ムーンショット型研究開発プロジェクト 科学者インタビュー

第3回「将来の食糧難・宇宙開発を見据えての昆虫食の社会実装」

由良 敬
お茶の水女子大学基礎研究院自然科学系 教授

インタビュイー

朝日 透
早稲田大学理工学術院 教授

インタビュイー

池内 健太
上席研究員(政策エコノミスト)

インタビュアー

世界的な人口増加に伴い、食料需給の逼迫は必至の状況となり、地球温暖化による気候変動も安定した食料生産に影を落としている。第3回の今回は、ムーンショット型研究開発事業の目標5「2050年までに、未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出」に着目し、「地球規模の食料問題の解決と人類の宇宙進出に向けた昆虫が支える循環型食料生産システムの開発」プロジェクトの由良敬プロジェクトマネージャー(お茶の水女子大学教授)と朝日透副プロジェクトマネージャー(早稲田大学理工学術院教授)から、コオロギなどの昆虫食を活用して人類の安心・安全な食を支えるシステムの構想について伺った。

地球規模の食料問題の解決と人類の宇宙進出に向けた昆虫が支える循環型食料生産システムの開発
プロジェクトの概要は下記リンクの資料をご参照ください。
https://www.naro.go.jp/laboratory/brain/moon_shot/MS_20210402_PM.pdf
プロジェクト:https://if3-moonshot.org/

研究開発プロジェクトの概要

池内:
目標5のプロジェクトである「地球規模の食料問題の解決と人類の宇宙進出に向けた昆虫が支える循環型食料生産システムの開発」の概要について教えてください。

由良:
われわれのプロジェクトは、昆虫を材料にした食品を作ることを目指しています。現代は食品ロスが多く発生していますが、昆虫は食品ロスや農業残渣を食べさせて育てることが可能です。そこで、われわれは循環型の食料生産システムの中に、コオロギやミズアブなどを新たに入れることを目指しています。

こういう説明をすると、「私は牛や豚が食べたい」とよく言われるのですが、われわれはそれを否定しているわけではなく、牛や豚、ニワトリ、魚に加えて昆虫を食料生産システムに入れることで、これから増えていく人口を支えることをイメージしています。

池内:
このプロジェクトを始めたきっかけを教えてください。

朝日:
プロジェクトが始まった最初のきっかけは、私の研究室に在籍する学生の葦苅晟矢君(株式会社エコロギーCEO)でした。彼は商学部出身なのですが、コオロギを漁業飼料にすることで魚粉の高騰を抑えるという内容でビジネスプランコンテストに優勝し、世界大会にも出場しました。ところが、テクノロジーがないと戦えないことを思い知り、われわれの研究室の門をたたいたのです。

彼が目を付けたのは、飼料用のコオロギの生産を社会実装し、貧しい国でもビジネスとして成立させることでした。しかし、質が保証されたコオロギを常に出せなければビジネスにはなりません。そこで私は、当時博士の学生だった片岡孝介君と組ませて、ゲノムを研究するグループを立ち上げさせました。

一方で、インフォマティクスの分野では由良先生と共同研究を始めていましたし、東京農工大学の鈴木丈詞先生や長浜バイオ大学の小倉淳先生など、さまざまな研究者・グループが研究の輪に入ってきて、土台が固まりました。そして、コオロギの研究ではコンペティターのようになっていた徳島大学の野地澄晴先生のグループと手を組み、強力な体制が固まったのです。

しかし、社会実装するためには、隘路となるところを見つけて先に取り込んでおかないと、いい研究でも人類に貢献したことにはなりません。これから食料危機を迎える中で、寒冷地や痩せた土地でも活用可能にするには、条件が最も難しい宇宙空間を見据えて生産体制を作ればいいわけです。そのためにAIやIoT、材料開発など、宇宙空間において重要といわれるものは今のうちから研究しなければなりません。そこをわれわれとしては見据えていて、目標に宇宙が急に出てくるのはそうした理由です。さらにそこから、スピンアウトの研究が出ればと考えています。

大学発ベンチャーのマネジメント

池内:
大学発ベンチャーが生まれ、エコシステムが回り始めているのは興味深いです。そのこと自体かなりチャレンジングだと思うのですが、なぜそうしたベンチャーの活用がうまく機能しているのでしょうか。

朝日:
やはりチャレンジスピリッツだと思います。アントレプレナーシップ(起業家精神)は学者にとっても必要であり、学者は既存研究をただ広げるだけでなく、0から1をつくり出す勇気が要ります。

それから、先を見た研究は1研究室だけではできないので、そうしたときにアントレプレナーシップを持っていないと学者としても難しい時代となっています。すなわち、アカデミアで産学連携の認識を持って基礎研究ができ、社会実装ができる人材、社会課題の解決だけでなく経済を回すこともできるような、大企業の中で新規事業を立ち上げるマインドセットを持った人材を育てることが必要だと考えています。

池内:
大学発ベンチャーの育成や連携だけでなく、大企業との連携も重要だと考えていらっしゃるのですね。

朝日:
ベンチャーで大量生産の手法を確立し、それをグローバルマーケットで普及させようとしたときには、一緒に組んでやった方がウィンウィンになる可能性もあります。われわれの時代には大企業がベンチャーを下に見て横取りすることが多かったのですが、今はそういう時代ではなくなり、ベンチャーがキャスティングボートを握る時代になっているので、お互いに信頼関係でやっていくことが大切だと思います。

昆虫食に着目した理由

池内:
昆虫食はこれまであまり一般的ではなかったと思うのですが、それはなぜなのでしょう。

由良:
生物の進化を調べていくと、哺乳類はもともと昆虫を食べていたのではないかと言われています。恐竜の時代に、われわれの先祖はネズミのような小さな生物で、昆虫を食べていたらしいことが分かっています。チンパンジーの研究が進んでいるのですが、チンパンジーは果物の中に入っている昆虫を結構食べているそうです。むしろ、昆虫が食べた果物しか食べないともいわれているぐらいです。

では、なぜ昆虫食が一般的ではなくなったのか。社会科学的なエビデンスはないのですが、文献から読み取ると、人類が昆虫を「諦めた」のではないかと思うのです。昆虫は小さいので、手に入れるのが面倒ですし、牛や豚などはちゃんと家畜化して手元に持っていれば、多くの人を賄うことができます。

しかし、現代はAIや機械学習が普及したおかげで自動化が現実的になってきているので、コンピュータを用いた昆虫の管理が可能で、昆虫を手に入れる面倒は払拭され、大量養殖も可能になるでしょう。そうしたゲームチェンジャーの時期にわれわれはムーンショットを立ち上げたわけです。

ただ、欧米などでは昆虫食ベンチャーがものすごく活発に動いていますが、昆虫食が行われてこなかったので、社会実装は相当大変だと思います。その点、日本はベンチャーの動きは遅れていますが、社会の受け止め方という点では歴史的に進んでいると思います。

欧米では培養肉系が進んでいる様子ですので、培養肉の市場が日本でも大きくなるかもしれません。その場合は培養肉用のアミノ酸を供給するためのコオロギというのも十分あり得るでしょう。われわれは昆虫食を狙ってプロジェクトを走らせてはいますが、落としどころは培養肉の材料かもしれない。いろいろな可能性があるでしょうが、最終的には昆虫からの新たなタンパク質源を地球上にしっかり植え付けることを目指したいと考えています。

研究開発プロジェクトの課題

池内:
プロジェクトの実現に向けた課題や、社会科学との連携に期待されていることはありますか。

朝日:
われわれは、目標という枠を超えて将来の在り方や課題をトータルに議論する中で、結局グローバルスタンダードから遅れては駄目なので、一緒になって日本のプレゼンスをきちんと示し、情報交換することで力にしてきました。ムーンショットはそういう機会を与えるようにした方がいいと思います。目標が異なる人たちとのネットワークも活用できるようにしていかないと、国力は増さないでしょう。それぐらいのスピード感と大きな絵を描けなければ、世界に太刀打ちできないように思います。

主役になる人たちが若い頃からネットワークを張っておけば、何かやろうと思ったときに「あのプロジェクトに面白い人がいたよね」というふうにすぐにリーチできるはずです。しかし日本の場合、そこにリーチするまでにすごく時間がかかるのです。コロナが収束したら、1,000人規模の大きなところでムーンショットの若手を集め、そこでプロジェクトの説明を一気にやって、あとは情報交換すれば総合知のベースができると思います。

池内:
なるほど。「ムーンショット超会議」をやった方がいいということですね。由良先生、最後に何かありますか。

由良:
とにかく分野と研究者をつないでいくことが重要です。意外に思うかもしれませんが、今はスパコンの「富岳」とつながろうとしているのです。牛を家畜化するのに人類はたぶん千年のオーダーかかったわけですが、そのときは特別な牛が偶然出てきたら、それを大事に育てて増やしていきました。コオロギを家畜化するにあたってわれわれにはそれだけの時間はないので、コオロギのゲノムを明らかにし、そのゲノムとコオロギの表現型の特性との対応関係を明らかにすることで、短期間での家畜化ができるだろうと思っています。そういう意味でゲノムの情報は必須になってきますが、コオロギのゲノム解析は遅れています。ムーンショットの目標5の中で幾つかのチームで富岳を使ってゲノム解析をやろうとしており、私が音頭を取っています。コンピュータは万能のプラットフォームと見なすこともできますので、そこで情報交換をしていくことで、朝日先生がおっしゃるようなより大きな別のつながりを実現することもできるでしょう。

2021年12月22日掲載

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