日本でも唱えられているEBPM(エビデンスに基づく政策立案)はもともとイギリスで始まっている。イギリスでは、政府の意思決定に当たって、質の高いエビデンスを創出・伝達・採用することを目指して、What Works Centreというイニシアティブが進められており、医療の世界で有名なNICEガイドラインを作っているNICE (National Institute for Health and Care Excellence)を始めとして、個々に独立したWhat Works Centreが9つの領域で活動している。
このうち、経済産業政策に関連の深いものとして、What Works Centre for Local Economic Growth(WWCLEG)があり、地域経済の成長を目指した政策の効果を検証している。WWCLEGでは地域経済成長に影響する11の政策領域について、政策介入が効果を有するか(因果関係の有無)、費用対効果はどうなっているかというインパクト評価を行っている。この評価はシステマティックレビューと呼ばれる相当厳密な手法で行われている。以下では11の政策領域のうち、2016年6月版の資金調達の円滑化に関する政策(Access to Finance)についてのエビデンス・レビュー(以下では「資金調達レビュー」と呼ぶ)について紹介したい[1]。ちなみに、ここに出てくる[]でくくられた番号(この場合は[1])は、ここで紹介している論文や書籍を指していて、この報告の一番下にある「参考文献」でこの番号に対応する文献が紹介されている。
1.対象研究の抽出
システマティックレビューを作るに当たっては最初にリサーチクエスチョンが設定される。資金調達レビューではリサーチクエスチョンという言葉は使われていないが、企業の資金調達を円滑にする対策(公的金融機関による貸出しや信用保証など)が、①資金調達の改善や借入金利の低減といった直接的効果につながっているか、②雇用や生産性といった企業のパフォーマンスの向上(間接的な効果)につながっているか、という2つの問いが発せられている。
次に、世の中にある膨大な数の研究の中から、このリサーチクエスチョンに関連する研究を探し出す作業が行われる。WWCLEGの場合にはレビューの対象となる政策はOECD諸国で行われたものに限定されている。リサーチクエスチョンに関連する研究を探すための最も基本的な手段は学術系のwebsiteを使った検索になる。この検索の際に、漏れがなく網羅的に関係する研究が抽出できるようにするために、検索語(search terms)と呼ばれるキーワードをあらかじめ作る。これは大変な作業で、資金調達レビューの場合には数百に及ぶ検索パターン(2014年11月版の資金調達レビューのP42~61までがそれに該当)があった。2つだけ例を挙げると、1つ目は、Google Scholarを使ったもので、SME finance とfirms と effectという組み合わせが検索語となっている。2つ目は、経済学用の検索サイトであるEconlitを使ったもので credit guarantees と firmsの組み合わせが検索語になっている。
これらの検索の結果として抽出されたのが1450の候補研究で、これらの中からリサーチクエスチョンに答えている研究を絞り込んでいく。政策の効果を検証する研究を選ぶのが基本方針であるため、ランダム化比較試験(RCT)(注1)と呼ばれる実験手法を始めとして、政策的介入が行われた集団と行われなかった集団を比較できる場合のみが対象研究として残り、介入の前後だけで比較した研究やケーススタディは分析対象にはならない。資金調達レビューの場合には最後に残った研究は27になった。なお、これら27の研究の中には日本の研究も4つ含まれており[2-5]、そのうちの3つでは経済産業省の出身である植杉威一郎氏が著者の1人となっている。
システマティックレビューを作るに当たって上述したような面倒な手続きを踏む大きな理由は、一定の主張に合致した研究だけに対象研究が偏ることを防ぐためである。しばしば研究者も含めて世の中で見られる光景として、自分の主張に合致した研究だけを取り上げて、そうでない研究を無視して、あたかも自分の主張が正しいように見せることがあるが、システマティックレビューという方法を講じることによってこのような恣意的な操作を防ぐ。
2.資金調達レビューの結果
資金調達レビューの主な結果は以下のとおりである。詳細は以下の表1に掲載した。
アウトカム | 合計 | 効果ありとする研究 | 効果がないとする研究 | マイナスの効果があったとする研究 | 結果が混在している研究 |
---|---|---|---|---|---|
信用の利用可能性 | 7 | 4 | 0 | 0 | 3 |
貸し出しコストの低下 | 4 | 4 | 0 | 0 | 0 |
投資 | 5 | 1 | 2 | 0 | 2 |
資産 | 5 | 2 | 1 | 1 | 1 |
企業の存続 | 5 | 2 | 3 | 0 | 0 |
雇用(企業レベル) | 11 | 6 | 5 | 0 | 0 |
雇用(広義) | 3 | 2 | 0 | 0 | 1 |
賃金と所得 | 8 | 4 | 2 | 1 | 1 |
売上 | 9 | 5 | 1 | 1 | 2 |
利益 | 4 | 2 | 2 | 0 | 0 |
新規創業 | 4 | 1 | 2 | 0 | 1 |
(出典)What Works Centre for Local Economic Growth [1]. |
第1に、企業の資金調達を円滑にする対策は、資金調達の改善や借入金利の低減といった直接的な効果の有無については、多くの研究で効果があったとしている。
第2に、投資や資産への政策の影響は混在していて、明確な方向性がない。
第3に、借入保証が債務不履行のリスクを増やしているかもしれないという証拠が一部見られた。
第4に、17の研究のうち14では少なくとも1つの評価指標で企業のパフォーマンスにポジティブな影響が見られたが、それぞれの項目ごとに見ると、効果があったのは概ね半分ぐらいとなっている。たとえば、雇用について言及があった11の研究のうち、雇用が増加したとする研究は6つで、効果がなかったという研究が5つあった。売上について言及があった9の研究のうち、売上が増加したとする研究は5つだった。
第5に、中小企業をターゲットにしたプログラムがターゲットを定めないプログラムと比べて効果が異なるという証拠はなかった。
全体的にみると、資金調達を円滑化するためのプログラムの大部分は、資金調達の円滑化(access to finance)という直接的な効果の改善につながってはいるものの、企業のパフォーマンスの改善につながる雇用や売上の増加といった間接的な効果についてのエビデンスは弱いとされている。このため、資金調達の円滑化を目指す政策が、政策立案者が関心を持つ生産性や雇用のような経済効果をもたらしているか、このようなプログラムに大規模な資金投入をすることが正当化されるのかについては、評価が難しいとしている。
最後に、資金調達の円滑化における政策の設計のあり方について、資金調達レビューから地域の政策立案者に対してアドバイスできることはほとんどないと、このレビューの著者自身が述べている。
3.終わりに
資金調達レビューの著者も認めているが、このレビューは医療のシステマティックレビューに比べると見劣りがするものになっている。医療のシステマティックレビューでは、複数の研究全体としてどう評価されるかをメタアナリシスという統計手法で明らかにすることが通常だが、このシステマティックレビューではそこまでは行っていない。小さな研究では効果があっても、大規模な研究になると効果がないという場合はよくあり、効果のあった研究の数の方が多かったという単純な多数決で全体の効果を判断するのは適切でない。
また、対象となった27の研究のうち、エビデンスとして最もレベルが高いランダム化比較試験は2つだけ、次にエビデンスのレベルが高い操作変数法(注1)や回帰不連続デザイン(注1)は8つで、残りの17個は因果関係を適切に明らかにできる手法が用いられていない。このため、因果関係の検証としては十分でない面がある。こうした限界はデータの制約によるところが大きく、研究者の努力だけではどうしようもない面がある。分析にふさわしいデータを取得できるようにするために、後々の効果検証を見据えた行政と研究者の共同作業が政策立案段階から必要になる。