助金・助成金制度など起業への政府支援について、政府機関やその指定する公的認定機関が、最良の判断者であるかには疑問がある。むしろ民間企業の出資判断力を信頼しその後押しをする方が良いと考える。具体的には就業経験を通じて起業のノウハウを学んだ雇用者に(1)起業の形での雇用者の自立を支援し、幾つもの成功例を生み出すことで労働市場に外部経済性を生みだす企業の数を政府支援により増やすこと、(2)またその雇用者の起業という自立支援に対し政府がマッチングファンド(企業が提供する資金支援額に、一定の限度額の範囲で、相当する政府助成金・補助金を与える)の形で、企業が支援に価すると判断した起業家を間接的に支援する仕組みを促進すること、(3)さらには、そこで女性の起業についてポジティブ・アクションの考えで優先すること、が重要と考える。

また起業に関しては原理的には多数の「ささやかな差異化」によって、市場における分配を変えるが、経済成長や国民の生活の質の向上にはあまり貢献しない起業よりは、少数であってもいわゆる「ブルーオーシャン」を切り開く可能性を持つ人々、比ゆ的には第2、第3の南場智子氏をわが国が生み出すこと、を支援することが、新たな製品・サービスへの需要をも生み出し、雇用を増やし、さらには女性の活用の促進にも貢献する有効な成長戦略である、と考える。

V. その他

政府が女性の活躍の推進に関し、「マタニティー・ハラスメント」や「セクシュアル・ハラスメント」の防止、および「理系女子」の推進を掲げたことは高く評価できる。ただ、その具体策については、特に前者について、未だ明らかでない。今後の有効な施策の具体策が示されることを期待する。

なお、このレポートは厚生労働省及び経済産業省からの非公式のヒアリングのために準備した文書に加筆修正を加えたものである。

2015年7月15日

2015年7月15日掲載

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