ムーンショット型研究開発プロジェクト 科学者インタビュー

第2回「誰もが、いつでも、どこでも安心してAIロボットを使うことが当たり前の社会を目指して」

平田 泰久
東北大学大学院工学研究科 教授

インタビュイー

池内 健太
上席研究員(政策エコノミスト)

インタビュアー

第1回では、人間の意思で活動するサイバネティック・アバターに焦点を当てた。第2回の今回は、ムーンショット型研究開発事業の目標3「2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現」に着目する。この目標達成のため、個々のユーザに合わせてロボットの形状や機能を変化させて適切なサービスを提供することを目指した「活力ある社会を創る適応自在AIロボット群」プロジェクトが進められている。プロジェクトマネージャーの平田泰久東北大学大学院工学研究科教授にインタビューし、プロジェクトの概要と適応自在AIロボット群の開発に至った経緯を伺うとともに、2050年に向けた人とロボットの共生のありようについて、思いを語ってもらった。

目指す2050年の社会像
プロジェクトの概要は下記リンクの資料をご参照ください。
https://www.rieti.go.jp/jp/special/moonshot/data/MS3_HirataPM.pdf

スマートな包摂社会をつくる

池内:
平田先生が取り組まれているムーンショット目標3の研究開発プロジェクトについて教えてください。

平田:
2050年までに目指す社会像として当初から考えていたのはスマーター・インクルーシブ・ソサエティ(スマートな包摂社会)の実現です。誰もが、いつでも、どこでも安心してAIロボットを使うことが当たり前となり、すべての人が積極的に社会参画できる活力ある社会をつくるというコンセプトです。

AIロボットがさまざまな場所に設置され、社会のインフラとして利用可能にするとともに、使う場所や人に合わせて適切な支援やサービスを提供できるロボット群の整備を目指しています。その際、個人に対して過度な支援やサービスを提供するのではなく、あくまで個人が主体的に活動し、新しいことに挑戦することを促すAIロボットを実現したいと考えております。そのためには、AIロボットと使用者とのインタラクション(相互作用)の経験を蓄積し、使用者の成功(失敗)体験を共有することで、使用者が行う動作やタスクに対して、AIロボットが適度に支援し「自分でできる」と思わせる支援を提供することを目指します。この「自分でできる」すなわち自分自身の可能性を認知することを「自己効力感」と呼びますが、自己効力感が低ければ新たな挑戦を躊躇しますし、自己効力感が高ければいろいろなことに挑戦してみようと思うでしょう。この自己効力感の向上を、AIロボットを使ってどうやって実現するのかが非常に挑戦的な課題となります。

筋斗雲のような存在に

例えばAIロボットの支援によって、タスク(動作)を自分でできると認知できるようにするときに、何でも助けてあげればいいわけではなく、自分ができることは自分でやってもらい、できないことだけを助けるようにします。また、たとえAIロボットがある動作支援を提供していても、使用者自身は自分の力でできていると錯覚させることができれば、その動作に関する自己効力感が向上します。さらに、自分に適応した支援を提供してくれるAIロボットが社会インフラとして整備されていれば、いつでも、どこでも、何かあれば助けてくれるという安心感が芽生えて、新たなタスクに挑戦してみようという気持ちが生まれると考えました。

そのような支援を提供してくれるAIロボットは、呼ぶとどこからともなく飛んでくる(『西遊記』で孫悟空が乗っていた)筋斗雲(英語でFlying Nimbus)のような存在であり、その筋斗雲を使って人が自由自在に飛び回る(活動できる)というコンセプトの実現を目指したいと思います。我々は、こうした人の活動を自由自在に支援する2050年の新たなAIロボットを適応自在AIロボットと名付け、通称Robotic Nimbusと呼んでいます。

最初の目的としては、雲のように自由自在に変形し、介護分野において被介護者の障がいの程度や目的の動作・タスクに応じた適切な支援やサービスを提供することを目指します。例えば、人を優しく、かつ包み込むようにしっかり支えることで歩行や起立を支援するNimbus Holder、第3、第4の腕として作業の幅を広げるNimbus Limbs、パワーアシストだけでなく着心地や精神面も含めて支援するNimbus Wearを研究開発していきます。また、2050年までにはこれらのRobotic Nimbusを統合し、使用者を社会の主人公(スター)とする多機能型AIロボットNimbus Starを開発したいと考えています。また、個別のRobotic Nimbus技術は介護現場に限らずに、いろいろな分野へのスピンアウトを検討していきます。

実際に開発されるAIロボット群を社会実装する上では、複数のロボット群の中から使用者の目的や障がいの程度などに応じて、どのAIロボットを使えば良いのかという問題も生じます。その判断を自動で行うことを可能とするAI技術も構築していく必要があります。さらには、AIロボットの安全基準策定や複数のAIロボットで共有されるプライバシー情報の管理、人に自分ができると「錯覚させる支援」の良し悪しなど、倫理的、法的、社会的な課題、すなわちELSIに関する課題の議論も行っていく必要があります。

本プロジェクトにコミットしようと思ったきっかけ

池内:
こうしたテーマにプロジェクトマネージャーとしてコミットしようと思ったきっかけは何ですか。

平田:
私は、足で漕いで移動する車椅子の研究をしたことがあるのですが、この車いすは、脚に障がいを持つ患者さんでも、パワーアシストのような支援技術を用いずに自らの脚力でペダルを漕ぐことができる画期的な車いすです。この足漕ぎ車いすを初めて見たときは非常に驚きましたし、患者さん自身も自分の脚力で移動できていることに驚いていました。一度は、自分の脚で移動することを諦め、社会参加に消極的になった方々が、足漕ぎ車いすに出会ったことで、自由に旅行をしたり、車いすマラソンに参加したりと、積極的に社会参加するようになる変化を見てきました。つまり、ある行動に対して、自分でできると思わせてくれる支援機器ができれば、多くの方々の社会参画の後押しができるのではと思い、このムーンショット事業で今回のような提案をいたしました。

足漕ぎ車いすは移動という限定した動作の支援になりますが、このプロジェクトでは、移動支援に限定せずに、様々な動作・タスクの実行において使用者に自由自在に適応した支援を提供する必要があります。そのためには、多くの個人データを蓄積しなければならないですし、グッドプラクティスの共有も重要になります。この人にはこうしてあげれば良くなるというものをうまく抽出できれば、それをAIロボットを用いて何らかの形で支援できると思います。また、AIロボットが被介護者に対して途切れのない見守りを行うことができれば、今まで介護者が気付かなかった新たな支援の仕方も見つかるでしょう。そうすれば、介護者も新しい視点の介護方法を使ってより質の高い介護が実現できるという好循環、すなわち人とAIロボットとの共進化が生まれると思います。

池内:
自己効力感に着目したAIロボット研究の蓄積はあるのでしょうか。

平田:
われわれが調べたところでは、自己効力感の向上を前提として人の身体支援を行うようなロボットの研究はほとんどないと思います。一方で、自己効力感を高めることを前提とした支援は、すでに介護分野やスポーツ分野、教育分野などで取り入れられており、それらの分野の熟練者は、うまく人を観察しながら、適切な支援を提供しています。我々の最初の取り組みとしては、このような熟練者の技能をうまくモデル化することを考えています。

例えば新しいスポーツを始めようと思っても、自分の得意なスポーツに似た競技であればやってみようという気にもなりますが、全く異なる競技であればなかなか挑戦しないのではないでしょうか。では、どうすれば挑戦意欲を持たせることができるのか。一つの答えは、難しい新しいタスクをいくつかのサブタスクや動作に分割し、その人ができそうな適度な難易度になるようにAIロボットが支援を提供することです。熟練の指導者であれば当たり前に行っていることを、我々はAIやロボットの力を借りて実現していきたいと考えております。

池内:
自己効力感に着目したAIロボットの開発は、ロボットと人の良い関係性を生む上で非常に重要なポイントですね。

平田:
そうですね。AIロボットと一緒にいろいろなことに挑戦できる環境を整えることができれば非常にうれしいですね。

池内:
Robotic Nimbusの開発は2025年の社会実装を想定されていますが、今はどのあたりまで進んでいますか。

平田:
まだスタートしたばかりなのですが、現在は人を柔らかく包み込むようなロボットや、温度を変えると伸縮するようなウエアなど、いろいろな要素技術が実現しつつあります。2023年ごろまでには要素技術をある程度完成させ、2025年にはいくつかの要素技術を統合したRobotic Nimbusプロトタイプを使って介護現場で実証実験ができるぐらいまでにしたいと考えています。

池内:
要素技術を組み合わせて実際にサービス化するときに、視覚化されたイメージは非常に重要だと思いますし、分かりやすいフィールドがあった方がいいと思います。そのあたりはどんな状況になっていますか。

平田:
我々はリビングラボといって、介護施設や住宅を模擬した施設を作っていて、介護現場での実証シナリオに基づいた検証を行おうと考えています。そのような環境でAIロボットを動かし、実際の使用者の方に使ってもらい、様々なフィードバックを得ることが非常に重要となります。また、そのような実証実験を通して、AIロボットの使用者がどのように成功体験を積み上げていくのか、それに応じて自己効力感が向上するのかなども検証し、そうした要素技術が最終的にうまく組み合わされることが、人生に寄り添うAIロボットの実現につながると思います。

社会実装のイメージ

池内:
社会実装のイメージはどのように考えられていますか。

平田:
今後いろいろなロボットやセンサー、インタフェースなどが世の中に出てくると思いますが、そうしたシステムをうまく連携できる枠組みを産学連携でつくりたいですね。大学が中心になって動いているプロジェクトですので、大企業、中小企業、スタートアップ企業などの会社の大小やしがらみに寄らず、様々な企業・大学等の技術を統合できるのではないかと考えています。

池内:
自己効力感は教育現場にとっても非常に身近だと思います。教育現場での実証がどんどん進めば、研究開発の社会実装がいっそう加速するのではないかと思います。

平田:
おっしゃる通り、教育においても成功体験の蓄積はすごく重要です。人を観察して、その人に合わせた適切な支援を提供するという概念はぴたっと合うので、介護にこだわらず、いろいろな分野、特に教育分野への応用は非常に良いと思います。今後は教育分野の方とも自己効力感を向上させるAI技術やロボット技術の議論を進めていきたいと思います。

2021年11月2日掲載

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