Special Report

新世界経済秩序と東アジア ―空間経済学の視点から―

藤田 昌久
所長・CRO

Plenary Session of the 2010 KEA Annual Meeting "East Asia in the Era of New Global Economic Order"での基調講演の和訳原稿です。

開催案内(英文)

* * *

皆様こんにちは。日本経済学会会長の藤田昌久です。本日は韓国経済学会年次総会における基調講演の機会を頂き、誠に光栄に感じております。

実は約1年半前の2008年8月、私は日本経済学会の次期会長として、ソウルで開催された第13回韓国経済学会国際会議に招待され、日本経済学会を代表して謝辞を述べさせていただきました。その謝辞の中で、アジア経済学者による経済研究の一段の発展や、東アジアと世界経済における共通課題についての意見交換を目的とした学術的な協力ネットワークの強化に努めたい、という考えを表明しました。その際、韓国経済学会会長に選ばれたIn June Kim教授から直ちに賛同の意を得ました。それ以後、たとえば昨年10月に東京で開かれた日本経済学会75周年記念シンポジウムでは、アジアおよび米国の著名な経済学者だけでなく、韓国経済学会会長In June Kim教授と、Yu Yongding中国世界経済学会会長を基調講演者としてお迎えすることができました。今日ソウルを訪れ、In June Kim教授に再会するとともに、本総会に参加されているすべての皆様にお会いすることができ大変うれしく思います。このようなアジアの経済学者の緊密な交流は、アジアにおける地域協力の一段の促進にとって、非常に重要であると強く確信しています。

ではプレゼンテーションに入ります。本日は、今回の世界的金融危機後の世界経済と、東アジアの今後の方向性に対する私の考えを述べたいと思います。まず初めに、私の専門分野である空間経済学の立場から、現在の世界金融危機が生じた原因について私の意見を述べます。次に、均衡のとれた世界経済発展を今後遂げるため、東アジアと世界経済の再構築が不可欠であることについてお話します。第3に、東アジアの共通目標の達成を目的とした地域的な協力の一段の促進についてお話します。最後に、私が「知識創造社会」と呼ぶ次のステージにアジアが移行するための地域協力についてのアイデアを示させていただきます。

1. 空間経済学による世界金融経済危機の理解

まず、空間経済学とは何かについてお話しします。地理的空間を対象とする経済学の専門分野として、伝統的に、都市を対象とする「都市経済学」、各国の地域を対象とする「地域経済学」、そして「国際貿易理論」が存在していました。しかし、世界経済のボーダーレス化がますます進むにつれ、本質的に同じ空間的な問題に、異なる分析フレームワークを適用することが不適切なものとなってまいりました。そこで、私たちは2008年ノーベル経済学賞受賞者ポール・クルーグマン教授らとともに、1990年代始めから集積のミクロ経済学の理論構築を中心として、既存の分野すべてを統一する新しい分析フレームワークを開発してきました。これが空間経済学、あるいは新経済地理学として知られているものです。

空間経済学の基本的なアプローチは次のようなものです(図1)。具体的な事例として、現代の韓国では、ソウルが強力な経済支配力を持つ空間的な構造を有しています。このような構造がどのようにして形成されたのでしょうか。経済活動を特定地域に引き寄せようとする集積力と、経済活動を互いに分散させようとする分散力の2つを考えてみましょう。この2つの力の綱引きにより、空間的な構造が形成されます。ソウルとその他の地域のように、支配的なコアと周辺地域からなるcore-peripheryが典型的な結果です *1

図1 空間経済学の基本的なアプローチ
図1 空間経済学の基本的なアプローチ

長期的には、輸送技術や通信技術の進歩さらには人口増大などによる、経済環境の変化にともない、既存の空間構造が不安定化し、新たな空間構造が自律的に再構築されます。現在の世界経済危機は、世界的な経済地理の長期的な移行過程を反映したものであると私は理解しています。産業革命後、長期間にわたり欧州が世界経済の中心でした。その後、20世紀前半に米国が新しいコアとして登場しました。そして最近の数十年間で、世界経済の第3のコアとして東アジアが発展しつつあります。今回の世界経済危機はちょうどこの時期に発生しました。

現代のグローバライゼーションの重要な背景を成すものは、過去40年間にわたる通信技術や輸送技術の絶え間ない発展、およびWTOや2カ国間レベルでの自由貿易協定(FTA)などにより、財、サービス、資本、情報、人の移動にともなう広い意味での輸送費の大幅な減少が実現されたことです。

常識的に考えれば、輸送費が大きく低下すれば立地の重要性が薄れ、経済活動の地理的な均等化が進むと考えるかもしれません。しかし、ソウルがますます韓国の中心としての立場を強めているように、現実は逆です。core-peripheryは少なくとも10年前まで強化されてきました。空間経済学はまさにこの点を説明するものです。

輸送費が非常に高い時には、財の生産者は地域的に分散し、需要地の近くに位置する必要があります。この場合、規模の経済は実現せず生産性は低くなります。しかし、輸送費がある程度低くなれば、生産者は消費者に財を供給するため空間的に特定の地域を選ぶことが可能になり、従来よりも簡単に規模の経済を活用することできます。最も典型的な場合には、生産者は大きな需要がある地域に立地し、そこで大量に生産することによってコストを下げ、そこで消費されなかったものを他の地域へ輸送することを選択します。したがって、ここに新貿易理論における「自国市場効果」が働きます。空間経済学ではさらに人の移動も考えます。多くの企業が同一地域に立地するため、労働者がこれに従います。そして労働者は同時に消費者となり、さらに多くの現地消費が生まれます。このような、雪だるま効果が大規模な集積をもたらします。

しかしソウルのように集積化が過度に進むと、今度は製造業の分散化が始まります。製造業は、中国やそのほかのアジア諸国といった低コスト地域への立地を検討するでしょう。しかし、分散化が空間的に均等に生じるわけではありません。たとえば、中国ではある特定の地域だけが産業を集めていることは良く知られています。「集中的な分散」と呼んでも良いプロセスが、世界レベルと同時に各国レベルでも起きています。

これを背景として、現在の世界的な金融経済危機の原因について私の理解を述べたいと思います。すでにお話ししたように、世界経済と世界貿易の近年の急速な発展は、広義の輸送費の大幅な減少と関係しています。図2に見られるように、1930年から今日まで、海上貨物輸送コストは着実に減少し、航空輸送コストはさらに早いペースで減少、情報費用、たとえば、国際電話のコストはゼロに近づいています *2 。これがグローバライゼーションの引き金となり、同時に集積の経済に基づいたローカライゼーションおよび地域統合をもたらしました。おそらく、経済活動の主要な集積がどこで生じているかを見る最善の方法は、夜間の地球の衛星写真です(図3)。最も明るい地域は北米自由貿易協定(NAFTA)を形成する米国、また、モスクワからリスボンまでの欧州地域です。東アジアでは北日本の北海道から韓国、中国東部、ジャカルタまでが最も明るい部分です。最近ではインドも明るくなっています。

図2 減少する国際輸送費
図2 減少する国際輸送費
出所:経済産業省2008年通商白書
図3 夜間の地域の明るさ
図3 夜間の地域の明るさ

図3のNAFTAを囲む円と東アジアを囲む円を比較すると、ほとんど同じサイズであることが分かります。現代の輸送技術と情報技術の状況のもとでは、これが地域経済統合の自然な空間的なスケールです。韓国では40年前には多かれ少なかれ生産と消費を自給自足していました。しかし今日、私たちの経済空間はこのサークルにまで拡大しています。韓国の経済政策を考える時には、常にこの点に注目しなければなりません。

次の図(図4)は、世界経済の3地域、EU15カ国、NAFTA、東アジアの経済集積の度合を示すものです。1980年の世界GDPに対するシェアは、EU15カ国が29%、NAFTA27%、東アジアが14%でした。当時すでに3地域全体で世界GDPの70%のシェアを占めていました。それから20年後には、EU15カ国のシェアは25%に低下する一方、NFTAは上昇し、東アジアのシェアはほぼ倍増しました。合計すると、2000年の世界GDPに対するこの3つの地域のシェアは83%に達しています。この期間を通じて、段階的かつ大幅な輸送費の減少は、世界経済の急成長とともに集積化の進展をもたらし、世界的な分業を促進しました。特に、東アジアは世界の工場として発展する一方、米国は世界の金融センターとなって成長しました。

図4 EU15カ国、NAFTA、東アジアのGDP成長率
図4 EU15カ国、NAFTA、東アジアのGDP成長率
注:東アジアには、中国、インドネシア、日本、香港、韓国、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、台湾が含まれる。
出所:A. Heston, R. Summers and B. Aten, Penn World Table Version 6.1 , Center for International Comparisons at the University of Pennsylvania (CICUP), 2002年10月

良く知られているように、東アジア諸国では発展段階は大きく異なると同時に、安価で豊富な労働力を抱えており、多様な経済環境を効率的に活用することにより、地域全体を通じてさまざまな産業集積地を統合する効率的な生産ネットワークを発展させました。この生産ネットワークに基づき、東アジアは幅広い工業製品を効率的に生産し、比較的低い輸送費で世界へ輸出しています。このように、東アジアは世界の製造業の中心、「世界の工場」となる一方、世界で最も高い成長を実現してきました。

他方、国際的な通貨取引は本質的に金融情報の取引であり、この取引は現代的な情報技術を活用してほぼゼロコストで瞬時に実行されています。したがって、国際金融産業は本質的に世界的集積化の強い傾向を持っています。実際、米国が世界最大の経済大国でもあり、軍事大国でもあるという事実に部分的に裏付けられ、さらに米ドルが国際通貨として圧倒的な魅力を有しているため、米国は世界で最も魅力的な金融資産市場を形成し、「世界の金融センター」として発展してきました。

2007年までの20年間、東アジアは世界の工場として、米国は世界の金融センターとして、双方が世界経済成長の2つのエンジンとして機能し、図5に見られるように、世界経済は過去に例のないスピードで成長しました。しかし、残念ながらこの世界経済の急成長は、世界貿易不均衡の急速な拡大ももたらしました。東アジアと産油国の巨額の経常収支黒字が投資として最終的に米国に還流し、米国経常収支の巨額赤字を埋め合わせる一方、米国の過剰消費を促進しました。これは、急速な世界成長がバブルに似たメカニズムに依存していたことを意味し、結果的に持続不可能であることが明らかになりました。実際、2007年の米国住宅バブルの崩壊をきっかけに、米国の金融危機は世界的な経済危機をもたらし、世界貿易と国際投資は急減しました。

図5 世界GDPと世界輸出の成長率
図5 世界GDPと世界輸出の成長率
データ出所: 国連統計

現時点で、世界経済は急速な縮小の後、幾分安定化しています。しかし、現在の一時的な安定は、米国、中国、その他主要国の金融および財政からの大規模な景気刺激策によるものであり、世界経済の先行きは不透明です。バブルに似たメカニズムに基づいた急速な世界経済成長の崩壊は、世界に大きな需給ギャップを残しました。短期的なこの需給ギャップを解消することは容易ではありません。労働市場を支え、民間セクターの活動を回復させるには、長期的な国際協調により慎重な金融財政政策を講じることが必要でしょう。

2. 持続的な成長に向けた東アジアの再構築

一方中長期的には、世界経済を持続可能でバランスのとれた新たな成長経路に向けることが必要です。そうした長期的な目標を達成するために世界が直面する最重要課題は、(1)貿易と投資における世界的なバランスの回復、(2)アジアにおける持続的な成長の実現、(3)グリーン革命の促進、そして、日本、中国、韓国にとっては、(4)高齢化社会における社会経済活力の維持です。この4つの課題すべてを達成できるかどうかは、長期的に東アジアの持続的な発展をいかに実現するかに大きく依存しているという点に留意することが重要です。

18世紀後半の産業革命の始まりから20世紀初頭までは、欧州が世界経済の中心でした。その後、自動車と石油の時代となった20世紀半ばには、米国が世界経済の新たな中心として登場しました。そして21世紀は、東アジアが世界経済の成長と中心となることが予想されています。実際、図6に見られるように、2008年には東アジアのGDPは米国に追いつき、ユーロ圏をはるかにしのいでいます。国際通貨基金(IMF)は、中国やインドを中心とした東アジアの今後の急速な成長を予測しています。欧州、米国、東アジア、世界のその他地域が、市場競争、国際協調、既存の集積地の新たな産業集積地へのリニューアルを通じて発展する一方、グリーンな社会を含め新しい技術に基づいた新しい産業集積地が生まれることが望まれます。新たな世界的分業により、世界経済は持続的かつバランスのとれた成長を実現することが期待されます。

図6 主要国・主要地域のGDP成長率
図6 主要国・主要地域のGDP成長率
データ出所:国際通貨基金(IMF)ワールド・エコノミック・アウトルック・データベース東アジアは以下の18の国と地域を含む。日本、中国、韓国、香港、台湾、ASEAN10カ国、オーストラリア、ニュージーランド、インド。

東アジアに注目すると、豊富な低賃金労働力を有効に活用し、現在まで輸出指向の戦略を通じて高度成長を達成してきました。東アジアが世界経済の持続的な成長をリードするためには、世界の製造拠点としてさらに発展するばかりでなく、世界市場の1つの中心として、また「世界のイノベーションセンター」として発展することが必要です。こうすることで、東アジアは欧州や米国に匹敵する成熟した社会経済地域となるでしょう。

現在東アジアの人口は30億を超え、世界の総人口の約半分を占めます。しかし、東アジアの最も経済発展した国でさえ、都市化率は低いままです。中国を一例にあげると、都市化率は約50%です。適切な地域政策のもとでこうした諸国の都市化率が次第に上昇すれば、集積の経済を活用して高度成長を達成することができるでしょう。そして、こうした国の社会保障システムやそのほかのセーフティーネットがさらに発展すれば、東アジアの消費市場もまた大きく拡大するでしょう。同時に、東アジア全域の資産および債券市場の強化により、東アジアは住宅や産業向け投資ばかりでなく、地域全体の輸送インフラを含め、社会インフラへの巨額投資が期待できます。さらに、30億人を超える人口の知識創造力を効果的に生かせば、世界のイノベーションセンターとして発展することも可能になります。

3. 東アジアの地域協力の促進

東アジアの共通目標を達成するには、表1に掲載した項目も含め、地域全体の広範な課題や問題の解決に向けた地域協力の促進が欠かせません。これまで、東アジアの経済統合は主として市場メカニズムを通じてもたらされてきました。そこでは、多国籍企業が重要な役割を果たしてきました。しかし、現在の東アジアは、地域統合の一段の促進に向けた地域全体の政治経済体制が必要とされる重要な局面に到達しています。

表1 東アジアの地域協力を促進するための主要課題
表1 東アジアの地域協力を促進するための主要課題

アジア全体の体制というスキームの構築に当たり、EUやNAFTAのような体制を模倣することはできません。EUやNAFTAに比べ、東アジアは多くの点で多様化の進んだ地域です。特に、それぞれの経済発展の段階の相違を反映して、東アジアの諸国、国内、地域の所得には大きな格差があります。さらに、東アジアは政治体制、地域特性、文化、民族、言語においても、きわめて多様な地域です。

東アジアのこうした多様性のもとで、さらに米国やそのほかの世界との複雑な国際関係の中で、統合をうまく深化させるためには、独自の政治経済体制を段階的に忍耐強く構築することが必要です。換言すると、東アジア共同体の構築を将来的な目標としながら、アジアの統合プロセスは、喫緊の、あるいは重要な課題を東アジア独自のフレームワークの中で個別に解決するという、「機能的アプローチ」をとるべきです。これまでASEAN主導で地域統合を目指す一方、中国、日本、韓国はお互いにやや距離を置いてきたことにも留意すべきです。東アジアのさらなる発展に向けて、これら3カ国の距離を縮めるように大きな努力が必要です。中国、韓国、日本の経済にとどまらず、政治的な協調行動が地域間の協力においては必要不可欠だからです。

4. 世界の工場から知識創造社会への東アジアの転換

東アジアが実際に欧州、米国とともに、世界の第3のコア地域となるには、世界の工場から「知識創造社会」への転換が必要であると確信しています。現在最も経済が発展している諸国では、主要な経済活動は財の生産ではなく、広い意味での新しいアイデアないし知識の創造です。近い将来、新興国の主要都市にとってもこれが当てはまることになるでしょう。東アジアは、効率的な生産ネットワークと知識創造ネットワークを統合することにより、知識創造社会の実現に向けて備える必要があります。

実際、東アジアの多くの国々では、知識創造社会への発展に向けて動き始めています。具体的には、図7が示すように、2007年の特許取得数は日本が世界でトップ、韓国が第3位、中国が第5位となっています。また、主要国の中で、日本の研究開発費の対GDP比率は世界最高、韓国は第2位です。中国の研究開発費の比率は依然としてこれらの先進国に遅れていますが、急速に増加しています。

図7 国別の特許取得件数と主要国の研究開発費の対GDP比率
図7 国別の特許取得件数と主要国の研究開発費の対GDP比率
出所:科学技術研究統計(日本)および Main Science and Technology Indicators (OECD)

こうしたデータは、研究開発費と特許取得数から見れば、東アジアの知識創造社会の実現がすでに順調に進みつつあることを示しています。しかし、個々の国々の努力だけでは東アジアを知識創造社会へ移行させることはできないでしょう。過去においては、東アジアの多くの国々は、欧州や米国の先端知識をうまく吸収して、それをアジア的な方法で改善・改良してきました。しかし、これから必要になるのは、さまざまな分野で先端知識の最前線を自ら探求する能力です。こうした能力を開発するには、東アジアはさらに強力な知識創造ネットワークを構築し、異なる地域に集積する多様な知識創造力のシナジー効果を高めなければなりません。

図8は東アジアの特許引用についての世界銀行のデータです。これによると、東アジアの特許は米国で登録された特許を引用するものが大半で、知識ネットワークの中心が依然として米国にあることを意味しています。

図8 東アジアの特許引用
図8 東アジアの特許引用
出所:Gil and Kharas 2007, East Asian Renaissance , 世界銀行, p.163

興味半分で最近のジャパニーズ・エコノミック・レビューに目を通すと、論文で引用されている参考文献の大半は米国および欧州のものでした。日本の論文の引用も多くありましたが、これは日本の学界誌だからです。アジアの貢献は小さなもので、特許データと同じような傾向が見られました。アジア内の脆弱な知識創造ネットワークを考慮すると、さらに緊密な協力に向かうべきです。

しかし、東アジアが世界で最も多く生産する製品に関する電気工学や電子工学の分野の特許引用を見ると、東アジア内での特許の引用が非常に多くなっています。経済学の分野もこうなるべきで、強力な知識創造ネットワークを構築しなければなりません。さらに、知識創造力を開発するための重要課題として、知識ないし頭脳の多様化があります。なぜなら、同じような頭脳からはシナジー効果は生まれないからです。頭脳はソフトウェアであり、同じものからはシナジーは生まれません。多様な頭脳によるシナジーが必要不可欠であり、それにより知識創造社会が構成されるのです。

最後に、30億の全人口による東アジアの知のルネッサンスを提唱したいと思います。すなわち、どこでもだれでも参加できるイノベーションです。イノベーションや研究開発は、学者や大企業の研究所だけで行われるわけではありません。特に、芸術文化が重要な役割を果たします。これが人生をより面白くするものです。それぞれの地域は独自の多様な文化を発展させるべきです。これが、東アジアの豊かさの本質的な基盤です。

レセプション会場にて。中央がChung Un-Chan韓国首相、首相の左がRIETI藤田所長、右が韓国経済学会会長、中国経済学会会長。
レセプション会場にて。中央がChung Un-Chan韓国首相、首相の左がRIETI藤田所長、右が韓国経済学会会長、中国経済学会会長(写真は韓国のPrime Minister's Officeウェブサイトより)。

日本で発展している新しい文化についてお話しましょう。日本における最近の最大のイノベーションは、若い世代から生まれたポップカルチャーです。最近、雑誌アエラ(2009年6月)が「ギャル産業革命」という特別レポートを掲載しました。ギャル産業はいわゆる「ギャルファッション」を中心に、15歳から22歳くらいまでの女性を引きつけています。これは日本だけの現象ではなく、主にアジアと一部欧州を巻き込んでグローバル化しています。東京、特に渋谷エリアはギャル産業の中心です。渋谷の東急109ビルはギャルファッションの聖地で、アジア・欧州を含め年間約900万人が訪れています。このビルは格別大きいわけでもありませんが、120のギャルファッション専門店があります。それぞれの店舗は小さく店舗面積は約50平方メートル程度ですが、非常に専門化が進んでいます。各店舗は独自商品のみを販売しており、品揃えを毎週変えます。ここで売られる多くの商品は輸入品ではなく、日本、特に東京近郊で作られたものです。毎週品揃えが変わるので、近くで作られなければならないからです。各店舗の平均年商は300万ドル(約2億7000万円)、この小さなビル全体の売り上げは年間約4億ドル(約360億円)になります。

ギャル産業にはファッション衣服産業のみならず、雑誌の出版社や漫画家、テレビドラマなどのメディア産業も含まれます。ギャルファッション誌は日本の多くのコンビニで販売されるばかりでなく、外国語に翻訳され、中国、タイ、そのほかのアジア諸国でも販売されています。日本発の文化が東アジアと世界に影響を及ぼしているのです。これは文化の相互効果の一例です。長い間、日本は朝鮮半島を通じて中国から文化と技術の大半を輸入してきました。しかし今日では日本が輸出を始めています。広い意味での新しいアイデアとイノベーションの創造は、文化の双方向の交流を通じて促進することができます。それでは最後に、「多様性の中の統一」という意味の私の大好きなインドネシア語のフレーズ、「 Bin-neka Tunggal Ika 」をもって、この講演の結びにしたいと思います。

ご清聴いただきどうもありがとうございました。

2010年4月7日

英文(原文)はこちら

脚注
  1. Fujita, Krugman, and Venables (1999) が空間経済学の包括的な理論を扱っています。
  2. 輸送費は大きく低下する可能性がありますが、ゼロよりははるかに大きいでしょう。一例として、最近私は天津のデパートを訪れ、日本の青森県産のリンゴ、「世界一」を見つけました。このリンゴは168元、日本円にすると2700円と日本の3.5倍の価格で売られていました。また、ドラえもんのアイスキャンデーが50元、日本円換算で800円と日本の8倍以上の値段でした。これらは特別な例ですが、輸送費も重要であることを示しています。したがって、まだ改善の余地があります。
文献
  • Fujita, M., P. Krugman, and A.J. Venables, 1999, The Spatial Economy: Cities, Regions, and International Trade, Cambridge, MA: MIT Press.

2010年4月7日掲載