ムーンショット型研究開発プロジェクト 科学者インタビュー

第4回「CO2削減と炭素資源循環を実装した“ビヨンド・ゼロ”社会実現への挑戦と課題」

藤川 茂紀
九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所 教授

インタビュイー

池内 健太
上席研究員(政策エコノミスト)

インタビュアー

世界では今、新たな資源循環の実現により、人間の生産・消費活動を継続しながら、深刻化する地球温暖化や環境汚染を解決し、地球環境を再生することが課題となっている。第4回の今回は、ムーンショット型研究開発事業の目標4「2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」に着目し、「“ビヨンド・ゼロ”社会実現に向けたCO2循環システムの研究開発」プロジェクトの藤川茂紀プロジェクトマネージャー(九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所教授)から話を聞いた。独自開発した革新的な分離ナノ膜で空気中のCO2を回収し、資源として有効活用する最先端の技術であり、地産地消型の炭素循環社会構築への貢献に期待が寄せられている。

図1:コロナ禍前の信用力高低 vs. 延滞確率
プロジェクトの概要は下記リンクの資料をご参照ください。
https://www.nedo.go.jp/content/100923464.pdf
プロジェクト:https://mozes.jp/

研究開発プロジェクトの概要

藤川:
私が所属しているムーンショットの目標4は持続可能な資源循環が大テーマなのですが、私がプロジェクトマネージャーを務める「“ビヨンド・ゼロ”社会実現に向けたCO2循環システムの研究開発」で主にターゲットにしているのは、空気中のCO2を回収し、有効活用する技術です。

CO2回収のために、これまで現実的ではないとされていた分離膜を使い、電気化学的・熱化学的といわれる手法で炭素資源に換えるDirect Air Capture and Utilization(DAC-U)システムの構築を目指しています。

そして、小型分散配置というもう1つのキーワードをわれわれは掲げています。欧米のような大規模集約型のDACシステムではなく、街に分散配置し、都市部でも必要な場所で必要な量のCO2を回収・変換して使うことで、分散型エネルギー社会を構築したいと考えています。

池内:
先生のご専門は環境分野というよりもナノ材料だと思うのですが、分散型DACシステムに注目したきっかけは何だったのですか。

藤川:
九州大学に着任する前は理化学研究所に在籍しており、そこでは極めて薄い(ナノメートルオーダー)にも関わらず、手で持てるくらいの平面サイズをもち、そこまで薄いにもかかわらず、自立した膜構造を保っているという、ナノ薄膜に関する研究を行っていました。この新しいナノ膜を最大限活用して選択的に透過することができれば非常に面白い研究ができるだろうと考え、理化学研究所に在籍していたときは、ナノ材料を使用した、新しい分離膜の研究をしていました。ここでは非常に小さな分子を通す研究だったのですが、それをCO2に換えて研究したのがきっかけでした。

分離膜には透過性と選択性という2つの性能があります。選択性が高くても、少ししか通さなければ使いものになりません。当時開発されていたメインの膜は厚さがかなりあり、薄いものを作ればブレークスルーになると考えました。

薄い膜を作る技術は世の中にたくさんあるのですが、自立していることが重要なポイントです。例えば、ある板の上に原子1層の膜を作るには、下で支える基盤が必要であり、それがなければ単独で構造を保てません。分離には透過する側にスペースがなければならず、そのスペース(何もない空間)の上に膜がこなければいけません。ですから、それなりの意味のある平面サイズでナノ膜作れることは、実用上でも大きなポイントとなります。

池内:
分離膜を作ること自体が非常に難しそうですし、何か特別な設備が必要になるのではないかとも思います。

藤川:
それほど難しい技術ではなく、世の中にある技術をベースにしているので、池内さんでも自分で作ってお土産として持ち帰れるぐらいのものです。CO2の分離膜を開発する場合、社会実装するためには大量生産が可能でないと意味がないですよね。

プロジェクトの目標達成に向けて

池内:
ムーンショットの目標4では、ネットでのゼロエミッション達成というオーダーがあったと思います。その辺りは結構難しい課題だったのではありませんか。

藤川:
確かに、この装置の寿命が来て廃棄するところまでのCO2のライフ・サイクル・アセスメント(LCA)は評価委員などから厳しく指摘されていますが、われわれとしてはカーボンネガティブ(CO2排出量よりも吸収量が多い状態)を実現しないことには話になりません。

一般的にわれわれのような技術開発系の人間は性能ばかりを追い求めて、そうした部分は無視しがちです。今回、使っている部材が意外とCO2を排出する物質だと分かり、改良の余地はまだまだ多いと思っています。

具体的な製品イメージ

池内:
他のムーンショットのプロジェクトと比べても、製品イメージが非常に特徴的に進んでいるように思います。その辺りのコンセプトはどのように考えられているのですか。

藤川:
本プロジェクトで開発するDAC-Uシステムは、小型分散型を目指しており、最終的には各家庭での導入を目指しています。家庭用に置く場合、エアコンの室外機や冷蔵庫ぐらいのサイズに収めたいという目標を掲げています。家庭にもこのシステムを置くことで、皆さんがCO2を回収し、自ら都市ガスを作って使えればというのが、われわれの最終的な製品イメージです。

池内:
CO2を吸収する方向性として、液体や固形を使うのがスタンダードだと思ったのですが、液体や固形を使うと小型化は難しいのでしょうか。

藤川:
小型化しづらい状況もあると思います。吸収する液体を空気に最大限触れさせないといけないので、それなりにボリュームが出てくるからです。しかも、空気が通るときに抵抗があっては駄目なので、ボリュームが必要なってくる場合が多くなります。一方、我々の膜をベースとしたシステムは大規模化する必要はなく、何種類かの性能を持つ基本ユニットをブロックのように組み合わせて使えばいいわけです。

そのときに、これはDACに限りませんが、回収後の後始末も考えないと成立しないと思います。ゴミ収集と同じ理屈で、CO2も回収したままではどうにもなりません。都市部でCO2を回収する場合は、CO2を変換して資源循環させるほうが、システム全体として有効な手段になるかと思いますので、われわれが最初にターゲットにしているのはメタンです。メタンは都市ガスの主成分ですから、回収したCO2をメタンに換えられれば、都市ガスのパイプラインを使って資源循環が可能になります。

実は、メタンは一般的な蓄電池よりもエネルギー密度が高く、蓄エネルギー媒体にしても悪くはありません。われわれはそうしたことも1つのシーンとして考えています。他にもCO2回収モジュールをビニールハウスに付ければ、CO2を濃縮したガスをビニールハウスに供給できます。

実用化に向けた課題

池内:
製品のイメージは具体的ですし、市場もある程度見込めそうなのですが、実用化できる見込みはありますか。

藤川:
CO2のLCAがある程度担保されていて、社会実装に向けて装置を普及させることが2030年までの目標ですので、それに向けて全力でがんばっているところです。しかし、分離膜の研究は世界であまり行われておらず、薄いけれども1カ所の欠陥もないものを安定的に作るシステムを仕上げるのは簡単ではありません。だから面白いともいえるのですが。

分離膜の性能として透過性と選択性の両方が必要だと言いましたが、透過性は数値的に達成されているので、課題は選択性を上げていくことになります。選択性を上げないと、経済的に見合うゾーンにはなかなか突入しないでしょう。

池内:
小型分散配置やモジュール化は、用途などを考えると、オープンにいろいろな人がいろいろなアイデアを出して製品を作るという、ある種のエコシステムができると広がりが出てくると思います。そうしたことは何か検討されていますか。

藤川:
社会実装に向けた企業コンソーシアムを立ち上げようと準備しており、最終的にはジョイントベンチャー(JV)化したいと考えています。技術開発系の「作りたい」人たちが、作る段階から「できたら使いたい」人たちとやりとりしながら開発するスキームを計画しています。

池内:
新技術の開発の部分と社会実装の部分のそれぞれに面白さがあるし、どんな市場を設計していくのかという議論から始まるところも非常に面白いと思います。そこからどんなビジネスが出てくるのか、非常に楽しみです。

藤川:
そのときに重要なのがデザインなのです。やはりユーザー(消費者)はかっこいい商品でなければ購入しませんし、具体的にどのようなものに使うのかがデザインされたプロダクトだと皆さんイメージがつきます。そこで、九州大学芸術工学部の学生に、DAC-Uシステムが出来上がったときにどんな使い方ができるのか、デザインを考えてもらう取り組みもしています。

テスラの電気自動車(EV)が売れたのは、当初からスーパーカーとして宣伝していたからで、やはり高くても付加価値が満足できることが最初のターゲットだと思うのです。その後、徐々に世の中に普及していくとみられます。一般普及のことを考えると、インセンティブやペナルティーというアプローチのみでは、効果的ではないのです。

池内:
そうしたアプローチはムーンショット全体に必要なのだろうと思います。

今後の研究の方向性

渡辺 哲也(RIETI副所長):
ムーンショットは、技術が突き抜けていて革新的で難しいことと、それが与える社会へのインパクトの両方が重要だと思うのですが、このプロジェクトはどちらの要素が大きいですか。

藤川:
まずこういうものを目指してしっかりやるというイニシアチブがないことには始まりません。その次に、社会実装するためにはどうしても技術が必要なので、関係する要素技術をしっかり作っていくことが大切だと思います。

矢野 誠(RIETI理事長):
CO2回収にはエネルギーが必要だと思うのですが、光合成と同じように太陽熱などのエネルギーを使わないと所期の目標は達成されないのでしょうか。

藤川:
おっしゃる通りです。どこにでもあるエネルギーを最大限使うのは非常に重要だと思うので、太陽光から得られるエネルギーは何らかの形で使いたいと思っています。

矢野:
この技術が成功したら、地球上のCO2が減少し、エネルギーのバランスが崩れるのではないかと思うのですが、どのようにお考えですか。

藤川:
それと同じ議論がかつて窒素にもありました。CO2の場合も将来想定される問題でしょう。われわれ人類としては窒素で一度学んでいますので、CO2を回収することの負の影響も考えながら取り組んでいかなければならないと思います。

2022年2月2日掲載

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